MOON STONEの小話ですが、単体でも読めます。
学園の寮の部屋のベッドは窓から少し遠い。
寮生活を始める前は小鳥さんが「おはよう」「朝だよ」って教えてくれていたから、僕はお寝ぼうさんになってしまったようだった。
寮で暮らし始めた頃はまだ春休み中で、同室である翔ちゃんは学校のサオトメートで毎朝パンを買いに行っていて、その物音で起きることが多かった。
休みの間ならそれでも問題なかったけど、学校が始まると翔ちゃんが気を使って起こしてくれるようになった。
目覚ましで起きるのは少し寂しいなって思ってたから、僕はすっごく嬉しかったんだ。
「――月!いい加減起きねえと遅刻すんぞー」
「ん、…ふぁ……翔ちゃん、起こしてくれてありがとう…!」
がばって抱きつけば、翔ちゃんは声を張り上げながら押し返してくる。
それが可愛くてまたぎゅうってしたくなった。
いつまでもそうしていると本当に遅刻しちゃうから残念ではあるけど、感謝の気持ちは伝わったんじゃないかな?と思って、微笑めば翔ちゃんは大きな瞳を見開いて「大げさだっつーの!」って言いながらそっぽを向いた。
また抱きしめたくなるのを堪えて学校に行く支度をする。
「また起こしてくださいね!」
「初っ端から人を頼りにしてないで、せめて目覚ましぐらいセットしろ!」
「目覚ましさんはあんまりお耳に届かないんですよぉ…」
「…ったく、お前、俺より年上なんだからもっとこうちゃんと…」
「でもでも、誰かに起こしてもらうのってすっごく嬉しいんです!起きた瞬間から心があったかくなるっていうか…」
翔ちゃんはため息を吐いて、親指で胸をとんとんと叩いた。
「そう思うんなら、俺を起こせるぐらいになってみろ!」
「あっ!そうですよね…ごめんなさい…僕、頑張って翔ちゃんを起こしてあげるね!!」
「おう!その息だ!」
それから僕も翔ちゃんを起こしてあげようと思ってたんだけど、なかなか上手くいかなくてチャンスは巡ってこなかった。
そんなとき、寝る前に翔ちゃんが慌てて僕に言ってきた。
「お前、ぜえええったいに俺より先に起きるな!!」
「…??どうしてですか?まだ1度も翔ちゃんを起こせてないです!!」
意味が分からなくて首を傾げれば、翔ちゃんは青ざめた顔をして固まった。
「どうしたの…?大丈夫…?」
ベッドの傍まで行って顔を覗き込めば、固まっていた翔ちゃんはぱちぱちと目を瞬いた。
「ん、あ、あぁ…。とにかくお前より先に起きる努力はするけど、絶対に先に起きるな!そうしたら、俺は大丈夫になるんだ」
「…うん?よく分からないけど…そうした方がいいんだよね…?」
「あぁ…マジで頼む」
涙目で両手をぱんと叩いて可愛くお願いされてしまったから、僕は了承することにした。
それに、これからも起こしてもらえるんだって思ったら嬉しかったから。
あとから聞いた話だと、このとき翔ちゃんは学園でもう一人の僕…さっちゃんの存在を知って、寝ている間にメガネが外れてたらと思うと怖かったんだそうです。
「さっちゃん優しいのに」
呟くように言えば、翔ちゃんは顔をしかめて宙を仰いだ。
「ん〜〜今でこそ、丸くなったかなとは思うけど、当時はお前にだけ優しかった…つうか、砂月は歩く天災だったんだよ!ふっつーに話せるようになるまでどんだけ掛かったか…」
「そっか〜それじゃあ、今は翔ちゃんにも優しいってことだよね!」
笑顔で言えば、翔ちゃんは目を丸くして呟いた。
「へっ!?あ、…いや……多少は…いやいや、どうかな…」
「翔ちゃん、かわいい〜〜!」
少しだけ赤くなっているのに気づいて、ぎゅっと抱きしめれば、翔ちゃんは「…お前のが…可愛いよ」って小さく呟くから嬉しくて押し倒しちゃったのはまた別のお話です。
翔ちゃんは基本的に遅刻しないぎりぎりまで起こしてくれません。
その理由は僕が自分で起きられるようにさせようとしてくれていたようで、僕はそれを知ったとき「そんなことまで考えてくれてたなんて!」と嬉しくて翔ちゃんに抱きついた。
「いつまでも俺が起こしてやれるとは限らないからな」
翔ちゃんが少し寂しそうな顔をするから頭を撫でてあげたら、強く押し返されてしまう。
「そういうこと…男にしてんじゃねえよ…」
小さな声で言ったかと思うと翔ちゃんは部屋を出て行ってしまった。
男の子でも女の子でも寂しそうだったら、ぎゅ〜って抱きしめてあげたいし、慰めたいと思っただけだったから、探しに行って見つけたらまた抱きしめてしまうと思って翔ちゃんを追いかけられなかった。
翔ちゃんがあんな風に出て行ってしまうほどすごく嫌だったんだと反省して、僕は翔ちゃんに触れるのを我慢しようと頑張った。
そうしているうちに、翔ちゃんが寮にある厨房を借りて僕にも朝食を作ってくれるようになった。
僕は翔ちゃんよりも先に起きられないし、朝はあっという間に時間が過ぎてしまって自分で作れる機会がなかったから、とっても嬉しかった。
白いご飯にタマゴ焼き、日替わりのお汁物がついてたり、豪華なときはタマゴの代わりにお魚もあったりして、しばらくすると必ずサラダがつくようになった。
朝からこんなにも頑張ってくれて、翔ちゃんはなんてすごいんだろうって関心しきりだった。
ちょっと起きるのが遅くなったときは食パンを焼くだけのときもあって、たったそれだけでも作ってくれようとしてるってことがすごく愛しく感じた。
でも、次第に翔ちゃんとぎくしゃくするようになってしまって、僕は理由が分からなかった。
話しかけようとしても「これから音也の部屋行くから」なんて言って逃げてしまう。
そして、僕は翔ちゃんが気になってあまり寝られなくなってしまった。
朝、翔ちゃんがいつも起こしてくれる時間になったとき、僕は眠っているフリをしていた。
「起きるな…絶対起きるなよ…」
翔ちゃんはそういうから、何だろうと思っていたらふいに頭を撫でられた。
「…お前を…好きになって…ごめん……どう、接したらいいのか分からなくて、ごめん…」
それだけでぎくしゃくしていた理由が分かって、僕は翔ちゃんに抱きつきたくなった。
でも。
「……恋愛、禁止令…って…男同士でも…有効、だよなぁ…」
絞り出すような震える声が苦しくて、僕は眠ったフリを続けるしかなかった。
翔ちゃんに抱きつくのを我慢していた僕には、気持ちを押さえ込むってことがどんなに大変か分かっていたから。
「って…お前も、俺を恋愛で好きとは限んねえけど…さ」
僕はこの一言で、ふわふわした翔ちゃんへの気持ちの正体を知った。
そんなことない。ちゃんと僕も大好きだよって伝えたいのに、校則のことを考えている翔ちゃんなら、きっと僕を巻き込まないようにしようとしてくれてるんだということも分かってしまって、身動きが取れなかった。
「湿っぽいの終わり!」
明るく言ったかと思うと、翔ちゃんは深呼吸していつもの台詞を言った。
「那月!飯作ってくっから、その間に起きろ!!」
泣いてしまいそうで言葉が出なかった。
「分かったな!」
肩をぽんと叩かれて、部屋を出て行く翔ちゃんにほっと息を吐いた。
……嬉しい…のに…。
それからも、僕はどうしたらいいのか分からなくて寝不足が続いていた。
翔ちゃんが起こしてくれる前に目が覚める。でも、僕は翔ちゃんが起こしてくれるのを待っていた。
だって、翔ちゃんは毎日のように「起きるな」と添えて、僕の頭を撫でながら言葉をくれたから。
「例えば、俺がお前に告白してさ……それで、答えは要らないって言ったって…俺がすっきりするだけだもんな」
「お前が俺に大好きって言うたびに、俺もだって何度言いたくなったか…ほんと心臓に悪い」
「…想いを…通わすことは出来なくても……せめて、気づいて欲しいって、何度も思った…。でも、気づかれたら気づかれたで気持ち悪がられるかもしんねえんだもんな……ほんと救えねえよ…」
「恋愛ってほんと…何なんだろ……どうしたらいいんだろうな…?何が正解…?」
「…朝飯作り始めたのだって、お前の喜ぶ顔が見たかったからなんだぜ…バカみたいだろ」
「……っ好きで、ごめん…」
「最近、俺に好きって言ってもくれなくなったよな……そりゃ、あんだけ突き放してたら嫌われるか…」
「悩んでたらさ、レンが相談に乗ってくれて……ちょっとだけすっきりしたかも…」
僕はそれを聞いて、すっきりしたということが僕のことを諦めたってことなのかもしれないと思って、居ても立ってもいられなくなった。
翔ちゃんの手を握れば、びくついて引っ込もうとするから、ベッドに引っ張り込んで抱きしめた。
「な、那月、起き――」
「何がすっきりしたの…?」
「なんでも、ねえよ…離せって」
体を押し返されて、やんわりと手を緩めれば、ベッドから降りようとするから腕を掴む。
「何か、悩みがあるんでしょう…?」
僕のことをレンくんに相談したのかどうかだけでも聞きたかった。
翔ちゃんは顔を逸らして、ベッドに腰掛てくれたから僕も起き上がる。
「悩み…って言われても…」
「僕、翔ちゃんが大好きだから…力になりたいって思っちゃダメ…?」
「そういうのは……困るんだよ…」
「何が困るの?」
「っ……好き、とか…」
その一言で僕は頭に血が上ってしまった。
もともと毎日言ってたんだから、ちゃんとした告白じゃなければ大丈夫だと思っていたのに。
やっぱりレンくんに相談してから僕のことを諦めてしまったんだ。
そう思ったら、僕は翔ちゃんの腕を引っ張って強引にキスをした。翔ちゃんの大きな瞳が見開いて、抵抗し始める手を掴んだ。泣いてしまいそうだったのを必死で堪えて、翔ちゃんを見つめれば、少しだけ目を伏せながら見つめ返してくれて、あぁ、翔ちゃんはまだ僕を好きでいてくれてるんだと感じた。
「んっ…」
翔ちゃんの柔らかい唇を舐めたら、肩をびくつかせるからそれがまた可愛くて、翔ちゃんの歯列を押し割って舌に触れる。びくんと目を見開いた翔ちゃんが舌を引っ込ませてしまうから、腰を引き寄せて後頭部を押さえつけて逃げられないようして。熱い吐息と溢れてくる唾液に愛しさが増して、夢中で翔ちゃんの口腔を探った。翔ちゃんが苦しそうに涙をこぼすから、そっと唇から離れる。
「ごめ、ごめんね……僕、我慢…出来なくて…」
「……むしろ…吹っ切れたっつーか…」
今度はその一言で僕は翔ちゃんに抱きついた。
「大好き。だいすきだよ」
びくっと肩を震わせた翔ちゃんの耳が赤くなってるのに気づいて、耳たぶにちゅっと口付けた。
猫みたいに毛を逆立てて本当に可愛いと思う。
「…はぁ…俺が先に言いたかったのにな…」
長い長い沈黙のあと、翔ちゃんが小さく言った。
「……那月、俺も好きだ」
キスで実感した以上に胸に深く入ってきた。
「うん……僕も、翔ちゃんが好き」
それから僕たちは翔ちゃんの提案で学校では「両片思い」を演じることになった。
それは翔ちゃんがレンくんに教えてもらった、校則を破らないようにするための知恵で、ちょっと前に僕もレンくんに教えてもらったことだった。
レンくんの話を聞いたときは、そうする理由は分かっても、そんなの辛いだけだって思っていた。
でも、翔ちゃんが僕の気持ちを知らなかったから、辛かったんだと知ることが出来た。
だって、好きな人の悩んでる姿を見るのは悲しいし、どうすることも出来ない自分が歯がゆかったから。
幸いにも寮の部屋は防音でイチャイチャすることはできたし、ね。
3年後の今も翔ちゃんは毎朝僕を起こしてくれる。
「那月、なーつき!」
「ん…」
「ったく、いつまで経っても起きねえんだから…」
肩を揺すられて、少しだけ目を開ければ翔ちゃんがまだ眠たそうな顔で僕を見つめている。
翔ちゃんの温もりが心地よくて、もう一度目を閉じてぎゅっと抱きつく。
小さな小さな声。リップノイズに近いほど絞り出すような声が聞こえてきて、耳を澄ます。
「…ほんと、可愛いやつ……好きだぜ…那月」
起こしてもらうとき僕は一言目から翔ちゃんの声が聞こえている。
大好きな人の声というだけで愛しいのに、翔ちゃんはとってもよく通る声をしていて、真っ直ぐに胸に入ってくる。
そして、たま〜にこうやって愛を囁いてくれるから、僕はいつまで経ってもすぐに起きてあげられないんです。
fin.
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相当カットしてまとめてみた。
なっちゃんの耳が良いってお話でした。ロマン!
MOON STONE後編でも書いたんですが、なっちゃんはリップノイズで言葉が分かると思ってる。私が勝手に。
鳥や動物の声も聞き分けちゃうんだもの!当然でっしゃろ!
そんで、翔ちゃんが悪態付いた言葉も本当はちゃんと聞こえてるけど、聞こえないフリしてるの。かわいい。
執筆2012/07/08〜09