外界から遮断された水に漂っていた。暗闇で何も見えないそこは怖くて、同時に酷く安心できた。ただ、小鳥さんたちと陽だまりにいるときとは違って、ここにいることが楽しいとは思わなかったけれど、出て行く必要を感じなかった。
そこでじっとしていると、時折さざ波に誘われてやってきたもう一人の僕が頭を撫でてくれる。すると、外で頑張れる力がもらえるんだ。
ぼやける視界で認識するより早く、嗅覚が頭を覚醒させる。
ほんのり香る桃と、鼻をつく性交の匂い。
昨日、音也くんとしている最中に眠ってしまったんだった。
失礼なことをしてしまった。そう思って体を起こそうとしたけれど。
「え……?」
僕の体にピッタリと張り付くように乗っているのは、赤い髪ではなく僕の願望の色をしていた。
「え、え……?」
急いで傍にあったメガネを掛けてみても、願望のまま変化はなかった。
頭を起こした瞬間、ぐらりと目が回るような感覚に早く抑制剤を摂取しなければ、と警報が鳴る。
それは翔ちゃんの色だった。絶対にダメだと言い聞かせてきた翔ちゃんと、どうして裸で眠っているのか。
その疑問に答えるかのように翔ちゃんが言葉を発した。
「んんぅ……起きたのか?……な、俺もっかいしたい」
……?
あぁ、そうか。これは夢だ。僕は音也くんとしかしていないんだから。
「酷くしちゃうかもしれないよ?」
「ん、俺のこと欲しいって思ってくれてるんだろ?なら、酷くても許してやるよ」
僕の願望が形になった夢。現実では自信がなくて勇気が持てないから、夢が僕の我侭を満たしてくれるんだ。
ぎゅっと抱きしめれば幸せでいっぱいだった。
――上手くいかなかったか。
夢だと認識した状態ならチビに手を出せるかと思ったが、那月はもう一度眠ってしまった。
那月自身が自分の意思でチビと番を結ぶことが出来なければ、状況は良くはならないだろうが、フェロモンを嗅がせても引っ込んじまうし、もう俺の意識を那月に見せて免疫をつけるぐらいか。強硬手段がないわけでもないが、それは那月に負担が大きい上に俺自身もどうなるか分からない。
思案していると、腹に乗っかっているチビが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「……?難しい顔してどうかした?」
近年ではオメガについて虚弱体質や劣等種だとした否定的な意見は薄れてきてはいるが、チビはオメガの中でも特に軽い方なんだろうと、その線の細さで想像がつく。一方、那月の体はアルファの中でも突出して強く、事実、那月は力を持て余している。
運命とはよく言ったものだ。
「ちゃんと飯食べてるのか、お前」
「今の時期は食欲落ちるけど、食べれるときは食って――、ぁっ」
さっきから腹に擦り付けてくるチビのオメガ特有の子どものような大きさのそれがしっかりと上向いて、皮から顔を出している。
「ん?」
先端を親指で擦ってやれば、涙目を浮かべてその小さな唇を開閉させた。
「あ、あっ、つよい、やっ……は、ぁぁあ……んっぅ……」
擦れば擦るほど先から我慢汁が零れ、敏感に体を跳ねさせる。
「や、前、さわるのやだ……っん、ぁあ……はなして……ぁんっ」
蕩けた顔を横に振りながら逃げようとする腰が、昂った俺のものにぶつかってチビが飛び上がった。
「噛んだりしねえから」
「ひぁ、……ぅう……」
噛むと脅してきたせいか触れるのが怖いのかとも思ったが、キッと恨めしく睨みつけてくる瞳に、後ろを弄って欲しいんだろうと想像に容易かった。だが、興味があった。
オメガは精液の蓄積量が少ないせいか、達するのが早く空になるのも早いらしい。さっきもあまり出てた様子がなかったが、アルファの体とは違いすぎるそれ。
逃げられないと分かると、俺に引っ付くようにして扱き辛くしてくるチビが小動物のようで愛らしかった。
「……もう限界か?」
掠れる声で問いかければ、こくこくと頷いて体に巻きついてくる。
「でる……ぁっ……――!」
言葉に反してチビの先からはほとんど出ず、小刻みに体がびくついている。同時に、下腹部にとろとろとしたチビの愛液が零れている感触がした。そこには中に出した俺の精液も混じっている。
瞬間、一時は納まっていたオメガのフェロモンが、アルファの無尽蔵とも言える劣情を引き出す。普段から一人でしても満足感がなくキリがないそれに、那月が恐怖心や嫌悪感を抱くのも仕方がなかった。
「ぅう……前触ると、もっとナカほしくなる……んだ……」
チビの言葉が重く胸に圧し掛かる。
ずっと我慢していたんだろう。こんな状態なら、紛らわすことも苦しかったはずだ。
「悪かったって……後ろ、挿れてやるから――」
上体を起こして、チビの腰を掴むと一気に腰を落とした。
強烈な快楽が脳髄まで駆け巡り、狭すぎる中が滑り動くたびに無駄な思考を削ぎ落としていく。
いや、元から俺は那月とチビが上手くいくことしか考えていない。
単純明快に貪るように、首に縋ってくるチビを荒々しく揺すった。
「あっ!あ゛、あっ……あぁ……んんんっ!」
耳元と繋がるそこから厭らしく響くリズムに、より激しさを求められている気になってくる。そこに重ねるように、汚した腹を拭うかのように、チビのそれが俺の腹と自分の腹をペチペチと叩く。
「ぁう、あんっ、はずかし……んんっ……」
そのダイレクトに下腹部に熱をもたらす光景に顔が歪む。
「っ……それ、いい」
「ぁ、あっ、すげー揺れる……ぅう、そんな見るなぁ」
体が揺れないように前に手をついた、火照りを見せるチビの顔が近づく。けれど、間近になった距離にビクついて、胸にしがみ付くように伏せられた。
煽られすぎても困りものだが、見るなと言われれば見たくなる。
チビの体を抱き起こし、困惑するチビを無視してそのままベッドから立ち上がった。
「ひあ、ちょ、待っ……え!?」
持ち上げてみると更に実感する華奢な体が、一層深くなる挿入に抗いながらも落ちないようにと俺の体にしがみ付く。部屋に来るまでにあったキッチンにはオメガに必要な錠剤が数種類並べられている。その中に、アフターピルもあったはずだ。
「ん、ん、は、はぁ……すごい、俺のおなか、」
歩くたびに、いいところに当たるのかチビは俺を締め付けて、声を漏らした。
何が、と問いかける間もなく、惚けた声で顔で訴えた先にはチビの体重が掛かり、腹に浮かび上がる俺の形だった。
「恥ずかしいから見るなと言った口で、よくそんなこと口走れたもんだな」
「へ……っぁん、あ、おく、おく、ぁああ、」
逃げないようにチビの腰を掴んで、僅かばかり引いた腰で希望通り、最奥を打ち付ける。
「っ、――っあ、んんっやっ、こえ、がまんできな――んぅ……」
一応抑えようとしているらしい声を唇で塞いでやりながら、勢いに任せて腰を振った。
チビの歪む眉に目尻を伝う涙がアルファの支配欲を高め、小さな体で一生懸命、精を搾り取ろうと引っ切り無しに痙攣する中がアルファを悦ばせる。
番というのは、そういう風に出来ている。運命なら尚更だ。
吸い付く唇からほんの少し離れて、言葉を強請る。
「……なぁ、名前、呼べよ」
薄っすらと開かれた瞳が揺れる。俺をなんと呼べばいいのか分からないのか困ったように。
俺自身の名前は確かに存在するけれど、そんなことを教える必要はなかった。
「普通に、呼べばいい。いつもみたいに」
「ん……なつき?」
そう呼ばせてから思い出した。
那月は『なっちゃん』と呼ばれることに親しみを感じ特別だったことを。
「なっちゃん」
「え、えぇ?いつもそんな風に呼んでねえ……アぁっ、んん、」
言い聞かせるように、チビの奥を抉っていく。
「なっちゃん、だ」
「何でだよ、那月でいいじゃ……」
「たまにでいいから……、な?」
「うう……ちゃん付けとか……いい歳してはずかしいだろぉ……」
密度が上がるフェロモンにクラクラしながら、荒くなる息で絶頂を追い求める。繋がっているそこから引っ切り無しに響く淫猥な音が煩いくらいに大きくなって、りんごのように真っ赤な顔でチビの小さな声が掻き消えそうだった。
「……な、なっちゃん」
窺い見てくる瞳に、チビを穿つ自身に充血するのを感じる。
「あぁ……」
「ぁ、ぁ、おれ……お前を、那月をずっと……んぅ、捜してた……からっ……ゃぁあん」
チビの耳にある俺の噛み痕を上擦る歯で噛んだ。
番を結べば他のオメガフェロモンから影響を受けない体になるアルファは、抑制剤代わりに番を作ることがある。アルファの体に悩む那月のために、俺がそうすることで那月を守る予定だった。だが、運命に憧れ、本能に抗い倫理を尊ぶ那月に誰彼構わず番を作ることは出来なかった。出来なかったんだ。
「ぁ、ぁうぅう……那月の、はぁあ、も、だめ、だめっ――」
よりきつく締まる中にチビの体がびくびくと跳ねる。
孕ませたい。俺の出番じゃない。孕ませたい。
理性が働いてもいなくても、どうしようもない衝動に、腰は止まらなかった。
「あ、ん、ぁあ、あっ……んん――っ……や、やぁ…………なっちゃっ……ぁっ」
チビが名を呼んで子どものように駄々をこねる。
従順にアルファが欲しいと訴える体でも、快楽が過ぎれば及び腰になる。それを封じ込めることができるこの体位はたまらなく好かった。
「……く」
「っ……んんぅ……」
一眠りした分、さっきよりも多く感じる量に汗が伝う。
どれだけ出せば空になるのか分からない体もそうだが、それに付き合える運命とやらの力は相当なものだった。
チビに薬を飲ませなければ。
キッチンの棚に並んでいる数種類の薬の中から必要な分を取り出し、チビの口に放り込む。厭々と首を振るチビの顎を掴んで、口に含んだ水を流し込む。
飲み込んだのを見計らって唇を離せば、チビは顔を隠すように胸に頭を押し付けた。
「ぅうぅ……」
何で泣くんだと、無粋なことは言えなかった。
オメガ性でも男だと妊娠率は下がるが、発情中のオメガとアルファの性交は妊娠する可能性が高くなる。本能が望んでいても、俺はそれを叶えてやれない。那月のおこぼれにありつけているだけだと、自身を諌めることでチビとひいては那月の未来を守ることに繋がるのだと言い聞かせる。
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ものすごく短いですがどうしてもこの日(6/9)には更新しておかねばならないと思ったので、3話となりました。
前編中編などの表記も変えておきます。