本能イコール 2話

恋愛感情はないですが、那音(Ω)で致してるので苦手な方はご注意を。今回もほぼ砂翔。
あと挿絵あります(ERO)
大丈夫な方のみ、ご覧ください。
↓スクロールしてね↓

懐かしい匂いがした。辺り一面に花びらが舞っているかのような匂い。
そう感じた瞬間、どくりと心臓から血液が送り出される感覚に教室が静まり返った。目だけで周囲を探れば、同様に周りの席の奴らも何かを探るように視線が彷徨っている。これといって「何か」が起こったわけではない。ただ自分の心臓が脈打つと同時に、雑音が消えたのだ。自分が注目されていると勘違いしそうな静けさに、耳に触れながら平静を保とうと努めるけれど、冷や汗が浮かぶには十分だった。
今日は芸能専門学校の入学試験で、この学園は競争率が高く、必然的に優秀な人間が多く集まっている。それは、アルファ性が大多数を占めていることを意味する。そんな中で発情したらどうなるかなんて、考えたくなかった。
他に発情期が近いオメガがいるのかもしれないし、気のせいだと言い聞かせて机に伏せた。
「センセー、なんかいい匂いしませんか?」
浮かんだ汗が背筋を伝う。俯いたままちらりと視線を上げると、試験官の先生と目が合った。弾かれるように逸らせば、とぼけるような先生の声がした。
「あら、先生のフェロモンに中てられちゃったのかしら?ちなみに、私の発情期はまだ先よん」
試験官はこの学園の教師でもあり、オメガであることを公表しているピンクのロングヘアが似合う華奢な男の娘アイドル月宮林檎だった。
「うはー絶対受かるわ、俺」
「はいはい、試験頑張ってね」
コツ、コツ、と近づいてくる足音に身構えていると、耳元で小さく囁く声。
「体調よくないみたいだから、別室に移動してもらうわ。教室を無法地帯には出来ないの。この意味、分かるわよね?」
頷いてはみるものの、理解は出来ていなかった。俺もまだ発情期は先なのに。何度も確認するように耳を撫で、心を落ち着かせるだけだった。

月宮先生が抑制剤をくれたおかげでなんとか受験出来て、結果としては合格だった。
生徒はほぼアルファ性で構成されていながら、オメガ性の合格枠が存在する珍しい学園で、理由の一つにオメガ性は貴重なこともあり、ハーフタレントのように芸能界では一定の需要があることが挙げられる。もちろん性種を隠しているタレントも多くいるし、公表することは義務ではない。
ただし、入学するにあたり、学園の生徒にはオメガであると公表しないことを義務付けられる。

一般的にオメガには発情期間があり、1ヶ月周期で起こるとされる。期間は1週間あるかないかで、発情抑制剤やフェロモン抑制剤で抑えることも可能だが、薬が効き辛い体質のオメガや嗅覚の鋭いアルファもいるため、大事を取って休む者が多い。
それに合わせて、この学園にはオメガが与えられる寮の部屋に鍵付きの扉があり、そこから特別寮に入れる作りになっている、と寮の規則が書かれた冊子に書いてあった。
身を守るためという名の、オメガ専用の特別な部屋。
アイドルは恋愛禁止。だけど、生まれ持った体質だからと政府主導で改革が進み、発情期間中の場合のみそこで引き篭もってようが成績には響かないし、政府が推進している以上、学園側も強くは反発できない。
そうなってくるとオメガだと悟られやすくなるのは明白で、表立って公にしていない個人のプライバシーについて噂を立てない、という点が大事だと読み取れる。
つまり、アイドルや作曲家を育成するこの学園では、オメガを使って守秘義務を守れるかどうかというのも評価のポイントにしている、ということだ。
冊子の続きを読みながら部屋に向かう。
特別寮に入れる扉がある以外は、他の寮と何ら変わらないようでほかの生徒と同じように相部屋になることや、その相手はオメガに理解のある人が選ばれるようだった。
単純にオメガが同室だったら気楽でいいのに、としか思わなくて、いざ相手を目の前にして頭が真っ白になった。
「……な、つき……?」
花の匂い。懐かしい、匂い。入学試験でも嗅いだ匂い。
「……?ええ、そうですけど……どこかでお会いしたことありましたっけ?」
俺の『運命の番』はベッドに腰掛けながら、きょとんとして首を傾げてしまった。
覚えてすらなかった。
そりゃそうか。この1年半、那月は音信不通だったんだから。
「あ〜〜いや、俺も昔ヴァイオリンかじってたから、さ……」
「そう、なんですね……えっと、あの、なんだかすごく甘い匂いがしませんか?」
すんすん、と鼻先を動かす那月に分かりやすく肩がビクついた。
「っ、そうか…?香水振りすぎたの、かも……」
適当な言い訳をしてみると、納得したように那月は頷いた。
「あの、あなたのお名前は――?」

入寮と同時に火照り出してしまった身体が那月が欲しいと訴えてるのに、アルファである那月は初めて会ったときとは正反対で何の反応も示さなかった。
「は、はぁ……なん、で…………寄るな、」
うずくまる俺に、心配そうに駆け寄ろうとした那月を制止する。
「大丈夫ですか?僕、抑制剤飲んでるから襲ったりしないよ。抑制剤持ってる?」
「……持ってな……」
初めて会ったときと同じ『運命の番』によって強制的に引き起こされた発情だった。
予定では次の発情期はもう少し先で油断していた。
「?忘れちゃったの?僕のはアルファ用のなので、あまり効果がないかも知れませんし……」
……?なんで、那月が抑制剤なんか飲んでるんだ…?
番以外のフェロモンには反応しなくなるはずで、番である俺が来ることも知らなかったっぽいのに。
那月が覚えてないことも、俺が『運命の番』だと気づかないことにも、腹が立ってきて熱くなる身体で頭で思考がぐちゃぐちゃになる。
差し出された手を払いのけて、ぼうっとする瞳で那月を見つめる。
「いらない……なぁ、那月、しよ?」
「え……だ、だめですよ……抑制剤が効いてて勃たないですし」
慌てて後ずさっていく那月に、舌なめずりする。
「オメガ冥利に尽きる展開だな。強引にでも勃たせてやるから」
床に押し倒した瞬間、自分のフェロモンなのか、那月の匂いなのか分からないぐらい濃く混ざり合っていく。
うなじに鼻先を擦り付けて、肺いっぱいに那月を感じた。
「ほら、抑制剤で抑えてたってお前からえろい匂いする、はぁ……」
「気のせい、だよ……だめですって」
那月の萎えてても分かる大きいそれに、昂っていく熱をズボン越しに擦り付ければ、困惑しながら頬を赤らめる那月に興奮した。
初めてのときは、番になった瞬間にカメラで監視していたらしい施設の先生に抑制剤の特効薬を打たれて、ほとんど何も出来なかったんだ。
「那月のほしい、おくにいっぱいほしい……」
「うん、そういうこと好きな人にしか言っちゃだめなんだよ?僕が抑制剤飲んでなかったら、赤ちゃんできるまで止められなくなるのわかってる?」
「ん……赤ちゃん?つくる?」
「作りません。アイドルになるために入学したんでしょう…?」
言葉で一つ一つ拒否していく那月に、感情がついていかなかった。
逢えない間、ずっとほしかったの我慢してきてやっと逢えたのに?
「そ、だけど……那月のちんぽしか考えらんない……」
那月のベルトを外そうとすると、やんわりと掴まれてしまう。
「こぉら……オメガさん専用の特別寮があるらしいんですよ。知ってましたか?このままここに居たら、アルファさんが寄って来ちゃいますから、連れて行ってあげます」
頭を撫でてくる那月のせいで、じんわりと浮かんでいた涙が零れ落ちた。
「あぁ……泣かないで」
那月が俺を抱き起こして立ち上がる。
「……俺のこと嫌い?」
「いいえ、むしろとっても可愛いですよ。我慢できているのが不思議なくらいに」
那月の首に腕を回して抱きつきながら、さっきと同じように那月の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「我慢するなって言ってもだめ?」
「だめ。林檎せんせぇに抑制剤の支給をお願いしておきますから、出て来るときはきちんと飲んでくださいね」

「こりゃまた随分な我がままを言ったな。来栖」
ノックのあと聞こえてきた声にハッと顔を上げると、予想通りそこには日向龍也がいた。
「俺はアルファなんだけどな、特別寮に呼びつけるなんてよ」
「龍也さん」
「ここでは日向先生、だ。久しぶりだな」
こくりと頷いて、日向先生の傍に駆け寄る。
日向先生は月宮林檎と並ぶ憧れのトップアイドルで俺のクラスの担任。そんで、恩人だった。
那月と番を結んだあと、那月と連絡が取れなくなってから俺はとんでもない無茶をした。那月を探すため、おびき寄せるために発情中に夜道を彷徨った。普通は番相手にしか反応しなくなるはずのフェロモンに寄って来たのは他のアルファで、襲われそうになっているところを日向先生に助けられたのだ。日向先生は自分だってフェロモンに中てられて辛いのに、精神力で乗り越えることが出来る人だった。そのとき事情を話して、抑制剤はちゃんと飲んだ方がいいと教えてもらったり、那月を探すのを手伝ってもらったりした。
「あれから番には会えたか?」
「……同室の奴だった。りゅ、日向先生が仕組んだろ……」
「そう疑うのも分かるが、オメガに理解のある奴が選ばれた。それだけだ」
「別にオメガ同士の部屋でよかったんじゃねえの」
「あーオメガは、人によっちゃアルファやベータを部屋に呼ぶこともあるから、その対策だな……巻き込まれないように。ま、特別寮内も共用スペースを挟んで繋がってはいるから、呼べばアルファやベータが来ることもあるし、巻き込まれたくなかったらしっかり鍵を掛けておくことだ」
日向先生は難しい顔をしながら、わしゃわしゃと頭を撫でてくる。
「分かった……」
「それで?番に会えて思わず発情しちまったってわけか。ちょいとまだ漏れてる気はするがな」
「抑制剤あんま効かない体質っぽい。番いるのに、ほかに反応させちまうぐらい濃いらしいから、抑えきらねえんだろ。なのに、当の番は抱いてくれねえし、そもそも覚えてねえし」
「怒れるぐらい、逞しくなったならよかったよ」
番を結んだオメガにとって、その相手が全てに陥りやすいらしい。施設での刷り込み教育のせいか、俺もその傾向が強かったようで、那月がヴァイオリンの世界から姿を消して生きているのかさえ分からなくなって、相当参ったんだと思う。
「逞しくなったっていうか、芸能界に入って那月を見つけるって目標に近づけた途端見つかって、テンションがハイになって、また落ち込んでるだけ……自分でもよくわかんねえ」
「……そうか。振り出しに戻った気分かもしんねえけど、一つ一つゆっくり考えていけばいい。前に進んではいるさ」
「うん……あのさ……何で那月は抑制剤飲んでたんだろ……」
「さぁな。だが、不慮の事故を防ぐために抑制剤を常用しているアルファは結構いるんだよ。実際問題、オメガは人口の数%とされてるが、戸籍登録されてないオメガも含めると街中にはもっと多くいるからな」
何十年も前に社会問題になって、少子化対策とされるオメガ総合施設の足掛かりになったとも言われている。
「四ノ宮は番を結んだことを覚えてないんだろ?なら、常用している薬を止めない限り他のオメガのフェロモンに反応しなくなってることに気づくこともないし、おかしなことでもねえよ。覚えてないってーのは不思議だが……お前に色々あったように、あいつにも色々あったんだろう」
そうじゃないとやりきれないし、割り切れない。
オメガにとって番は一生物だ。だけど、アルファにとってはそうじゃない。アルファだけがパートナーを変えることが出来るのだから。

新生活が始まって1ヶ月が経とうとしていた。
それはつまり、再び発情の時期がやってきたということだ。
またしばらく上に居るから、とだけメモを残して、特別寮の鍵を開けてこじんまりとしたエレベーターに乗り込む。中のパネルには『特』と『普』というボタンが並んでいる。特別寮という意味らしい、特を押せば上階に移動し始める。
特別寮は日用品から着替えまで揃えられており、学園側が用意したちょっとしたウィークリーマンションのような一室だ。構造的には通常の寮だと廊下に繋がる真正面にある扉の先がキッチンで、自分で作るのが面倒な場合はその奥が共用スペースの食堂になっていてそこで出前を頼むことも可能だ。部屋にはトイレやシャワールームも完備されている。
この寮の監修と管理は、Aクラスの担任である月宮先生が行っているらしく、シンプルさとはほど遠い可愛らしい雑貨類が並んでいた。
「前も思ったけど、那月が好きそうだよな、ここ……」
「那月?那月ってアルファだよね?ここに呼ぶの?」
「うわっ!?」
誰も居ないと思っていたところに、唐突に返事がきて飛び上がった。
「あ、ごめんごめん、驚かせちゃったね。俺は一十木音也。俺もオメガなんだー君は?」
赤い髪の男が頬を掻きながら、当たり前のように自己紹介にオメガという単語を口にした。この部屋にいる時点で隠しても意味ないんだろうけど、オメガ性は隠すものとしての認識が強くて少し戸惑う。
「俺は来栖、翔……那月は呼ばねえよ。絶対呼びたくねえ」
「翔って言うの?よく那月が『翔ちゃん』って話題にする名前だよね〜俺、同じクラスなんだ」
「へえ……じゃ、俺飯まで出された課題やっとくから悪いけど」
部屋から出て行って欲しいと遠まわしに言えば、赤い髪の男――音也はにへらと笑って話題を変えた。
「課題よりさ、ちょっと俺と遊ばない?暇で暇でしょうがなかったんだよねえ」
「遊ぶって何して?それより、ここ俺の部屋なのに何で居るんだ」
「だって、ホーム……あ、特別寮の食堂兼談話室のことなんだけど、そこから直接色んなオメガの部屋に繋がってて特別寮内で行き来できるんだよ。そんで、たまたまエレベーターの動く音聞こえたから来てみたら、鍵掛かってなかったってわけ」
そういえば、前に過ごしてたとき俺しかいなくて食堂まで出て行ってたし、そのまま面倒で鍵を掛けていなかった。
「ふうん……それより、お前抑制剤飲み忘れてねえか?」
少し熱で上気しているように見える音也の顔に、一歩後ずさる。
「えへへ、バレた?正確には飲み忘れたわけじゃないんだ。一粒だけしか飲まなかったってのが正解。だからちょっとでいいからさ、俺と遊んでくんない?翔だって薬飲んでないんでしょ。匂いするもん」
人によって錠剤の数は違うだろうけど、一粒だけと言うからにはわざと効力を弱くしてるということだ。
音也のようにセックスが好きなオメガは割りと居て、同じオメガからは俺がお堅いだけとも言われるぐらいだった。
「俺はちゃんと飲んでるっつーの!つーか、初対面で何言って――」
「初対面がどうのって理屈じゃないって同じオメガなら分かるでしょー!?えっちしたい!えっちしたいの、ねえ、翔おねがい、擦りっこでいいからしようよぉ」
ずいずいと迫ってくる音也の顔を押し退けながら、勢いよく首を横に振る。
「ムリムリ、いや、ムリムリムリ……」
発情したオメガは人を襲うこともあると言われるぐらい辛いのも分かるし、オメガ同士が慰めあう例もよく聞く話だ。でも、理性がしっかりしている状態では同情や親近感のみで体を許すのは簡単じゃない。それに俺のように番が居るオメガは、番以外の相手との性交はめまいや吐き気に襲われるとされていて出来ない。
「別に俺に頼まなくたって、誰か呼べばいいだろ」
「今すぐしたいんだもん!」
「だもん!じゃねえよ……勘弁して…そもそも、俺にはっ……そういうの苦手なんだよ。オメガなら分かるだろ…」
那月を探すという目標が一番大事だったけど、アイドルを目指しているのには違いがなくて、気軽に番が居るとは言えなかった。
音也がはっ、と思いついたように目を見開いた。
「あ〜……もしかして、那月になにかされたことあるの」
「……なんで那月」
音也はしたり顔で推理を披露した。
「さっき言ってたじゃん、絶対呼びたくねえって怖い顔してさぁ」
この1ヶ月一緒に暮らしてみても、那月は俺のことを何一つ思い出すことはなかった。
気づけば目で追ってしまうから、なるべく見ないように、関わらないようにするのが精一杯なのに、否が応でも那月の匂いを嗅げば幸せな気持ちになって身体が疼いてしまう。だけど、また相手にしてもらえなかったらと思うと怖くて、同じ部屋なのは拷問だった。
「そんなに嫌ならデリでも呼ぶかぁ。あ、タオル全部洗濯機に入れちゃってさ、これ貸してもらっていい?」
俺が持っていたタオルを手にしながら、とんでもないことを言い残していった音也に生返事しかでなかった。
デリってデリバリーヘルスのことだよな……。
俺と同じ歳ぐらいなのに、もうそんなの使ってる奴って居るんだ…。

その日は朝から煮立て始めたような桃の匂いがしていた。そんな芳香剤を持ち歩いているわけでもないのに、体に纏わりついている気がする。
「何だろう…この匂い……」
「匂い?何か匂うか?」
ぽそりと呟いた言葉に、隣を歩く真斗くんが問いかけてきた。
「ほんのりと……なんですけど、桃みたいな」
「桃……?四ノ宮からいつもそのような匂いがするが、それとは別でか?」
「え、僕……?」
くんくんと腕を嗅いでみるけれど、自分ではよく分からない。
首を傾げていると、真斗くんが思案するように腕を組んだ。
「……調理室でデザートでも作っているんじゃないか」
「そっか、そうですよね」
どこかで嗅いだことある気がしたけど、桃だったらあるに決まっている。
そう思いながらも納得出来ないまま、その日が終わるはずだった。
『もう授業終わった?あのさ、ちょっと熱上がってきて辛いんだ。少しでいいから看病しに来てくんないかな…?』
メール主の部屋をノックしながら開くと、今の今までほんのりとしか漂っていなかった桃の匂いが体を包むようにどろりと呑み込んで来る。
弾かれるように慌てて扉を閉めようとした。だけど、ふらりと現れた友人を前に自分の体がそれを許さなかった。
「待ってたよ〜ここじゃ、色々とアレだからさ、上行こっか?」
首を横に振るのとは反対に、引かれる手には逆らえず、脅迫されているわけでもないのに息が上がってくる。
普通とは言い難い、溶けてしまいそうな瞳が有無を言わさぬように思考に絡みつく。
毎朝欠かさず抑制剤をきちんと飲んでいるし、今日も飲んだはずだった。
予備の薬はカバンに入っているけれど、この匂いに中てられた今、そんなものを飲めるほど理性が働くようには遺伝子は出来ていない。
やっとで出せた声は、すでに熱っぽさを含んでいた。
「……音也くん」

「ただの風邪だって、林檎せんせぇ言ってたのに……その、お薬、飲んでないんですか……」
音也くんの部屋から、扉をひとつ越えた先にあるエレベーターに乗り込むと監視カメラがあることにもおかまいなしで、飛びつくように僕のベルトを外しに掛かってくる。
「ん、ちゃんと飲んだよ?」
あっけらかんと言い放つ言葉が信じられなくて、でも、薬を飲んでいるからこそ、まだこうして話す余裕が残っているのだと理解した。
「……そう」
ベルトに続き、ボタンとジッパーが友人の手で外されていくのを眺めながら返した相槌は、そっけないものになってしまった。
「あんまり、動じないんだね。那月って、こういうこと慣れてるの?」
それは僕の台詞だと思いながら、取り出された自身が雄を主張していることに目を細めた。
「わ、すっげー大きい……オメガの匂いで欲情してるんだよね、これ。アルファって大変だよねえ」
くすくすと嬉しそうに頬ずりしてくる音也くんの体を引っ張り起こして、抱きしめながらお尻に回した手をズボンの中に突っ込んだ。
「いいえ、オメガの方が大変ですよ……発情期が来るだけで誰に興奮しているわけでもないのに、体が疼いて、ここが物欲しくなるんでしょう?誰でもいいなんて、本当は辛いはずです」
どうしようもなくアルファを欲しがるそこは濡れに濡れて、すんなりと指を飲み込んでいく。
「ん、あ…………はは、考えてることは純粋なんだね。オメガにそんな幻想抱いたって、いい事なんて何もないと思うけどなぁ」
「どうして幻想だなんて言うの?本能でアルファを欲しがってるのは僕も理解はしてます。でも、そんな簡単に良い人が出来る世の中でもないでしょう」
本心がどうあれ、フェロモンに誘われたアルファはオメガに強い欲望を抱く。本能が番を結べと訴えての行動だったとしても、雰囲気に呑まれたと後に言い出すアルファも多く、若気の至りだとか、一過性のものに過ぎないと揶揄する研究者も多い。
その研究者もほとんどがアルファ性で占められているのだから、僕はアルファの方こそ酷いと思う。番に対して自分の都合の良い考えばかりを主張し、責任逃れをしたがっているように見えるから。
「はぁ、んぁ……やっぱり、純粋だよ。ねえ、体育のときとか着替えるときにずっと思ってたんだけどさ、この鍵ってどこの鍵なの?」
音也くんは僕のシャツのボタンを外すと、首に掛けて隠していた鍵を引っ張り出して、興味津々といった様子で聞いてくる。
「どんな回答を希望しているのか分かりませんが、僕は知らないんです。でも、大事なものだから」
そっと手を外させると、音也くんは得意げに笑った。
「俺、こういう形状の鍵知ってるよ。教えてあげよっか」
「……うん?」
「えっちな鍵、だよ。あんっ…それ以上はないしょ」
驚きのあまり、思わず奥まで指を突っ込んでしまった。
分かる人には分かるらしいえっちな鍵を僕はずっと肌身離さず付けてきたってこと?
でも、大事なものだって……。
……?誰が、言ったんだろう?
「へへ……驚いた?えっちな鍵してるから、那月は誘いに乗ってくれるかもって、思ってたんだよね。ね、もう指はいいから挿れてよ」
「……分かりました」
音也くんの言葉に頷いて、太ももを持ち上げると音也くんが自分の膝裏を抱え込む。上階で停止したままのエレベーターの壁に押し付けながら、フェロモンに誘惑された欲望で突き上げた。
「あぁあん、あん、ぁっ、ん、激し、くしていいよ、那月……そ、のほ、が気持ちいから……ひぁ、あぁぁ」
音也くんの中は気持ち良かった。でも、自分の性器に違和感があることに気づく。
ぐっと根元が硬く膨らんでいて、通常それは番のフェロモンでしか反応し得ない亀頭球で、僕自身初めて見たものだった。
とにかくその亀頭球が音也くんの中に入ってしまわないように気をつけながらも、友人の希望のままに勢い良く腰を打ち付けていく。
「っぁあ、ぁん、ぁ、あ……イク、イクう……」
「いいですよ、イッても……ただ、やめられそうにないのは、ごめん」
涙と涎塗れで上気した頬をべろりと舐めれば、ぞくぞくと体を震わせながら口角を上げた音也くんを一層激しく貪っていく。
「なつき、って、意外にS……ぁああ――」
そんな自覚はこれっぽっちもないのに、遺伝子がそうさせるのかと思うと少しだけショックだった。

亀頭球が伴うアルファ性の射精時間は長い。避妊具もつけていないのに音也くんの中に出すわけにも行かず、エレベーターから降りて濃くなるフェロモンを意識の外に追いやりながら、案内された部屋のベッドに腰掛けた。
前に一度翔ちゃんを運んできたときと同じ可愛らしいファンシーなデザインの部屋だった。
「ピル飲んでるんだから中出ししてもよかったのに。オメガだからか知らないけど、出されんの好きだし」
「はぁ……お薬飲んでるから気軽に出しても大丈夫って思いたくなくて……ちゃんと我慢できてよかった……」
「真面目だなぁ〜それにしても亀頭球って初めて見たよ〜」
止め処なく溢れてくる白濁に構わず、つんつんとうっとりした表情で見つめる音也くんにびくりと自身が熱くなる。
「ええ。僕も初めてこうなりました。理由はよく分からないですけど、ずっと抑制剤で抑えてきたので、溜まっていたのかもしれませんね……」
「そんなことってあるんだ?俺さ、今まで薬なんて買えなかったから、部屋に引き篭もって過ごしてたんだけど、学園が支給してくれるってなってから気づいたんだ。発情期嫌いじゃなかったんだなぁって。まぁ、誰にも相手してもらえなかったら苦しいのは分かってるから、一応試しに半分だけ飲んでみたんだけど……んっ」
かぷりと僕のに唇を寄せて咥え込むと、そのまま美味しいものでも飲むかのように喉に流し込んでいく。
「ん、……どう、だったの?」
「ん〜ちょっとだけ理性がある分、罪悪感がすごく襲ってきて……もっとイケナイことしたくなっちゃったかも」
目が座っているようにも見える音也くんに、悪い子に捕まった気分だった。
「そうなん――だ……?」
部屋に入ったときよりも濃密な桃の匂いに熱がほとばしった。
単純に音也くんが僕のものに夢中になりすぎてフェロモンを強く発したのかと思ったけれど、ゆっくりと開かれる扉から現れたその人に体中の細胞がざわつき、全てを感じ取ろうと毛穴が開く。
「……翔、ちゃん……」
「んあ?え、翔ってさっきの?どうしたの?」
音也くんは後ろを振り返りながら唇を拭うと、いつもと変わらぬ調子で聞き返した。
「あーっと、わり……月宮先生が飯だから、呼んで来いって……それ言いに来ただけだから」
出て行こうとする翔ちゃんを追いかけようとするけれど、音也くんが僕の服を掴んだ。
「待って。今、翔から出てるフェロモン近くで嗅いだら、たぶん那月理性ぶっ飛ぶと思うよ」
音也くんの言葉に体が拒否反応を起こすように足の力が抜け落ちて、ベッドに座り込む。
思考を巡らす余裕があるだけ理性的だったのだと今更ながらに思う。
あのフェロモンは――、翔ちゃんはダメだ。理性の欠片もなく、抱き潰してしまう予感しかしない。
「……那月、翔のことすきなの?」
ここに招かれたとき以上に硬くなっている自身に小さく自嘲した。
初めて会ったとき、翔ちゃんの誘いを断ったのに、音也くんの誘いに簡単に乗ってしまった後ろめたさも拭えない。
「……好きですよ。僕の、匂いがするもの――」
そこで、ブツリと意識が途絶えた。

「んだよ……別に嘘なんかつく必要なかったのに」
「あら、オトくんはどうしたの?」
特別寮を利用するオメガが居る場合は夕食の間だけ教師が様子を窺いに来ることになっていて、今日は月宮先生が当番だった。
それで、音也を呼びに行くようにと言われて、予想外の光景を目にしてしまった。
デリバリーヘルスを呼ぶとは言っていたし、誰かとしている可能性はあったけど、それが那月だなんて思わない。
まさか、那月がデリバリーヘルスなわけはない……はずだ。
「……あのバカ、交尾してました」
「あ、そうなの……相手の子、抑制剤飲んでそうだった?」
「毎日飲んでるはずだけど……ちゃんと勃ってたし、飲んでないのかも……」
俺の顔を見た途端、みるみる顔が真っ赤に染まっていってヤバイと思った。
昔みたいに自分が囮になる、なんてかっこつけられたらよかったのに、あんなのを見てしまったあとでそう出来るほどお人好しにもなれなくて、那月は覚えてないのに俺のだって言うことも出来なくて。
「……薬、飯に混ぜるとかしてやってくんねえかな」
「そうねえ……ご飯も食べずにエッチなことし続ける子がたまにいるから、そのときは強制的に終了させるけど、今のところはプライベートな範疇かなぁ」
「そんなこと言ってて、妊娠でもしたらどうすんだよ!」
自分でも思った以上の声が出て驚いた。
「……怒鳴ってすみません」
「んーん、学園でも必要なお薬は支給しているし、オトくんからフェロモンの匂いしないからすぐにでも落ち着くと思うわよ?心配しなくても――」
「それじゃまるで、那月がアルファの本能に支配されてないみたいだ……」
なんで。
俺は番を結んだ影響か、嗅ぎ分けが得意じゃないから、さっき会ったとき気づかなかった。
俺がしようとしたみたいにフェロモンで襲わせたわけじゃないなら、那月は合意の上で音也と?
本当に那月は人畜無害な顔をして、傷ばかり抉ってくる。

寝息をたてながら、人の性器を哺乳瓶の如く握り締めて眠る赤毛の男。
真夜中にもなると部屋に充満していた匂いが薄れ、無尽蔵に湧き上がる欲が静まりつつあった。
余計なことをしてしまった。那月のため、チビのためを思って、チビの発情に合わせて那月の抑制剤をサプリメントにすり替えた。
その結果がこれだ。
手近に転がっていた見覚えがあるヒーローもののキャラクターが描かれたタオルを握り締める。
那月はチビのフェロモンを覚えていない。だが、この甘ったるい桃のような匂いは間違いなくチビのもので、この男はチビのフェロモンで那月を誘い出したようだった。
しかし、チビと俺が番だと知っているわけでもないだろうに、なぜ自分のフェロモンで誘い出そうとしなかったのかが不明だが。
いや、フェロモンの出所が離れている分、ある程度の自衛にはなるだろう。
裏がなさそうで、実は色々と考えを巡らせているタイプ、か。
今の社会では、その方が生きやすいのかもしれない。オメガなら尚更だ。
「さて、と……」
頭が再び色情で染まる前に、小さな一欠けらを口に放り込み噛み砕く。
これで多少は持つだろうと、男が掴む手を外させて一先ずはシャワーを浴びることにした。

一昨日の夜から濃くなり始めたチビのフェロモンが夜明け頃に薄れたとなると、昨日、目覚めてすぐ薬を服用したと考えられる。
チビが起きる前に、食堂から繋がっていると聞いたチビの部屋へと足を運ぶ。
鍵の掛かった扉を力任せにこじ開ければ、静まり返った寮に鈍い音が響いた。同時に散布されたかのように桃の蜜がねっとりと肌を覆っていく感覚に、じわりと汗が浮かんでくる。
「相変わらず、えげつねえな…」
抑制剤で抑えきれず、身の内から溢れ出るフェロモンは痛々しいほどにアルファを切望するオメガ、という構図を頭に描かせる。
俗説的に言い換えれば、それだけ番を欲している、と。赤毛の男としているのを見られた影響も多分に含まれそうだが。
ベッドの上で丸まるように眠っているチビは昔と変わらない無垢な顔をしていた。
仰向けに転がすと、留められていないパジャマのボタンから覗くタンクトップに、捲れ上がって見えるヘソと腰。
これだけ見てると無邪気なもんだと思うが、夜が明けるにつれて濃度を増すフェロモンに頭がクラクラしてきた。
「那月だったら、即堕ちもんだぞこれ……」
チビの頬を軽く叩いても唸るだけ。
フェロモンはともかく、時間的にもまだ発情抑制剤は効力を発揮しているはずのチビの胸にはぷっくりと尖りを見せる欲望が表れていた。それを指先で撫でると、薄い布でしかないタンクトップ以外に何かが覆うように感触を妨げた。大きな襟首からタンクトップをずらせば、そこには本来の用途とは異なる使い方をされた絆創膏――。
発情期が毎月やってくるオメガは時間経過の感じ方が大きく違うと聞いたことがある。発情中は相手を乞い想う時間が増え、埋められない寂しさが膨大な時間へ変わると。
どうやらフェロモンだけでなく、性的兆候までも薬で抑えられないらしいチビを不憫に思った。
どうせ薬が切れたら解す必要さえもないぐらいに濡れるのだからと、膝を抱えながらチビのズボンを引き摺り下ろす。それでも反応の薄いチビに僅かに苛立ちを覚えるが、それよりも、しっかりと装着された貞操帯に口の端が上がった。
懐かしかった。
その貞操帯は昔、俺が渡したものだった。
一般的に、貞操帯は発情していなくともオメガというだけで性的対象に見られて強姦されやすい背景があるため、政府が秘部に鍵付きの専用プラグの使用を推奨している物だ。プラグにはGPSが仕込まれ、黒皮の中にはセンサーがあり切断されるとオメガのフェロモンに影響されにくいベータの警官が駆けつけてくる。
自分で購入する場合もあれば、政府が支給する場合もあるが、近年では番を結ぶときに指輪や首輪代わりに贈ることが増えてきている。
首筋に鼻先を埋めれば、チビの匂いに脳天が痺れそうだった。
普段、髪で隠れている左耳の裏を確認するようにべろりと舐めると、チビは肩を跳ねさせた。
「ひっ!?な、なにして……」
「俺の痕があるか見てた」
「あ、あっ……」
瞬間、チビから濃密なフェロモンが放たれたかと思ったら、チビのささやかな性器が上向き、先からぽたぽたと雫を零した。火照る身体のせいか、瞳に浮かぶ水分が揺れている。
「か、鍵……っ、んっ…」
言われるまでもなく、肌身離さず首に掛けてきた鍵をチラつかせる。
「これ、使ってるとは思ってなかったが、偉いな」
「はぁ、ほしくなってもこれあったら我慢できる、から……」
チビは息を荒くしながら、秘所に埋まっているプラグの鍵穴を見せるように足を広げた。
プラグではせき止め切れなかった蜜がとろとろと溢れている。その蜜がまた脳を狂わせることを知りながら、舌で絡めとる。
「んっ……はぁ、フェロモン、垂れ流し過ぎだ。関係ないアルファまで群がってきたらどうする」
「んあ、あ、ぁっ、薬はちゃんと飲んで、る。ただ、効き辛いだけで……でも、そろそろ飲まないと――」
薬で抑制されすぎたフェロモンは体内に留まりやすく、濃度が濃くなる。そうなったとしても、普通は番がいれば他のアルファを引き寄せるようなことはないのだが――、再会してこの部屋に運んだときに事情を知っているらしい教師からチビがそうなっていると聞いていた。
「飲まなくていい。何のために薬が切れそうな時間に来たと思ってる……俺が発散させてやるから」
所詮、主人格ではない俺では番ごっこでしかなかったのか、中途半端に苦しめるだけだったのかもしれない。

「はぁ、あんっ、あっ、あ……いい匂いする、はぁ、ん、きもちい」
チビは俺の首に腕を回して頭を抱きながら、うわ言のように嬌声を上げた。
「あまり嗅ぐな……フェロモンがきつくなる」
無理やり顔を引き剥がしてみると、チビは涙目で首を横に振る。
「あぅ、おれのくさい?いや?」
どくりとチビに埋め込んだ自身が脈打ち、こめかみに汗が伝うのが分かる。
「そうじゃねえから困るんだろうが」
「なんでこまる、んだ……俺、匂い好き」
ぽーっと頬を赤らめてそう言ってくれるのは嬉しいが、加減が出来なくなる。
「孕ませたくなっちまうからやめろ」
「ん、んぅ、赤ちゃん、つくる?俺、那月のせーえきほしい」
血管が切れそうだ。昔はそうならないように声だけでも塞いで凌ごうとしたが、今回は抑制剤を飲んでるからと余裕ぶっていた。いや、違うな。久しぶりのチビに興奮しているんだ。
ただ、『那月の』と言ってくれたおかげで、踏み留まれる。
「ダメだ。作らない」
「っ……また作らないって言った……俺はずっと欲しかったのに、俺の、ほしくないんだ……」
オメガの本能で発情中は子どもが欲しくてたまらなくなる。ましてや、番の匂いに中てられては、理性なんて飛んでしまう。
「違う。今はお前が欲しい」
来る前に飲んだ抑制剤が効いているのか、亀頭球はさほど肥大化せず根元までを飲み込んだ。
中は分泌液でドロドロに熱く、俺の精液を搾り取ろうとうねっている。
「あん、う、うん……俺も……きもちい……」
「……少し黙ってろ」
言い聞かせるように、チビの性器を掴んで力を込めてやると、チビは慌てて腕で口元を押さえた。
ちゃんと覚えていたらしい反応に気が良くなる。
腰を打ち付けるたび、チビにぶら下がったままの貞操帯が揺れる。プラグは短めで中を傷つけないように柔らかい素材のものを選んだ。
挿絵
元から用意していたわけでもないし、オメガ総合施設の人間が薦めた物だが。付属の鍵をそれぞれ1つ持ち、那月には大事なものだとだけ教え、首に掛けさせていた。
「ん、んんっ、あ、んんぅ……」
絆創膏の上から尖りを見せる先に触れてみると、びくりと体が震えて中がきつく締まった。
「やっ、そこ、敏感だから……」
「こんなもん貼って、触れって誘ってるんだろ?」
白いガーゼの部分だけを捲りあげれば、桃色の乳首が顔を出す。唾液を絡めて舌で舐ると、ぷっくりと芯を帯びる。
「ちが……んん、やぁ……!」
「ほら、声」
短く言えば、チビは再び口元を押さえた。
聞きたいのは山々だが、そうなると本当にチビのあそこを噛んでしまいかねない。
そのまま声を我慢しているのをいいことに、感応して嫌がる先端を執拗なほど舌で転がし、唇で吸って、甘く噛んでやる。
抵抗しているつもりらしい頭を引き剥がそうとする手に力は感じられない。
「んんぅ、んんんっ…………んんっ――!」
跳ねる体で背筋が反れ、チビの本意に反して触ってくれと言わんばかりに突き出される胸が大層愛らしく、自身の搾り取られる感覚に顔をしかめた。
すぐさま中を痙攣させるチビに構わず、体をひっくり返して強引に腰を打ちつけた。
「んぁ、まだイッたばっか……ひぁ、ぁっ、あぁん、あっ……」
逃げようとするチビの両手首を掴んで、勢いに任せてピストンする。
「だから、声、抑えろって」
「あぅ、あんっ、あぅぅ……らって、奥、あたって……あんっぁん、ぁあっ……」
卑猥な音に重なり合うようにガンガン響くチビの声に、欲望が膨れ上がる。
「は、アフターピルが効くように祈っておくんだな……んっ」
昔、歯形をつけたチビの耳にもう一度かぶり付くと同時、うねりを上げる肉壁に熱を注ぎ込む。
「ぁ、あ――……!」
亀頭球がさほど反応していなかったせいか、チビの秘所からいやらしく溢れ出てくる白濁を残念に思いながら、揺さぶりすぎてぐったりとするチビを抱きしめる。
すると、チビが力なく頭を撫でた。
「俺、嬉しい……もうダメになったんだと思ってた……でも、今確信した……昔会ったのもお前で、お前は那月じゃ、ないんだろ…?」
那月はアルファの本能に支配されることを恐れている。日ごろから抑制剤を常用して己を律してきていたが、那月はそれ以上に『魂で結ばれた運命の番』に憧れていた。やっとで見つけたと思ったら、あまりにも強いフェロモンに那月は怖気づいてしまった。だからと言って、逃す手はない。他のアルファに盗られては手遅れになってしまう。
「……あぁ。だが、お前が那月の運命である以上、俺も共に在る」
「うん……よくわかってねえけど、分かった。那月は俺たちのこと知らねえんだもんな、浮気はノーカンにしてやる」
浮気……、赤毛の男のことか。
正直、那月がセックスしたのには驚いたが、番ではない以上、相手も子どもを望んでいないことが分かっているから抵抗が薄かったと考えている。
だが――。
「どうせいつかは分かることだから言うが……」
「……?」
「お前が部屋に呼びに来て、お前のフェロモンに中てられた那月が引っ込んじまったから、仕方なく俺が相手した」
腕の中のチビがわなわなと震えだして、静かに声を低めた。
「は……?なんで、すぐ俺のとこ来ないわけ」
「抑制剤飲んでない状態でお前に会ったら、いくら俺でも孕むまでやめられなくなる」
それは俺の出番じゃない。
「は、孕むまでって……でも結局出してんじゃん…」
初めて会った日は番を結んですぐ、オメガ総合施設の職員がやってきて、鎮静剤やら抑制剤やら打たれたせいで満足に相手が出来なかった。
「一発出して終わるわけねえだろ。そういえば、お前のフェロモン落ち着いたな」
「お腹、いっぱいで、満足したの、かも……」
腹を撫でるチビが嬉しそうに頬を染めていて、頭が痛くなった。
「頼むから煽ってくれるな」
自身に熱が溜まっていくのを感じて、チビがびくりと体を震わせる。
「ずっと我慢してたんだからしょうがねえだろ…」
「……悪かった」
初めは那月の代わりに番を結べば、俺の役目は終わりだと思っていた。だが、那月が憧れていた『魂で結ばれた運命の番』とやらの影響は肌で感じるよりも先に本能が欲しいと訴え、楽に陥落させた。
那月も分かっているはずだ。本能から逃げても意味がないことを。

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前編はあとで書き足した部分なので執筆が2月よりあとだったりするのですが、あやふやなのでテキトーです。
最近、全部を構成し直したのと一区切りついたのでアップしました。お待たせしてすみません。
おまけ。さっちゃんのポジショニング挿絵差分/貞操帯の装着イメージ
執筆2016/02/08〜07/10,2017/07/08〜30