MOON STONE 前編

もうすぐ薫と俺、そんでもって那月、砂月の誕生日がやってくる。
薫には服をプレゼントする予定で、那月へのプレゼントはもうだいぶ前から決めてあった。
那月は俺の耳を触ったり弄ったりするのが好きらしく、やめろと言うついでに何でかって聞いたことがある。
「それは翔ちゃんが可愛い反応してくれるからですよぉ」
そう返されて、げんなりしてたら「それに〜翔ちゃんのお耳だけじゃなくって、ピアスさんがキラキラしててとってもおいしそう!」なんて、抽象的なことを言われて更に頭が痛くなった。
那月はピアス穴は痛そうだから開けたくないけど、可愛いからピアス自体に憧れはあるって言ってて、俺はそのときにピンと来たんだ。
ピアスじゃなくて、穴を開ける必要がないイヤリングをプレゼントしてやればいいんだって。
那月もイヤリングの存在を知らないわけじゃなくて、可愛いからって買ったやつがクマやウサギでつけられないって愚痴ってたし、いざ買おうとするとまたファンシーなイヤリングを選んでしまいそうで店で見つけては眺めるだけにしてるらしい。
PIYOちゃんグッズやらぬいぐるみやらクマのキーホルダーやら、でかい男らしからぬものを持ち歩いてるくせに、今更ファンシーなイヤリングを躊躇するのもどうかと思うが…ピアスを眺めてる那月はきっときらきらした目をしてるんだろうなぁって容易に想像できて苦笑した。
そんなこともあって、イヤリング以外のアクセサリーだとおそろいにしたらもろバレしそうだし、あいつの耳って髪で見えないからブラブラしないやつなら平気かなって。
那月は星や月が好きだから、6月の誕生石の中でも那月にぴったりなムーンストーンに決めた。
それを小さくあしらったイヤリング、なおかつ同じものでピアスもあるものを探す。
ワンポイントでもそれなりに値段がするのばかりで、財布が大ダメージだったけれど、ムーンストーンよりも少し大きめのシルバーの土台に丸い石がついているものを選んだ。光のあたり方で透き通った透明だったり乳白色だったり、そして青く光ることもあるそんな綺麗な石。
自分がつけるって考えたときに、ちょっと上品過ぎる気もしたけどもう決めたからいいんだ。
一つはプレゼント用に包んでもらって、俺は砂月へのプレゼントを考えながら迫りくる当日を待った。

お互いデビューしてマスターコースも卒業したから、俺たちは前の広い1人部屋の寮へと戻った。
と言っても、学園を卒業してこの広い部屋を与えられたときも、ほとんどどちらかの部屋で過ごして来たから、デビューしてからもそれは変わらなかった。
那月は夜遅く仕事から帰ってくるなり、ソファに寝転がってクマのぬいぐるみを抱えてうたた寝を始めてしまった。
俺の部屋なのにぬいぐるみがどんどん増えていってるのがかなり気になるけれど、それよりも…。
「あいつ、明日何の日か分かってんのか…?まぁいいけど…」
明日はシャイニング☆オールスターという、シャイニング事務所のアイドルが出演することの出来る月1の生放送番組に俺たちは出演予定だった。
オールスターという番組名に反して、毎回全員が出演出来るわけではないから、いよいよ明日俺たちも出られるんだって思ったら興奮してずっとわくわくしていた。
しかも、明日は狙ったかのように俺たちの誕生日で、何かサプライズ企画でもあるんじゃねーかって少し期待してたりする。でも、シャイニング事務所の番組だから…そのサプライズがいい意味でのサプライズなのかは別問題だけれど。
とにかく生放送だから、ヘマしないようにいつも以上に気をつけないと。
背が高いせいでソファに乗り切らないその体を小さく縮めて、丸まるように眠る那月は電気が眩しいのか、クマのぬいぐるみで顔を隠して寝苦しそうにしている。
俺はとりあえず、ソファの傍に畳んでおいていたブランケットを手にとって、それを那月にかけてやる。
つーか、いつの間にPIYOちゃんのブランケットなんか持ってきたんだよ…。
「ったく、しゃーねーなぁ…」
このまま寝かせてやりたい気もするけど、流石に狭そうだしベッドに移動するだけでもさせよう。
こういうとき那月が俺を軽々抱えるみたいに出来ないのが悔しい。
「おーい、那月。寝るんならせめてベッド行けって何度も言ってるだろ?」
那月の肩をゆすってみると、ううんと唸って伏せられた瞳が薄っすらと開かれる。
潤んだ瞳がぼうっと俺を見つめてきて、口元が動く。
「翔ちゃんおはよぉ」
「おはよぉじゃねえよ。まだ夜だっつの。お前ここんとこ帰ってくるたびに落ちるみたいに寝るよな。寝不足か?」
聞けば、ふにゃっとした笑顔でクマのぬいぐるみを俺の頬にキスするみたいにくっつけてくる。
「ううん…ここに帰ってくるとほっとして眠っちゃうだけだよぉ〜」
「…あっそう」
聞いた俺がバカだったと言いたくなるような返答にクマを押し退けて顔を背ければ、那月は嬉しそうに笑った。
「明日は僕たちのお誕生日ですねぇ」
「そうだな…」
「そうだ!翔ちゃん、メール交換しましょう!」
那月はばっと飛び起きて、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して掲げて見せた。
「は?」
「お誕生日に1番にメールするんです!」
「…つまり、日付変わった直後ってことか?」
「うん!今、11時半だからもうすぐですよ〜!」
「じゃあ、それまでに寝る準備して来い。じゃないとお前には送ってやらん!」
そんなつもりはないけど、そう言わないと那月はいつもその日あったことをいつまでも話すから、仮眠してない俺の眠気は最高潮になってしまう。
まぁ、那月のゆったりとした口調も相まって余計に眠気がくるんだけど。
「ええ〜!?急がなきゃ!」
那月は慌てて立ち上がって、小走りで洗面所に駆け込む。
「慌てすぎだっつーの。30分もあんだから急がなくても平気だって」
自分の携帯電話を手にとって、先に薫宛てのメールを打ち始める。
薫とは普段から一緒に居られないから、最近の近況を聞いて、自分の近況と明日の生放送やそれ以降の出演情報などを打てば、それがメールの内容のほとんどを占めた。
プレゼントは宅配で送ったけれど、それを書いて知らせるのもつまらないから黙っておくことにする。
薫はあまり服に頓着しなくて、俺が選んでやることも多いから今回は夏服と…おまけにスニーカーも入れておいた。
薫用にって選んだはずなのに、俺もほしくなって色違いの同じ靴を買ってしまって、那月と砂月へのプレゼントと合わせて財布が軽くなってしまったのは、誕生日だしたまにはいいだろってことにしておく。
打ったメールを下書き保存しようとしたところで、ガンっという音がして那月の痛がる声が聞こえてくる。
「どうした?大丈夫か〜?」
声をかけても返事がなくて、心配になって洗面所に向かう。
気絶なんかしてねーよな…?
洗面所を覗き込むと洗面台の鏡を覗き込んで、額を摩っている…砂月が居た。
普段は顔を洗う僅かな時間で砂月は出てこないけど、そのときにぶつけたら話は別だった。
前髪が少し濡れて、肩にはタオルがかかっているからもう歯も顔も洗い終えたんだろう。
「那月はまた蛇口にぶつけたのか?アイドルが顔に傷なんかつけてんじゃねえよ、ったく…」
「洗面台が低いのが悪い。視界がぼやけて距離感が――」
「ハイハイ。でも、お前がのんびりしてて遅れたらお前のせいだぞ?」
携帯電話の時計がPM11:40になっているのを砂月に見せれば、鼻で笑って俺を見下すように見てくる。
「例え準備が遅れたとして、明日は那月の誕生日…そんな日に悲しませるなんて真似しねえよなぁ?」
腕を組んで口角を上げる砂月の威圧感が凄まじくて、携帯を持つ手に力がこもる。
「しねえよ!」
啖呵をきるように叫べば、砂月がふっと近づいてきて影が落ちてくる。
後ずさろうとすると、腕をつかまれて振りほどけない。
「その場しのぎで言ってたら泣かすぞ?」
耳元で抑えながらも怒気を含んでいる声に背筋がぞくぞくとして体が硬直する。
「お、俺だってちゃんと那月を祝いたいって気持ちはあるから、お前が心配することじゃ――」
早口で言えば、耳たぶにちゅっとキスされて変な声が出る。
「ひぁ…ってなにすんだ!」
「…真っ赤」
砂月が喉の奥で笑いながら、細めた瞳でじっと見てくるから腕で顔を隠す。
「う、うっせ!見んな!いいからもう那月に戻れって」
「また…明日、な。チビ」
そう言いながら、あっさりとメガネをかけた砂月はきょとんとした那月の表情に変わったかと思うと、少しだけ眉間に皺が寄って額を摩る。
「あいたたた…また蛇口で打っちゃったみたいです…」
「結構、痛むか?湿布まだあったはずだから取ってくる」
リビングに戻りながら、洗面所から廊下に顔を出した那月に上を指差す。
「あぁ、ほら着替えて待ってろ。持ってくから」
寮の部屋は中2階のようなベッドルームがあって、セミダブルほどの少し大きいベッドが備え付けてあるから、でかい那月と寝るのは学園時代に使ってたベッドよりは多少快適だ。
「うん…ありがとう…」
肩を落として、とぼとぼとした足取りで階段を登る那月は「何で僕ってこうなんだろう…」と呟いていた。
天然で何を考えてるのか分からない那月は日ごろからのドジっぷりが嫌になることもあるらしく、たまにしょんぼりしてることがある。
そのたびに文句や注意しろって言ってしまうのが癖になってて、いつものやり取りではあっても目に見えるほどに気落ちされると逆に罪悪感なんかも芽生えるわけで…。
キッチンの傍にある背の低い戸棚を開いて、救急箱から最後の1枚だったらしい湿布を取り出して、ハサミで半分に切り更に半分に切る。
「こんなもんか…って、もう50分なるじゃねえか」
携帯電話の時計を見て、慌てて救急箱とハサミを仕舞う。
しっかし、メールねえ…。
なんて書けばいいんだ?とりあえず「誕生日おめでとう」は要るだろ…?
階段を登りながら、携帯電話の画面に目を向けながら文字を打つ。
そこまで打ったはいいけど、改まってみるとなんか気恥ずかしくなってきて何も書けなくなってしまった。
ベッドルームの扉を開けば、ベッドに寝転がって携帯電話と睨めっこしてる那月が目に入る。
那月はどこからそんなもの買ってきたんだと思わず突っ込みたくなるクマ柄の刺繍が施されたゆったりとしたパジャマに着替えていた。
昨日までは那月のサイズにあってないピチっとしたPIYOちゃん柄やウサギ柄だったんだけど…まぁ、もう突っ込むまい。
「4分の1まで切って使ってんのにもう最後の1枚だったぞ…?そろそろそれぐらい気をつけろって」
目の届く範囲ならまだいいけど、いつか俺の知らないところで車にでも轢かれないかと冷や冷やする。
「うん…」
「まあ、急かした俺も悪かった。ごめんな」
言いながらベッドに腰掛ければ、那月は小さく「ううん」と首を横に振った。
少し濡れている那月の前髪をかきあげれば、打ち付けて赤くなっている痕が現れる。
湿布のセロファンを剥がして、那月の額にそっと当てる。
「つめたっ…!冷たいよ〜翔ちゃ〜ん」
「我慢しろ。明日には引いてるといいけどなー。うし、これでいいだろ」
「…ありがとう」
「おうよ。さて、メール打つか」
背を向ければ画面を覗かれるかもしれないし、向かい合って那月の隣に寝転がる。
「僕はもう打っちゃいましたよぉ〜」
携帯電話からちらりと顔を覗かせた那月は楽しそうに笑っていた。
「本当はちゃんとしたお手紙だともっと嬉しいんだけど、それだと持ち歩いてて汚しちゃったらいけないし、お出かけしてるときにすぐに見れるのがいいんです!」
「ふ〜ん…気の利いたことなんて書けねえけど、そういうんならまあ…」
相変わらず、何を書けばいいのか分からなくて、メールを打つのが止まっていた手を急いで動かす。
絵文字とかに気を使ってられなくて、どんどんと文字ばっかりになっていく。
必死で打っていると、那月がくっついてきて腰に腕をまわしてくる。
「ちょっと待て、今忙しい」
「ふふっ、翔ちゃん…ありがとう。僕も負けないよ!」
「へ?」
自分で打ったメールを間違えてないか頭の中で読み返してて、ちょうど「お前に負けるつもりはねえから、覚悟しとけよ!」って文のところだった。
向かい合ってるから画面は見られてないはずなのになんで。
「は〜い、翔ちゃんおめでとう!送信しま〜〜す!えい!!」
そのタイミングで那月が髪にキスしてきて、反射的に目を瞑る。直後、メールの着信音が鳴った。
俺もとにかく送信しよう。
そうして、那月の携帯電話からもメールの着信音が鳴る。
薫のも送信っと。
「サンキュー。那月もおめでとう」
「ありがとう!翔ちゃん、だいすき!」
ぎゅっと抱きしめられて、那月の腕の中でもがいていると2人の携帯電話から慌しくメールの着信音が鳴り響いた。
「…嬉しいね」
「あぁ…そうだな。…明日も早いんだ。寝ようぜ…」
那月のほかにもたくさん届いたメールの内容が気になるけれど、那月の温もりを感じていると、鼓動の音がどんどん大きくなってきて、これ以上のことを望んでしまうから早く寝てしまいたかった。
「はぁい。おやすみなさい」
顎を持ち上げられて、微笑んだ那月と目が合って、目を閉じれば唇に触れるだけのキスをされる。
「んっ……おやすみ」
その僅かなキスはイチゴの歯磨き粉の味。
もう那月は1年も前に二十歳は過ぎたのに、いつまで子ども用の歯磨き粉を使うのか見ものだ。
どうせ、いい加減やめろって言っても、俺にとってそれは寝る前の那月とのキスの味で、イチゴを食べるたびに思い出してしまうほどに定着してしまっているから、やめられたらやめられたで寂しくもある…なんて。

寝苦しさを覚えながら、明るくポップな印象のある歌声、そのバックで流れるロックサウンドに驚いて一気に頭が覚醒する。
今日の那月の携帯電話のアラーム音はピヨちゃんロックだった。
たまに那月の気分によってアラーム音が変わるから、久しぶりにこの曲を聞くと飛び起きてしまう。
俺の携帯電話からは宇宙超人マジンダーの主題歌が流れている。
その2つの音に顔を歪めた那月はいつの間にかメガネを外していたらしく、どんどんと眉間に皺が寄っていく。
「るせぇ…」
呻き声のような低い声が聞こえてきて、アラームを止めようとベッドの脇にあるエンドテーブルに置いた携帯電話に手を伸ばそうとするけれど、抱き枕のように砂月にがっちりと抱きしめられていて身動きが取れなかった。
「ちょ、っちょ、苦しいし…アラーム止めるから離せって」
「んな声張り上げなくても聞こえる」
体に回された腕を離されて、砂月が反対側に寝返りを打ちながら掛け布団を奪うように頭まで被ってしまう。
那月もぐずってなかなか起きない方だけれど、砂月の寝起きは特に悪い。
学園の寮に居たころは砂月の存在にびびってたから無理やりにでもメガネを掛けさせて起こしてたけど、俺が砂月に慣れるうちに砂月は精神的に落ち着いたのか、無闇に暴れることが減っていって、最近では好きなようにさせることが増えていた。
流石にマスターコースのときは藍も居るから、砂月に何をされるか分かったもんじゃなくて、慌ててメガネを掛けさせはしてたけど。
携帯電話のアラームを止めれば、待ち受け画面に戻る。そこに表示された時計は7時32分。
今はもう俺だけしか居ないし、放っとくのもありだけど、今日はそうも言っていられない。
生放送があるのは夜からでも、その前に雑誌の取材が2本とラジオの収録が1本ある。
そのどれもが那月と同じ仕事なのだから、俺たちは世間的にユニットのような印象を持たれているのだと伝わってくるし、ファンからもそれを望む声が大きい。
それは一緒に居られる時間が増えるってことだから恋人としては素直に嬉しい。でも、ライバルとしては那月に甘んじるわけにはいかない。今度こそ那月に負けられないし、対等で居たいと思うから、それを自分の力で示したい。
聞こえ始めた砂月の寝息に頭をかいて、肩に触れる。
「砂月、起きろよ。そんで、風呂入って来い。飯作っと――」
飯、のところでいきなり体を反転させた砂月に驚いて後ろに倒れれば、砂月が俺の上に覆いかぶさって、お腹の上に座ってくる。
砂月の寝起きは悪い。そう、色んな意味で。
「……飯」
薄っすら開けられた瞳を覗かせ、舌なめずりする砂月は意識があるのか、それとも無意識なのかは分からないけど、これから何をしようとするのかが分かって顔が熱くなってくる。
「お…まえは…俺は、飯じゃねえって何度言えば分かるんだ?」
俺の言葉を無視して、パジャマのボタンを外そうとしてくる砂月の手を強く掴む。
「朝も2本仕事入ってんだからダメだって。生放送だってあんだから」
「…そういや、何でメガネ外して寝てたんだ?」
砂月の視線の先はエンドテーブルで、その上にはちゃんとメガネが置かれている。
勝手に外れてしまったとき以外は那月が自分で外して砂月に時間をくれることがある。でも、それは基本的に次の日の午前中がオフのときで、それも毎回そうするわけではないことを思い出す。
砂月が手を止めて、どこか考えるそぶりを見せる。
こういうときの砂月は、中の那月と話している…らしい。
少しして砂月は「なるほどな」と呟いたかと思うと、那月の携帯電話を手に取って何かを打ち始める。
「…?」
覗き込もうとすれば、顔を押し退けられてしまう。
「見てんじゃねえよ。チビ、さっさと飯でも作って来い」
「へいへい」
自分の携帯電話を手にとって、ベッドルームを後にする。
階段を下りながら、昨日届いたメールの受信箱を見てみると、最初に飛び込んできたのは件名のところだった。
受信箱のメール一覧の送信者名の横にある僅かな件名欄。そこには『6月9日お誕生日おめでとう!』の文字が縦書きで表示されていた。
挿絵
受信者名を見れば那月以外の同期のメンバー6人とセシルに藍や寿先輩、俺と那月のそれぞれのマネージャー、そして日向先生や月宮先生…それに社長までもを巻き込んだ大掛かりな誕生日メールだった。
「やっべえ…何だこれ…すっげ、嬉しい…」
一人ひとりのメールを読んでみると、俺を気遣う言葉や俺のいいところを綴ったものばかりで涙が出そうだった。
「よくズレずにうまく送れたな…何に全力出してんだよ」
くつくつと笑い始めると、なかなか止まらなくて腹を抱えて身悶えた。
ダイニングテーブルに手をついて、笑いすぎて苦しくなった息を整える。
そうしていると、メールの着信音が鳴った。
それは那月の携帯電話からのもの。
「…ん?」
件名が『那月が送れっていうから』で、やっと笑うのが止まったのに、さっきの砂月の姿を思い出してまた笑いそうになる。
メールを開いてみれば、そこには『というわけだ。誕生日おめでとう。以上』とだけ書かれてあって今度は堪えきれなくて噴出した。
同じ携帯電話からなんだから、せめて名前ぐらい書いとけよ、と突っ込もうとしたとき、スクロールバーが伸びているのに気づいてカチカチと下に移動する。
しばらくの空白のあとに出てきた文字は『今度、お前にも曲を書いてやるよ。砂月』と書かれていた。
砂月の曲!?
嬉しいけど、嬉しいけど、絶対に無理難題な曲に決まってる…。
鬼のような指導が脳裏に浮かんで、頭を振ってそれをかき消す。
これもスキルアップに繋がるんだ、とそう言い聞かせれば、闘争心のようなものにどくんと心臓が跳ねてぐっと拳を握った。
そうこうしているうちに時計が8時になりそうで、那月のメールはあとにして洗面所へと足を運んだ。

朝食を2人で済ませ、那月は急いで風呂に向かった。
そのときの会話はもっぱらメールのことで、那月はしきりに「すごいね!」と目を輝かせていた。
ベッドルームから降りてくるのが遅かったのも、みんなに返信していたかららしい。
それから気になっていた那月の額の痕は目立たない色にまで落ち着いていて、前髪で隠れて見えないと言っても、傷なんかない方がいいに決まってるからほっと息を吐いた。
用意は済ませたし、俺も返信しないとな…っと、その前に那月のメール見てみるか。
件名『翔ちゃん』『☆お誕生日おめでとうございます☆翔ちゃんは可愛くて可愛くて、そしてかっこよくて、一生懸命でそんな姿がとっても可愛いです!』
「結局、可愛いで〆るのかよ!」
ずる、と肩が落ちそうになるメールの始まりに、1人で突っ込んでしまう。
『そんな翔ちゃんがいつだって僕の憧れで、さっちゃんも僕の憧れの1人。そんな2人が僕のことを大切に思ってくれてるって毎日実感しては、なんて幸せ者なんだろうって胸がぎゅうって嬉しくなるんです!だから、僕は2人からもらった愛を歌にかえて、ありがとうと一緒に宇宙まで響き渡るぐらい、2人にたーっくさんプレゼントするね!大好きだよ。那月』
前に手紙もらったこともあるし、想像はしてたけど、またこうやって改まって言われるのも恥ずかしいな。
耳まで熱くなってきて、耳たぶに触れる。
「あ、ピアス…」
棚の引き出しにしまっておいた、まだ未開封の自分用のピアスを箱から取り出す。
姿見を覗き込んで普段つけている青いピアスを外して、ムーンストーンのピアスと入れ替える。
前の青いピアスのように全部が青い色はしていないけど、鏡の前で顔の角度を変えればきらきらと白く光って、時折青くも輝かせる。
「あれぇ、翔ちゃん新しいピアスさんですかぁ?かわいいね!」
「気づくのはええよ!」
ひょっこり現れた那月は頭にタオルを乗せていて、頬が上気している。
「ふふっ!翔ちゃんのことは何でも僕が一番に気づきたいんです!」
鈍感に見えて、那月はちゃんと俺の事を見てるんだなって思うことがある。
こんな小さなことで嬉しくなるんだから、単純な俺にはすごい効き目だ。
「……あっ、ねぇねぇ、翔ちゃん。それなぁに?」
那月の視線の先を見れば、開きっぱなしにしていた棚の引き出しの中のプレゼント用に包装された箱だった。
「ふふん、バレちまったもんは仕方ねえか。那月へのプレゼントだよ、ほら」
その箱を手にとって那月に押し付ければ、途端に俺に抱きついてくる。
「翔ちゃんありがとう!!!開けていい?」
「おう」
おそろい、それだけで気恥ずかしいけど、那月は食器でもパジャマでも何でもかんでもおそろいにしたがるから、その抵抗も薄くなってて那月の影響もなかなか侮れないと思う。
まあ、別の仕事でロケかどっかに行ってなかったら、大体毎日顔合わせてるし仕方ないか。
「わぁ〜!これ、翔ちゃんとおそろいですね!ふふっ嬉しいなぁ〜ね、翔ちゃんつけて!」
想像していた通りの喜び方をしてくれる那月にほっとした。
でも、つけてと渡されたイヤリングの箱から1つ取り出したところでイラッときた。
「……かがめよ…届かねえ」
「あ、そっか、ごめんね!」
髪を耳に掛けてかがんだ那月は満面の笑みを浮かべていて、その耳にそっと触れる。
那月のはイヤリングだから、耳たぶを挟み込むシルバーがある。
その部分を開いて、くるくるとボルトを緩めて、耳たぶを挟み込む。
「調節するから痛かったら言えよ」
那月は短く返事をして、軽く引っ張っても落ちないところで閉める手を止める。
「こんなもんか…?んじゃ反対な」
箱からもう1つのイヤリングを取り出して、同じように那月につけてやれば那月は嬉しそうに鏡の前に立つ。
「わぁ〜い!ありがと〜〜!だいっすき!」
那月がくるっと反転したかと思うと、また抱きつかれて首筋に那月の吐息がかかる。
そして、耳を触られて肩をビクつかせれば、那月は耳元で小さく言った。
「ねえ、翔ちゃん。これって何の石か知ってる?」
「ムーンストーンだろ?」
「はい。6月の誕生石の一つで…この石に込められた意味は幸福・永遠…そして、愛の石とも言うそうなんです」
「うわぁ…名前と見た目だけで選んだけど…なんか、すっげえ恥ずかしい…」
「どうして…?翔ちゃんは僕のこと好きでしょう?」
「そ、うだけど…なんか…あぁいや、なんでもない!」
プロポーズしたみたい、なんて恥ずかしくて言えるか!
「ええ〜気になります!」
「知らん!」
拗ねるように言えば、那月は耳元でリップ音一つと甘い吐息を含ませて囁く。
「ん……ねぇ、教えて?」
何度こうされたって慣れないそれは耳から背筋がぞくぞくして、たったそれだけで力が抜けていく。
強く抱きしめられて、那月の顔を見上げればにこにこと楽しそうな顔をしていて恨めしく思った。
「あのね…ムーンストーンを見たとき僕たちの愛がずっと続いて幸せだって、未来を教えてもらってるみたいで嬉しくて…それを翔ちゃんがプレゼントしてくれたってことは翔ちゃんも望んでくれてるんだって思ったんだ。でも、違ったかな?僕の勘違い…?」
意味なんて知らなかったけど、例え偶然でもそんな風に捉えてしまえる那月はらしいなと思った。
「お前が好きなように受け取ればいい…」
知らなかったけど、否定する必要なんかない。
俺だってずっと那月の傍に居たいから。
「うん、ありがとう。大好きだよ。大好き…んっ…」
頭が蕩けそうなキスを交わして、さっさと支度しろ!と那月の体を押し返した。
那月が支度している間、メールの返事を打ち始めた。

今日の仕事は雑誌の取材2本からラジオのどれもが誕生日の内容だった。
2人の誕生日だからこそ、ここまで何本も集中して同じ仕事が入ったんだとは分かっていたけど、色んな人からたくさんの「おめでとう」をもらって、この日1日で1年分の感謝の言葉を言った気がした。
「今日、生放送あってホントよかったよな。リアルタイムでお礼言えて」
「はい!ファンの子たちからもまだまだプレゼントやファンレターが届いているみたいで、早くじっくり読みたいです!」
「そうだな〜出演してた事務所のみんなにも言えたし、生放送万々歳だぜ」
生放送の内容は基本的に体を張ったクイズゲームで、2人ペアだった。
俺はレンと一緒で、那月は渋谷と、音也と聖川、トキヤとセシルという完全にランダムで、そのほかカミュ先輩が司会進行で寿先輩が番組を盛り上げながらゲームの補佐をしていた。
体を張ったクイズゲームなのに、お構いなしに女である渋谷を入れるのは流石シャイニング事務所といったところだ。そこは那月の力と体力でカバーすることを狙ってたのかは分からないけど、那月がフォロー出来ることもあれば、そこまで運動が得意な方ではないからドジってミスることもある。それを渋谷がうまい具合にフォローしていた。
「だけど、レンはマジで今度会ったらシメる」
「ええ〜?どうして?」
「あの第二ラウンド…」
そう、第二ラウンドは100メートル先にあるボタンの早押しクイズ…あれはかなり屈辱だった。
どんな形でもいいからパートナーを担いで走る、というものなんだけど、そのときにレンのやつが俺を姫抱っこしやがって、それが生放送で全国ネットに流れたなんて…俺のイメージが…。
「で、でも、レンくん暴れる翔ちゃんを落ちないように気を使って走ってましたし」
「それは当たり前だ!俺が言ってんのは担ぎ方の問題なんだって。つっても、もう流れちまったもんはしょうがねえし、2位になれたのはレンのおかげでもあるからな…はぁ…」
「2位は遊園地のペア招待券でしたよね。ホテルのスイートルーム付きって素敵ですよねぇ!」
「あぁ。でも、ペア招待券っていうから、それぞれにくれんのかと思ったら、レンと行けってどういうことなんだよ…まあ、観客はウケてたからそれが狙いなんだろうけど…」
那月はマネージャーに聞こえないように俺に小さく耳打ちしてくる。
「ふふっでも、僕は翔ちゃんと一緒に行けて嬉しいですから、やっぱりレンくんには感謝です!」
収録のあと、レンはそのチケットをこっそり那月に渡していたらしく、ずっと機嫌がいい。
どうやら、レンは俺たちの誕生日だからと企画の一つで、寝起きドッキリの潜入レポートをしていたらしく、それは俺の部屋で実際に決行されていたらしい。
そのときに俺たちのことを知ったレンは「1人でカメラを持たされて大変だったけど、流石にあれは流せないからどうしようかと悩んでたんだ…そうしたら、シノミーが起きてきて、ボスに君たちの関係のことを言った上で企画をなかったことにしてもらっていいか聞いたのさ」と言っていた。
「那月が起きたんなら、自分の家に戻って寝たフリすれば2人とも撮り直せたんじゃねえの?」って聞けば「お互いのベッドルームのあらゆるところにお互いの物があるんだよ?それを勝手に移動するなんてナンセンスなことはしたくなかったからね」と、ちゃんと普通の恋人同士のように考えてくれているのが嬉しかった。
レンによれば、前から薄っすらとは気づいていたらしく「驚きもあったけど、やっぱりね…とすんなり受け入れられたからね」と、そんなこともあって誕生日だというのもあるし那月に招待券をくれたらしい。
社長は学園時代から俺たちのことを黙認してくれているけど、なんで完全にレンにバレる前に企画自体を廃止してくれなかったんだと…寝起きドッキリだなんて、どう考えても社長の許可がないとやらないだろ…。
「だから今日は勘弁しといてやったんだよ…今日は!しっかし、音也と聖川が優勝かー…今回みたいなやつは相性よかったんだろうな」
バスケットゴールに点を入れたら答えられるクイズは特に音也が点を入れて聖川が答える、という連携がよく取れていて、俺とレンもそれに負けず劣らずだった。
「ですねえ。答えは分かってもなかなか回答権がもらえなくて…渋谷さんにはいっぱい迷惑掛けちゃいました…」
あぁ、那月と渋谷のペアは那月が1投目でゴールを壊してしまって、渋谷が必死に投げてたっけ。
トキヤは頭で計算して投げすぎてて慣れるまで時間かかって、セシルはなぜかボールを持ったままなかなか投げなかったから、ここでかなりの点数差が生まれて、2位にまでこぎつけたんだよな。
「渋谷も気にすんなって言ってたろ?第二ラウンドではお前らがトップだったんだしさ」
「そう…だけど…。もっと運動も出来るようにならないとダメだね」
「そうだな。アイドルってのは歌だけ、ダンスだけって時代じゃなくなってるしな。俺も頑張らねぇと」
2位の遊園地の招待券は1泊2日だけど、1位の温泉旅館の温泉めぐりは3泊4日で、音也は休みが取れるかどうかの心配をしていて、聖川は「何、休みが取れないなら取れないでプレゼントするという手もある」と嬉しそうだった。
去年は誕生日パーティをしてもらったけど、今年は生放送が2時間だったから、打ち合わせやリハーサルも含めて5時間も掛かって夜の11時上がりだった。みんな明日も仕事あるからって残念がってたけど、互いに忙しくなってきてるんだなぁと思うと、感慨深かったし今日は本当に充実してて楽しかった。

ずっと那月との仕事だったから、今日はそれぞれのマネージャーと俺たちの4人で行動していた。
最後は那月のマネージャーに送られて、寮まで戻ってきた。
「砂月にもプレゼントあるから、あとでお前の部屋行くわ」
そう言って、俺はそれを取りに一度自分の部屋に戻る。
那月へのプレゼントはイヤリング、それはすぐに決まったけれど、今までプレゼントしてきたものとは少し毛色が違うから、砂月へのプレゼントは別に用意した。
砂月は一緒に出かけたときに那月みたいに何かを物欲しそうに見ることもないから、俺は砂月がほしいものや好きなものを実はよく知らない。
元々そんなに長時間、砂月が表に出ていることもないし、たまに入れ替わると作曲するか、俺に構ってくるかのどちらかで基本的に出かけることを嫌うインドアだ。それで気になったのが、照明だった。五線譜を睨んでいることが多い砂月は手元が暗いまま曲を書いていることがある。
砂月自身は那月ほど目は悪くないらしいが、それでもそんなことを続けていれば悪くなってしまうかもしれないし、俺は砂月へのプレゼントは那月も喜べそうな可愛らしいスタンドライトにすることにした。
初めは砂月に贈るんだし、可愛いものよりもアンティーク調で丸いヘッドの一部に星のステンドグラスが埋め込まれているものにしようと思ったけど、それだと那月の部屋にあるぬいぐるみやらPIYOちゃんグッズには雰囲気が合わないから止めておいた。それに、那月が喜ぶものなら砂月の趣向がどうあれ、那月が喜ぶという点で砂月も喜んでくれるから分かりやすくもあった。
部屋の隅に置いておいた雑貨屋の袋を持って、那月の部屋に向かおうと思ったところで足を止める。
このまま那月の部屋に直行したら、間違いなく一緒に風呂に入ろうって言われる。
それはまずい。生放送がハードで疲れてるのもあるけど、今一緒に風呂なんか入ると絶対やりたくなって、やめられなくなる。そうしたら、のぼせてしまう。
「那月にメールするか…」
俺はそれとなく適当な理由をつけて『30分ほど遅れるから風呂にでも入っとけ』とだけメールしておいた。
そうすると、すぐに返事が返ってきて『はぁい、分かりました!』と、やけに素直だったから『ピヨちゃんで遊ぶなよ?さっさと出て湯冷めしないうちに髪を乾かすこと!』と返事を書く。
『そんなに心配しなくても大丈夫ですよ〜まかせて!』と、信じても大丈夫かと一瞬疑いたくなるような返事に笑ってしまう。
「さて、俺もさっさと風呂入って出よう…」

風呂を済ませ、ラフな格好に着替えて、髪を乾かしてから、薫への電話を掛ける。
しばらく続くコール音にもう寝てるのかも、と切ろうとしたら、後ろでざわざわとした音と共に通話が始まる。
「悪い、こんな遅くに。今、平気か?」
「うん、平気。ちょっと友達に誕生日会なるものを開かれててさ。アイドルと話させろって、酔った先輩がうるさくって」
ざわざわとした音が段々と遠くなっていく。移動してくれたのか。
「そっか。学校うまくいってるんだな」
うまくいってる、それはメールや電話で聞いていても、薫は俺の話を聞きたがって自分の友達の話をあんまりしてくれないから気になっていた。
「うん、楽しいよ。翔ちゃん、誕生日おめでとう。ラジオと生放送ありがとう」
「ぷっ…なんだそれ。つーか、俺が言おうと思ってた言葉を先に言うな!」
電話の向こうで薫の笑う声が聞こえる。
「それはもう聞いたよ?」
確かにラジオと生放送で誕生日の話題になったとき、薫に向かっておめでとうとは言った。
でも、直接ではないから、電話越しではあるけど本人に向かってちゃんと言いたかった。
「誕生日おめでとう、薫。お前、1度集中すると寝るのも忘れんだから、帰ったらしっかり寝ろよな」
「うん…ありがとう」
「おう!俺も番組チェックしてくれてサンキューな!んじゃ、また連絡する。おやすみ」
「おやすみなさい」
9日の0時すぐに届いた薫からのメールにはおめでとうと、ありがとうが書かれていた。
宅配で送ったプレゼントは8日に届いていたらしく、親父が隠してて0時になってから渡してくれたらしい。
スタイリスト以外のことには大雑把である親父にしては気が利いてるな、と感心した。
でも、ここまで薫におめでとうって言ったの初めてかもなあ。
今までだったら、一緒に過ごしてたから1度か2度言えばそれっきりだったし…直接言えない分、色んな媒体で伝えた気がする。メール、雑誌の取材、ラジオ、そして生放送に今の電話。
インタビューは今すぐに見れるものじゃないけど、なんか職権乱用みたいな気がしてくるな。
まぁ、たぶん毎年こんなことにはならないだろうし、やれるときにやっておくべきだよな!
「うっし、帰るか」
砂月へのプレゼントを持って那月の部屋に向かう。
オートロックだから、那月からもらったPIYOちゃんのキーホルダーがついている合鍵を使って部屋に入る。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
ぱたぱたと歩いてくる那月の体から蒸気が上っていて、ちょうど風呂上りだったことを窺わせる。
「翔ちゃんもお風呂入ってたんですかぁ?だったら一緒に入ればよかったのに」
寄ってきた那月が俺の髪にすんすんと鼻先を当ててくる。
「のぼせるから嫌だったんだよ。あとこれ、砂月にプレゼントな」
袋から少し大きめの箱を取り出して、那月に手渡す。
「わぁあ、かわいい!!」
選んだスタンドライトは茶色い円錐状の笠にクマの顔が書いていて、笠から耳がちょこんと伸びている。
まだ取り出していないのに、その箱自体が白いダンボールでそこにはクマのスタンドの絵柄とハチミツを頬張っているクマが描かれているから、那月はそれをくるくると回転させて絵柄を嬉しそうに眺めている。
「はい、翔ちゃん」
そして、絵柄を見終わった那月は箱を開けずに俺に渡してくるから、反射的に受け取れば、那月はすっとメガネを外してしまう。
「今年は那月と同じじゃないんだな」
砂月の言葉通り、俺は那月と再会してから渡してきた過去3回分のプレゼントは那月と同じものを砂月にあげていた。キーホルダーだったり、ぬいぐるみだったり、とにかく2つの色違い。
那月と砂月は実際には1人の人間であっても別の人間だ、と認識すると共に那月と砂月は一心同体だとも思うから、せめて普通に接してほしくてそのきっかけになればと思ったのが最初。2度目は那月だけじゃなくて俺のことも見てほしくて、3度目は那月と一緒にお前もずっと俺の傍に居てほしいと、そう願ってプレゼントした。
まぁ、そんなこと伝えてないから、俺のプレゼントを砂月がどう解釈したのかは分からない。
「那月の部屋に合わせはしたけど、砂月に使って欲しくて選んだやつだからお前のもんだよ。那月と一緒に使え」
学園に居たころは誕生日なんかないだの、知らないだので言い合いして、やっとで受け取ってくれた。
一昨年は「要らないつっても聞かないんだろ」と言って渋々、そして、今年は去年と同じように「もらっといてやるよ」とだけ砂月は言った。
いつまでも玄関先に居たら湯冷めしそうだし、さっさとリビングに促す。
ソファに腰掛けた砂月は箱からスタンドライトを取り出した。
後ろに立ってドライヤーで頭を乾かしてやっていると、砂月が「那月が喜んでる」と僅かに笑ってメガネを掛けようとするから、「おめでとう」と言ってやれば、振り返った砂月に腕を引っ張られてキスをされる。
抵抗せずに返すように受け入れれば、すぐに離れていった砂月は「お前も、那月もな」と言ってメガネを掛けた。
「翔ちゃん、ありがとう!大事にするね!」
「おう」
那月が「すっごく可愛いです」と嬉しそうにはしゃいで、頭を動かすから「こ〜ら、じっとしてろ」と怒りながらも、喜んでいる那月につられて笑顔になる。
ドライヤーを強めて、わしゃわしゃと那月の髪を撫でるように水分を飛ばしていく。
だいぶ乾いてきたところで冷風にして髪を落ち着かせる。といっても、那月の髪は天然なのか髪が細くて猫毛だから、くるんと毛先が勝手にカールしてしまう。
ちょっと伸びてきてるけど、ふわふわしてて那月に似合う髪形だなぁってよく思う。
「終わり!よっしゃ、寝るぞー」
「はぁい!」
そうして、ベッドルームに入り、そのまま2人してベッドに寝転がる。
仰向けのまま天井を見つめていると、那月が手に触れてきて何かを持たされる。
「まだプレゼントしてなかったから」
那月はそう言って俺の方に寝返る。
渡されたものは黒と白の毛色をして目がくりくりで耳がぴんと立ってるパピヨンと、薄い茶と白の毛がふさふさしたコリー犬のキーホルダーだった。それも、キャラクター性のあるデザインではなくて、リアルよりのもの。
「可愛いでしょう?パピヨンちゃんが翔ちゃんで、コリーくんが僕」
「…俺ってお前の中でパピヨンなイメージなの?」
「その子がってわけじゃなくて、僕の中で翔ちゃんといえばウサギさん!ってイメージがあるんです。でも、今回はワンちゃんにしてみました。気に入ってくれましたか?」
「ウサギって…そっちのが嫌だっつの…。まぁ、うん、そうだな。これはリアルでかっこいいし嬉しいぜ!サンキュー!」
「よかったぁ」
那月が胸に手をついてほっと息を吐いたのを見て、那月にしては珍しく俺が喜ぶかどうか気にしてたのかもしれなかった。
普段から俺がPIYOちゃんとか可愛いものを嫌がっても那月は構わず押し付けてくるし、結局俺も折れてやるから、そういうのあまり気にしないんだと思ってたんだけどな。
「あのね、それお部屋の鍵につけてほしいなぁって」
「…なんで?かばんにつけようと思ったんだけど」
「翔ちゃんのお部屋は僕のコリーくん、僕のお部屋は翔ちゃんパピヨンがそれぞれ守るんです」
「守る…」
守るも何もオートロックじゃねえか!と、一瞬突っ込もうと思ったけど、止めておいた。
俺が那月を守りたいと思うように、那月もそう思ってくれてるんだと嬉しくなる。
まぁ、守られるってのは癪だけど、背中を預けられる存在って憧れてたから素直にそう思った。
「分かった。そうするか」
もらったキーホルダーをエンドテーブルに置いて、布団を被りなおせば那月が擦り寄ってきて、額がくっつく。
上目使いで俺を窺うように見る瞳が揺れている。
「……翔ちゃん、明日って――」
「オフ、だよ」
那月もまた1日オフ。那月のスケジュールに合わせて俺も休みを取っていた。
那月の頭に手を回してキスすれば、那月は一瞬目を見開いたけれど、すぐに微笑んで深く返してくれる。
誕生日だから、なんて理由だけじゃないこの熱を那月に感じて欲しい。
お前も俺のことが好きなんだと、その熱い吐息で――。

Congratulations!

後編 >>



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間に合いませんでした…ごめんねごめんね…!
でも「翔ちゃんがなっちゃんにイヤリングをあげる話が書きたい」だけで、よくここまで広げたよw
もうこれはね、前回上げた小説の誕生日ネタを書いてた3月からずっと思ってて…!
最初はイヤリングをプレゼントする部分だけ漫画にしようと思ったんだけど、無理だな!ってなったので小説2本になりました。
ほんっとにおめでとう!だいすき!!
執筆2012/06/05〜10