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なっちゃんと翔ちゃんがゆるーく夏祭りに行くお話。
去年、那翔誕で書いたMOON STONEの設定を使っていますが、たぶん読まなくても大丈夫だと思います。
マスターコース1年後の21歳と19歳の夏。一応、時系列では「もいすすん〜」小説よりも前。
ほんのちょっとだけやらしい感じなのでR-15。
大丈夫な方のみ、ご覧ください。
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8月中旬。
その日、俺たちは同じ仕事が終わったあとに夏祭りへ行くことになっていた。
夏だからってのもあるけど、前に遊園地で「夏祭りに連れて行ってやるから」と約束したからだ。

仕事が無事終了し、那月と一緒に控え室まで戻ると、なぜか俺だけ着せられていたパティシエのネクタイ――ネッカチーフというらしい――を緩める。俺のイメージが、とは今では残念がることも減ったピンクのそれ。白い服には同じく、ピンクのラインが入っている。
白くて長いコック帽をメイク台の上に置いて、ボタンを外していく。
今日、最後の仕事は那月がプロデュースしているデザートの新作に、俺と那月が対談形式でグルメレポートをするという雑誌の取材だった。
メイク台の鏡に映る那月をちらりと見やると、プロデュースしたのは那月なのに、肝心の那月の衣装はカーキ色のつなぎ服で那月が描いたと思われるウシの絵がプリントされた紺色のエプロンに長靴まで履いている。理由は実家の牧場が関わっていて、その宣伝も兼ねているかららしい。
それでも、俺がパティシエの格好をしてたら雑誌をぱらぱら見た人に勘違いされそうなのに、那月にそう言っても「話題になったらいいですねえ」と、のほほんと返してくるだけだった。
まぁ、衣装は衣装だから女装じゃなけりゃ、文句はねえけど。
「じゃーん!翔ちゃん翔ちゃん、これを着てください」
唐突に那月がばっと黒の布を広げた。
顔を覆われるほど近くて何かと思ったら、その黒の布にはピンクの星が散りばめられている、夏祭り定番の浴衣だった。
「おー浴衣じゃねえか。わざわざ持ってきてたのか」
後ろから肩に浴衣をかけて、まだ衣装を脱いでなくてそれを退けようと上がった腕の下に那月の手が前に回りこむ。
「はい!お着替え手伝ってあげますねえ」
俺たちのマネージャーは部屋に戻ってきてないし、着替えるために鍵を掛けてるから平気だけど、鏡に映っている自分が抱きしめられているみたいだった。
それが遊園地に行った日のスイートルームであったことを思い出させて、クーラーで冷えた体に体温が鼓動が熱くなってくる。
「お前じゃねえんだから、一人で着れるっての。こーら、離せって」
紛らわすように言っても、ぺたぺたとお腹を触りながら前を覗こうとする那月の顔が俺の肩に乗って、柔らかい髪がくすぐったい。
「僕は翔ちゃんと一緒に着替えたいから離してあげません」
最後の一つのボタンを外されて、開く前に黒のタンクトップが晒される。
男同士だしそれぐらいで恥ずかしいわけがないけど、那月が目を細めて意地悪く笑うから。
ぶわっと血が昇るのを感じつつ、ため息を吐くように軽い深呼吸を一つ。
「変なことしたいって顔してる」
「そんなことしませんよ〜お祭りに間に合わなくなっちゃったら悲しいですから、嫌がらないで」
那月はそう言いながら、衣装を肩からずらして捲られた肩にちゅっと口付けた。
「ん……そ、ういうことするから、遅くなんだろ…うが…」
「翔ちゃんに触りたくて触りたくてたまらないんです。ちょっとだけ、ね?」
そんなこと言われなくても分かってる。
俺だって。
「しゃーねえな。んっ…」
那月の頬に軽くキスをして、驚く那月に構わず、今度は唇に口付ける。
柔らかい唇を撫でるように角度を変えて、舐めて、くちゅと交わるリップ音に那月の嬉しそうな笑みが伝わってくる。
甘えてねだるのが本当に上手いよな、こいつ。
調子が乗ってくる前に終わらせたいけど、いつの間にやら具合がいいようにと向き合った体で背中から腰から固定されては、じりじりと後退していくだけだった。
「ぁ、ん……ふ…」
胸を押し返してももうちょっとだけ、もうちょっと、そんな瞳で行動で舌使いで訴えられては難しい。
でも、那月は僅かながらにぴくんと体と表情を硬直を見せて、ぱっと離れた。
「ぷはっ!危なかったです!夏祭りに遅れちゃうとこでした〜翔ちゃん、一人で着替えてくださいね!」
拍子抜けするほどにアッサリと浴衣とワインレッドの帯を押し付けられて、「お、おう…」なんて生返事になった。
那月はメイク台の上に引っ張り出していた若草色の生地を掴んで、一人でさっさと着替えていく。
中途半端に脱げたままの自分の姿が鏡に映っていて、頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
そんなに時間経ってないから平気なはずだけど、たぶん、あのまま続けてたら間に合わなくなってしまうぐらい、止められないってことで。
外で我慢利かなくなったらやべえから気をつけなきゃダメだったのに、俺が甘やかしてどうするんだ。
次、次からは気をつける。
一つ頷いて、渡された浴衣に袖を通した。

那月も若草色の生地でトンボやら丸の模様が白で入っている浴衣に着替えた。帯は深い緑だ。
いいね、夏祭りにでも行くの?なんてスタッフに声を掛けられつつ、隠れるように呼びつけたタクシーに乗り込んだ。
那月のマネージャーが祭りの近くまで送ろうか?と言ってくれたけど、俺たちはそれを断って荷物だけを預かってもらった。手元には和風生地で作られたピヨちゃんのショルダーバッグに貴重品などが入っていて、それを那月が持っている。クマの形をした携帯用の虫除けストラップをカバンにぶら下げて。
天気は晴れで、仕事も早めに終わったからこのままタクシーで行けば十分間に合う。
そう思ったのに、那月は途中でタクシーを止めるとお金を払って腕を引いてきた。
「え?ここで降りんのか?」
渋滞でもしてるのかと思ったけど、先を見てもそんな様子はなかった。
よく分からないまま頷く那月に従って降りると、タクシーは扉を閉めて行ってしまった。
辺りはただの住宅街でしかなくて、那月の腕に引かれるまま歩いていたら、公園を見つけてその中に入っていく。
滑り台に砂場、ブランコなどがある普通の公園には数組のカップルがいて、中には浴衣を着ている人も居るようだった。
風も吹かず、むっとした空気が暑いのに那月はご機嫌にも鼻歌を歌っている。
それは那月の未発表の曲だ。
曲調はアップテンポのシンセサイザーを使ったテクノ調ロックで、オケには可愛らしさを彩るように風鈴の音が入っている。
その鼻歌を聞いていたくて黙ってたけど、俺はここを知らないし一応聞くだけは聞こうと声を掛けた。
「なー那月、ちゃんと行く場所分かって歩いてるか?」
「大丈夫ですよ〜さっちゃんが案内してくれてますから」
「砂月が?」
「ええ、さっちゃんにも花火を楽しんでもらいたくて、どこで見ようか相談してたんです。さっきのお歌もね、翔ちゃんが遊園地で夏祭りに誘ってくれて、それが嬉しくて、ぜーったい行きたいな、楽しいだろうなって思ってたら出来ちゃってたんですよぉ」
そう言って那月は微笑んだ。
俺が誘ったんだから俺がリードしなきゃって勝手に思ってたけど、那月はこういうの前もって考えるの好きだったよなぁ、と久しぶりのデートなのもあってむず痒くなった。
「ふ、ふうん…」
浴衣を着せようとしてきたときはむしろ、女物じゃなくてよかったと思ったぐらいには俺も浮かれている。
夜でバレにくいだろうからそこまで騒ぎにならないだろうし、射的やスーパーボールすくい、焼き鳥にたこせん、焼きとうもろこしとどちらかというと、俺は花火よりも屋台の方が楽しみだった。
那月と出かけることに意味があるのはもちろんだけど。
「この近くには屋台とか出てるのか?」
「はい。あまり大きなところだと人もいっぱいですし、何かと不便ですから小さな神社でやっているお祭りに行こうと思ってます」
「おー俺はなんか腹ごしらえしたいな〜ケーキ食ったばっかだけど」
仕事で食べたのはまだ残暑が続くこの時期にちょうどいいアイスケーキだった。
滑らかな生クリームが分厚く盛られていて、底にはクッキー生地のタルト。全体的に白さが眩しくて胃に重そうな印象があったけど、アイスが夏らしいシャーベット感ある舌触りでぺろっと食べられた。
ちなみに底のクッキー生地には那月の牛の絵が焼き印されていて、俺は半分になったみるくちゃんとご対面することになったんだけど、流石に聞かされてもいないことに「気をつけて食べないとダメですよ〜」とは横暴だと思う。

公園を抜けて、少し行ったところに明るい提灯がいくつも目に入る。
階段には小さな子の面倒を見ている兄弟や家族連れ。その向こうには鳥居があって、那月が言った通り神社で屋台が出ているようだった。
よっしゃ、という掛け声と共に那月の手を引っ張った。下駄はあまり重くないから難なく駆け上がると、小さな神社にはたくさんの甚平を着た子どもたちとその親らしき人たちが遊びに来ていた。
この辺りは住宅街のようだし、夏祭りの本会場までは遊びに行けない層が集まっているのかもしれない。
「こういうの、なんかいいよな。ちっせー頃、薫と少ないこづかい持ち寄ってさ、当たりもしないのに射的とかくじとか必死になってやって残念賞を持って帰ってさ」
那月は早速ハチマキを巻いている絵のピヨちゃんのお面を買おうとするから、色んなお面を見ていたらマジンダーのお面を見つけた。
見つけちまったら買うしかねえ。
「似合う?」と頭にピヨちゃんをつけた那月は、相変わらずよく似合ってると笑った。
食べたかったたこせんを那月と一緒に買って、せんべいをかじりながら、ゆっくりとした足取りで屋台を見て回る。
「そんで、勿体無いことすんな、当てるなら一発でやれ!とか無茶苦茶なこと言われるんだぜ」
「ふふ、お母さんですか?」
那月の言葉に頷く。
俺のおふくろはそういう人で、話でしか知らないはずの那月のお気に入りになっているらしい。
「でも、夏祭りって割りとそこらであるからさ、こづかい使い切ってたらまた貰わないとなんねえだろ?そういうときも、次こそ成果を上げよ!つって、ノリよくこづかいくれるんだよな」
やっとえびせんに乗ったたこ焼きまでたどり着いて、あちあちと頬張る。
「楽しい人ですよね〜翔ちゃんのお母さん。発想が豊かで」
「……発想が豊かっていうか、あの人は全力で俺をからかってるだけなとこもあるからな。突飛という意味では、ちょっと那月と似てるかもしれねえな」
職業が指揮者ってだけで那月と同じ天才って部類なんだろうなとは思うけど、おふくろはそれを感じさせる人柄ではないし、あんまり日本に居なくて身近な人じゃないからすごい人だってのを忘れがちだ。いや、逆か。すごい人過ぎて、自分のおふくろだってことを忘れがちっていう方が合ってる。
「本当ですか〜?僕は僕のお母さんに似てるなぁって思います」
「ええ?マジで?俺のイメージではお前と似てふわふわしてる感じなんだけど」
電話越しにおっとりと話す声を聞いたことあるし、俺のおふくろは真逆で男っぽくてかっこいいと言ってもいい。
「うーん、何かやりたいって思ったときに背中を押してくれる人っていうのかな?」
「あーうちは放任主義ってだけだけど……やりたいようにやれって言ってくれて、しかも、金の心配はするなってマジでかっけえよ」
ヴァイオリンはおふくろが指揮者なのもあってじいちゃんもばあちゃんも寛大だったし、やめるって決めたときも期待されてた分、言いづらかったのに一番最初に受け入れてくれたのもおふくろだった。
屋台を楽しんでる子どもたちを眺めながら、思い思いに笑む。
りんご飴を持ってすっ転んだ子が泣いてしまって、それをなだめる兄貴。
薫もすぐべそをかくやつだった、と懐かしかった。
「本当に。翔ちゃんもかっこいいです」
「んぐ…!?」
えびせんの最後のひとかけらを口に放り込んだ瞬間、言われた言葉に塊をごくんと飲み込んでしまった。
提灯の光が当たった那月の横顔は、ただ微笑んでいる。まじまじと見ていたら、俺に気づいた那月が「何か変なこと言った?」とでもいうような不思議そうな顔で小首を傾げた。
今、その流れだったか?
可愛いじゃなくてかっこいいと言えと言っても聞かないやつが。
「い、いや…珍しいもんだな、と思って」
那月もいつの間にやらたこせんを食べ終わっていたらしく、頭につけていたマジンダーのお面を俺の顔に被せて嬉しそうに目を細めた。
「翔ちゃんはかっこいいですよ?今日のパティシエさんの衣装だって本当は僕が見てみたかっただけですけど、僕はみんなに僕のことを知ってほしいのと同じぐらい翔ちゃんのことも知ってほしいんです。翔ちゃんもお料理が上手なんだよって」
雑誌のインタビューでも言ってたけど、もって。
「また突っ込んでほしいのか?」
「うん?それだけじゃないよ。僕のわがまま、いつも聞いてくれる。優しくて、かっこいい……いつまでも変わらない僕の王子様」
被されたお面の鼻部分をつつかれて、まるで俺が照れるのを分かってるかのような行動と台詞に心臓がはね上がった。
こんなんじゃ、いつまで経っても言えないと思う。
那月がかっこいいって言ってくれたときに、「知ってる」ってさらりと流してみたいことを。
砂月なら出来るんだろうなぁ思う。しかも、鼻で笑いそうだ。
それに、そんなにかっこいいって言ってくれるんなら、こいつはコスプレさせるのが趣味なところがあるし、女物じゃなけりゃいくらだってしてやっても…。
……あ、やっぱなし。
那月にそんなこと言ったら、すげえ勢いであれやこれやと着替えさせられるのがオチだ。
「耳、隠れないね」
くす、と笑って那月が手を引いてくる。
遊園地のときのようにはぐれたくないから、混雑しているときはよく手を繋ぐようになった。と言っても、手首を引かれているだけ。
外で恋人つなぎなんて出来ないけど、「そんなんじゃダメだ。お前はすぐ迷子になるんだから、手貸せよ」とそんな風を装って那月の大きな手を握れば、那月は俺の意図が分かっているのか、くすくすと漏らして握り返すんだ。

戦利品のお面とヨーヨーを手に俺たちはデパートの立体駐車場にやってきた。
俺がやりたかった射的は那月の犬のぬいぐるみがほしいとねだる声に負けて、那月のカバンに納まっている。
「ピヨちゃんもあんのに、何で犬なんだ?」という問いには、「あのピヨちゃんは持ってますし、もし当たっても元から持っていたのより特別になっちゃいますから、ほかの特別がほしいんです」と恥ずかしげもなく言われた。
またぬいぐるみが増えるのは考えものだけど、取ってやることが出来てほっとしている部分もあったりして。

駐車場は隅々まで駐車されている車に、窓ガラスの入っていない大きな窓のように開けた作りで、高くも低くもない暗い天井が迫っている。
那月は近くで花火を見たいんだろうから、屋上に行こうとしたら「屋上はたくさん人が居るから、こっちの方が落ち着けますよ」と首を横に振った。
確かに車に隠れるようにちらほらとカップルがいるようだし、空が見上げられる車の裏側に2人して歩いていく。
壁は低めでその上にも低めの柵がつけられていて、しゃがんでも空が見られるようだった。
「で、花火はどの辺に打ちあがるんだ?」
きょろきょろと見回すと、人が集まっているところがある。そこが正面なのかと思って、那月の手を引くと反対側に引っ張られた。
「翔ちゃんこっち」
軽い足取りで歩く那月に連れられて太い柱で区切ったエリアが変わり、もう1つ柱を超えて再びエリアが変わる。
そもそも「穴場があるんですよ〜」と、那月のデートプランに乗っかってこのデパートに引っ張ってこられただけだし、詳細は何一つ知らない。何度か聞いても嬉しそうに内緒です、と詳しいことを教えてくれなかった。
俺は俺で、遊園地では叶わなかった観覧車からの花火を見せてやりたいとは漠然と思ってたけど、事前の調べやレンの情報によれば、遊園地のようなナイトパレードのない普通の花火大会では観覧車は人気スポットらしく、人目につくのもあるし行き当たりばったりになりそうだと思ってたからこれで良かったと思う。

そうして、壁までたどり着いてしまって、隅も隅、角には誰も居なかった。
人が集まっているところから隠れるように、車の陰に入る那月の腕を手前に引いて声を掛ける。
「あっちじゃねえのか?いい加減、何企んでんのか――ってわっ!」
那月が急にしゃがんで浴衣の裾を捲るから、反射的に飛び退いた。
「な、なにすんだよ?」
誰かに見られたんじゃないかという疑念も手伝って、ドキドキと高鳴る鼓動に声が上擦る。
だけど、那月はきょとんとした顔で見上げるだけだった。
それでようやく、何か変なことされるんじゃないかと焦ったのは俺だけだったらしいことに気づいた。
ダメだ、仕事モードだと過剰に反応してしまうことは減ったけど、デートだと簡単にそっち方向へ結びついてしまう。
しかも、楽屋で気をつけようって思い直したばっかりなのに全然ダメじゃねえか。
こみ上げてくる恥ずかしさに自分でも顔が染まっているのが分かって、那月が笑んでいく。
「かわいい…」
「っ……それで、何だよ」
「うん、えっと……これ気になってたんです」
那月がしゃがんだままぴょんぴょんと飛び跳ねるように近づいて、もう一度浴衣の裾を捲りあげる。
「ん?」
そっと俺のふくらはぎに触れて、ここ、と見上げた。暗がりに灯る電灯と那月の指に示されたそこには白く掻き毟った跡があって、小さな虫刺されの痕が赤くなっている。
「あぁ、これか…」
那月は虫除けのストラップをカバンにつけてて一緒に居る間は平気だったんだけど、トイレで待ってるときとかに蚊に刺されたやつだった。
ぺろっと黒の浴衣を捲って、内ももにも刺された痕がぽつぽつとあるのを見せる。そのついでにぽりぽりと掻く。
「ああ、ダメですよ〜掻いちゃ」
言いながら那月がピヨちゃんのカバンを開けると、犬のぬいぐるみが顔を出した。ベージュに近い淡い茶色の毛に、小さな三角耳がピンと立ち、短めの尻尾がくるんと巻かれた柴犬の子どもだ。
つぶらな瞳が可愛らしい――と言うと、俺らしくなくて那月に毒されてる気がするけど、だったら尚更のこと俺に似てるわけがないし、それで思い出すのは那月に誕生日に貰ったコリー犬とパピヨンのキーホルダーだった。
那月はコリー犬は自分で、パピヨンが俺だと言った。俺としては那月はゴールデンレトリバーっぽいと思うし、似てる似てないはともかく、こいつが言いたいのはつまり、小型犬と柴犬は中型犬と言っても子犬。それに俺が似てるってことだ。
「お前は犬みたいに人懐っこいけど、少しは賢い犬を見習って俺の言うこと聞けよな」
なんとなく言った悪態に那月は「ちゃあんと聞いてあげてますよぉ〜」と笑いながら、がさごそとぬいぐるみの下を探って塗り薬を取り出した。
「用意いいな。貸して」
手を出しても那月は構わず、薬が染み出てくる先をふくらはぎに塗りつけてきた。
「いって、沁み、沁みるっつの」
それは液状タイプの薬で、掻き毟った痕には冷たくてひりひりとした痛みに咄嗟に後ずさりする。だけど、那月は逃げられないように手に力を込めて掴んできた。
「も、もうそこはいいって」
真剣な表情とは裏腹にどことなく恍惚とした瞳を覗かせて、垂れそうなほどに塗りたくってくる。
「だーめ。きちんと塗っておかないと」
するすると那月の手がふくらはぎから太ももに伝う。心なしかいやらしく撫でるような手つきでも、ここは外だしなんとか平静を装えるのに、それを那月があっさりと崩しに掛かった。
ふと思い立ったような顔して、くんくんと鼻先を人の股間に摺り寄せてきやがった。
そのせいで、ぞくぞくと飛び上がって変な声が飛び出した。
「っうぁ…ばか!そんなとこ嗅ぐなよ!」
「あはは、翔ちゃんびくってした。わんわん!」
「犬を見習えってそういうことじゃ、ねーよ!」
那月のアホ毛を引っ張ると、声を上げて笑いながら言われた那月の一言にピタリと止まる。
「つい、翔ちゃんを感じたくなっちゃいました」
こいつはスキンシップ過多だからその辺りで多少耐性はついてるけど、嗅ぐとか直接的過ぎだし、にこにこと笑う那月に本当の本当に「つい」だったのかと疑うことしか出来ない。
わざわざこんな隅まで何で連れて来られたのかが、この一瞬で分かるようだった。
小さくため息を吐いて、那月から塗り薬を奪う。
「ったく、デートってだけで気が抜けてんのにマジでやめろっつーの」
俺だってそんなに理性強くねえんだからな。
言ったら何されるか分かったもんじゃないから言わねえけど……って、そんなんばっかだな。
太ももに薬を雑に塗って、腕にもある刺された痕にも塗っておく。
「うん、ごめんね」
ちっとも謝意なんて篭っていない笑い声が混じる謝罪に、とんと薬を押し付ける。
「ん!」
その瞬間、どん、と大きな音と共に歓声が聞こえて、そっちに顔を向けるまでもなく斜め前に立っているビルの窓に花火が映りこんだ。
「うおー那月見たか今の!」
って、俺と向かい合ってるんだから見えるわけがなかった。
次々に窓に映りこむ花火に、那月の体を反転させて柵の近くまで小走り気味に背中を押していく。
途端に那月が感嘆の声を漏らして、手をパンと叩いた。
「チカチカ光って、とーっても綺麗です!」
小さく飛び跳ねる那月の横に並んでビルの窓を通して、花火を眺める。
電気がついていない部屋だけにまばらに映り込む花火が花というより――。
「お星様の合唱みたい」
那月の一言に思い浮かぶのは同期のメンバーのことだ。
黄、赤、紫、オレンジ、青、緑、そしてピンクの点滅。
俺たちのイメージカラーはカラーバリエーションかなんかで当たり前のように揃う色だから、身近で親しみやすくて、同じ夢を持ってる仲間がいるんだと力になる。
社長にピンクだって決められたときは不満だったけど、今ではそれぞれいい色を貰ってよかったなと思う。
まぁ、ほかのメンバーでピンクが似合いそうなやつがいないのもあるんだけど、この浴衣の星みたいに目立ちはするし!
それに浴衣の柄もあってか、明るい窓と多くはない暗い窓で途切れ途切れに花火が落ちていくのが流れ星みたいだと思った。
普通の夜空だったらそんな風には思わなかっただろうな。
「うん、うん、そうだね」
急に小さく頷きだした那月を不思議に思って見上げると、那月は笑ってするりと俺の手を取って指を絡めた。
「公園で歌ってたお歌ね、翔ちゃんへの曲なんです」
「俺?」
「お誕生日プレゼント、遅くなっちゃいました」
曲の誕生日プレゼントってことは…。
「あれが砂月の作った曲?」
「そうですよ〜!作曲がさっちゃんで、編曲がさっちゃんと僕」
2ヶ月前に砂月がメールで俺に曲を作ってくれるって言ったのに、音沙汰がなかったやつだ。
すっかり忘れてるんだと思ってたし、那月の新曲だと思ってたから自分の曲だと言われるとイマイチピンとこないけど。
「それで、作詞は――」
「俺!絶対、俺が作詞する!」
「ふふ、ダメ出しはするからな、だそうですよ」
「望むところだ!受けてたってやる!」
絡めた手に力を込めれば、くすくすと笑う那月の声。
ゆっくりと暗くなっていく窓の代わりに、星々が大きくなって花が咲く。
穴場って言ってたし、ここから動こうとしない那月はこの光景を知ってたのかな、と思う。
「俺も、すっげー楽しみにしてた。曲だけじゃなくって、今日の祭りもさ。さんきゅ」
返事をするように寄り添うように肩がぶつかった。
つーか、よく考えると那月が歌っていた曲から感じる可愛らしさは、こいつらが俺に抱いているイメージだってことにならないか?
だとするなら、珍しく那月がかっこいいって言ってくれたのに、作曲という高度な表現で「かわいい」って言われてるのと同じだ。
まぁ、作曲が砂月だから仕方ないのか…。
かっこいい俺様なんて、砂月に見せられる機会が滅多に――。

いやいやいや、何考えてんだ。
軽く首を振っているところに、追い討ちを掛けるかのように2つの黄色の花火が上がって、那月だけじゃなくて砂月も花火を楽しみにしてくれてたのかと思ったら、嬉し恥ずかしくてマジンダーのお面を被ってみる。
すると、那月が「耳、隠れてませんよ」とまた笑った。

Congratulations!



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ジェミニちゃん誕生日おめでとう…!ダイスキ!
前からちまちま書いてたものに、6話ネタをちょっとだけ絡めました。6話の那翔ちゃんmajiかわいい!
タイトルがなかなか決まらなくて困ってて、Fireworks displayは花火大会という意味らしく「窓に映る花火の話」と掛けてこれにしました。どんぴしゃ!
執筆2013/04/26〜05/10、05/28〜30、06/06〜07←いつも雑にメモ帳データの作った日から書き上がった日までをまとめてしまうんだけど、なんとなくメモしてたらこうなった。大体こんな感じで日を空けまくりつつ、小説を書いてます。