第2話 交錯

人形には魂が宿る。
その言葉通り、人形に魂が宿ったのだ。
那月が人形である翔に名前を聞いたとき、俺は咄嗟に「翔以外認めない」と口走っていた。直後、那月が思い出してしまうかもしれないと思ったが、そんな兆候もなかったようで胸を撫で下ろした。
そして、人形である翔は否定しなかったし、見た目は中学生ほどの幼い顔に反して、声変わりが済んで若干低くなった声で記憶に新しい方だったのと、性格も生前の翔にそっくりだったから、俺は驚いた。
それから、俺は那月が翔に翔のことを人形だと伝えてしまう前に、そのことを秘密にするように告げようと部屋を移動した。

まず試しに本に載っていた、人形の体が怪我したときの薬を作ることにした。ついでに血が増える薬も。
理由は翔の体はもう人形であって人形ではなく、また人間であって人間ではなくて、自己治癒が出来ないようで血と皮膚などの体は、初めの起動時以外は薬でしかそれらを作れないし治せないということだった。
水を飲んだり食べたりすることは一応出来るが、人形にとってそれは栄養を取るためではなく、発汗したり、排泄したり、もっと言えば種付けは出来ないがそれに似た成分を出す…そういう人間らしくあるために使われるものらしい。
これだけの好条件なのだから、何かリスクがある方が説得力はあるが、もしものためにと薬を作っておくに越したことはない。
基本的に体積は増減しないため、爪や身長なんかが伸びることも、痩せることも太ることもない。人形にはよく言われることだが、髪だけは伸びるようだった。

最も大事なことは初めて人形にキスした人間のキスで、動く力を得るということ。つまり、俺がキスしなければ翔はいつか人形に戻って動かなくなる。
翔は元々、依頼で作ったものなのだから、通常なら人形に戻して納品しなければならない。だが、那月は俺が翔に真っ先に駆け寄ったことと、依頼を受けたときに怒鳴ってしまったことで俺が翔に思い入れがあると感づいていたのか「期限はあと4ヶ月もあるから、さっちゃんがなんと言おうと僕はもう1体作るよ」と言ってくれた。
幸いにも、等身大人形での収入はよく、俺自身も作曲やたまにするモデルで稼いでいるのもあって、贅沢な暮らしが出来るほどには貯蓄があるため、俺は那月がそう言ってくれるのを期待していた。
だからこそ、那月が本を探しに行っている間に先に翔にキスをし、人形に戻ってしまわないようにしたんだ。

俺の考えていた通り上手く事は運んだが、お伽話にしか思えない現状に笑ってしまいそうになる。実際に人形である翔が動いていることは確かなのだから、状況の整理と把握をしなければならない。

もう一度、隣で眠る翔の髪を梳いた。
早々に怪我をするとは思ってなかったが、痛みも消えたようだし薬の効果は出たようだった。
ハサミで出来た小さな傷で流れた血は僅かでしかなかったから、血を増やす薬を使う必要性は感じなかった。
だが、血を増やす薬には副作用として媚薬の効果があると俺と那月は知っていた。
媚薬の効果が人間にも表れるのかと、わざわざ俺も口に含めたのに俺の体に翔のような顕著な反応は起こらなかった。
それでも、俺は翔を忘れることが出来なくて、死んでしまったあとも想い続けてきた。顔は中学生頃の翔でただでさえ幼い顔が更に幼いのと、人形なのには違いなくて、欲情しないかもしれないと試していた部分もあった。だが、実際には俺よりも人形である翔の方が先に音を上げ始め、最後には意識を飛ばさせてしまった。それだけ俺は翔を渇望していたらしい。
翔を抱き寄せれば、僅かに青い瞳を覗かせて唇が動く。
「お前…がっつきすぎ……学校…」
「行かなくていい」
「……まぁ、今日はしゃーねえか…」
「学校だけじゃねえ…一切外に出るな」
誰が翔のことを覚えてるか分からない。近くに住んでいた薫は引っ越した。だが、翔の友達だった音也は突然家に来ることがある。
「…何言ってんだ。んなこと出来るわけねえだろ」
「お前、自分の容姿に違和感あるんだろ?」
「え、あぁ…髪も気持ち悪いぐらい伸びてるしなんか若返った気ぃすんだよな。背は…どうだっけ…」
「チビはチビ。変わってねえよ」
「うっせ!!それに俺はアイドルになるっつー夢があるんだよ」
俺に物怖じしつつも反抗してくるし、声質を考えても、人形に宿った魂は間違いなく翔だと思う。
俺は例え人形が動いたとしても、何の記憶もない真っ白な存在になるだろうと思っていた。ましてや、翔を模した人形であっても、事前に本を読破していたわけではなく、冒頭を少し読んだ程度だったから翔の魂が宿るなんて考えもしなかった。
その上で気になることは、翔らしくあってもこの翔は別の記憶を持っているということだ。まるで、全く違う世界を生きてきたとでもいうような。
古い本だから文字が掠れているだけじゃなく、抜け落ちてるページはいくらでもあった。
その部分に何か重要なことでも書いてあったのか…?
「…アイドル?ヴァイオリンはどうした」
「あのな、嫌味か?那月に一生敵わない、つったのお前じゃねえか」
皮肉を込めて言ったことはあるが、そんなことで生前の翔は諦めなかったし、この翔は俺の一言でヴァイオリンに見切りをつけたということか…?
「……さぁな。だが、外に出るだけじゃなく、アイドルなんて絶対許さねえ」
「何でお前にとやかく言われなきゃなんねえんだよ!俺の夢なんだから俺の好きにするっつーの!」
「…お前を誰の目にも触れさせたくねえんだよ。察しろ」
髪に口付ければ、翔は目を見開いてみるみる頬を染めて目を伏せた。耳まで赤くなっているのを見て、落ち着いていた熱がぶり返しそうだ。
透明感のある薄っすらと桜色をした肌に無数につけたキスマーク。人形がベースだからか、筋肉のない柔らかで滑らかな肌質で、唇にも肌にも思わず吸い付きたくなる。生前の翔にはそれなりに筋肉もあったし体に男らしさがあったが、俺にとってはどちらにしろ華奢には違いなかったし、想い続けていた時間が余計にそうさせた。
「んだよ…それ……お前、変…」
「どの辺が?」
翔が知っている俺とはどういう関係だったのか、少しだけ気になった。
「砂月は俺のことちょっかいかけるだけで…そんな気ないと思ってたし…」
翔を強く抱きしめて囁く。
「……ずっとこうしたかった」
「…ん、それって…那月に遠慮してたってことか?」
「遠慮…?」
心当たりがなさ過ぎて理解できない。
生前の翔とは那月と3人でセックスしてたし、俺はそれなりに好きなように翔を抱いていた。それに、どちらかというと那月はあまり翔とは2人で出来る体質ではなかったから。
「だから、俺と那月は…その、恋人で…お前は、なんというか那月の父親?みたいな…別れろとか…」
つまり、俺が付き合うことを許してないのに2人は恋人だったということか…?
口元が歪むのが分かって、湧き上がってくる感情を抑え込む。
セックスの最中に好きだと言っていたのは無意識なのか、それとも俺を煽るための演技…なんて芸当、こいつにはできないか。
「…ということは、お前は那月だと思って俺に抱かれてたのか」
「ち、ちが…!俺の知ってるお前は那月の中に居て…こうやって、触れ合ったり出来ても、那月の体だったんだよ」
「意味わかんねえ」
「俺だってわかんねえよ!目が覚めたら、いきなり那月と砂月が分裂してて、俺のこと覚えてんのか覚えてないのかわかんねえし、髪だって長いし顔だって――」
捲くし立てるように翔が叫ぶから、翔の額を胸に押し付けるようにして更に強く抱きしめた。
「よく分からねえがお前が元に戻りたいと思っても、離してやらない。俺は四ノ宮砂月だ。那月じゃない」
「……俺は…」
翔はそれから何も言わず黙り込んでしまったから、体を離せば目じりに涙が滲んでいた。
人形だと説明するべきか、翔が戻りたいと願っても元に戻してやれるのかも分からない。
ただ俺の傍に居てほしい、それだけだった。

那月のベッドを砂月と占領していたからか、那月は部屋には戻ってこなかった。
仕事でアトリエに篭る、とは言っていたけど何の仕事かは教えてもらえなかった。
結局、寝て覚めても変わらない状況に混乱はしても、とりあえず服を着なければ話にならない。
昨日言われた通り、俺の服はないらしく那月のTシャツを着せられて、半そでなのに大きすぎて五分袖になってしまったのが気に食わなかった。それだけならまだいいけど、女物の下着を穿かそうとしてくるから、さっさと紐で縛るタイプの短いズボンを穿いておいた。
足の傷は痛みはもうないのに寝ている間に大げさにも、包帯がちゃんと巻かれてあって、勝手に取るなと言われたからそのままだ。
そのあと、砂月が作ってくれた朝食を食べてから、自分で髪を切ろうとしたら、砂月が頑なに那月に切ってもらえと譲らなくて、那月の腕が信じられないと言ったら那月がカットしたウィッグの山を見せられて、首を縦に振るしかなかった。
美容師でも目指してんのか?と思うほどの量だったけど、どうやら違うらしい。
那月は俺の指示通りちゃんと切ってくれて、元の髪型に戻ってほっとした。
本当に俺の知ってる那月じゃないから一体どうなってるんだと思う。
夢だと思おうとしてたけど、夢でもなかったみたいだし、砂月は「元に戻りたいと思っても離してやらない」と言った。つまり、俺は戻れる可能性があるらしいと解釈した。だけど、俺が戻ったとしたら、砂月はどうなるのかと気になって、何も言えなくなってしまった。
それに、俺は砂月が好きなんだと気づいた。
セックス1つでほだされたわけじゃない。手を出したら堕ちていってしまいそうな気がして、出せなかった手を伸ばしてしまったと言った方が近い。俺は潜在的に砂月を好きだったんだ。

髪を切り始めてから砂月が服と下着を適当に買ってくるからと出かけたままで、那月は那月で一晩中仕事をしていたらしくて寝ようとするから砂月の部屋か別の部屋で寝るように促して、俺は切った髪を掃除するついでに那月の部屋を掃除することにした。
下手に動かして怒られたら嫌だから、今日はとりあえず汚してしまったシーツを洗濯機に放り込んで、糸くずや端切れが転がっている床に掃除機をかけることにした。
「なんつーか、結構この家でかいよな…」
1階は那月の部屋と砂月の部屋、水周り一式と防音室、ダイニングキッチンがあって、更に客室が1つ。
砂月の部屋は大量のCDに、大きなCDコンポが置いてあるほかは、洋書ばかりが並ぶ本棚にダブルベッドほどの大きなベッドとローテーブルが置いてある程度だった。
そのほかに2階や地下まであるらしいし、窓の外を見れば背の高い木がいっぱい植えてある。それを囲うようにしてある錆びた鉄柵。
「…って順応してる場合なのか…俺」
ため息を一つこぼすと、携帯電話が鳴り響いた。
これ砂月の?忘れて行ったのか。
そういや、短い着信が何度か鳴ってたような気がする。
携帯電話を手にとって開いてみると、着信名が「赤いの」で噴出しそうになって、間違えて通話ボタンを押してしまった。
やっべえ、とりあえず出てみるか…?
掃除機を切って、耳に当てると元気な声が飛んでくる。
「――也!砂月〜メール見てくれたー?」
軽いな…あの砂月がこういうやつと友達になれるのか?
「見てないと思うぞ。というか、砂月は出かけてる」
「あ、そうなの?じゃあいいや。大学にも来てないみたいだったからさー風邪…じゃないよね。君、もしかして砂月の恋人?」
「こ、恋人?」
つーか、大学…?
「だって、砂月が出かけてるってことは家でしょ?そんで、初め掃除機の音してたし…すんなり携帯に出るぐらいだから、那月かと思ったら違うし。友達だったらそんなことしないよね」
「まあ普通はそうかもな。間違えて通話ボタン押しただけだけど、ルームメイトみたいなもんだから、掃除してやってんだよ」
「あ、そうなんだ?なーんだ。じゃあ、今度また合コンするから来て欲しいって伝えといてくれる?」
「っ!?」
「……聞いてる?」
「あ、あぁ」
「それじゃ、一応またメールもしておくけど、よろしくね〜」
ぶつ、と切れて俺は少しの間、放心していた。
あの砂月が合コン?
ちょっかいかけてくることはあったけど、どちらかというと砂月はストイックなイメージが強い。
分裂してる砂月は違うのか…?
いや、でも…俺のことを好きっぽいことは言われたし…。
あ、また合コンするからって言ってたよな。また、ってことは何回か行ってるってことだ。
どうやら俺はショックを受けているらしかった。
ほどなくしてメールの着信が鳴った。
勝手に見たらダメだと思いつつも、俺はそのメールを開いてしまった。
日時と集合場所が記載された簡素な内容。
カラオケボックスに夜9時って…。
合コンがどういうものか知らないけど、メールの最後に「砂月目当ていっぱいいるから絶対来てよ!」って書いてて、完全にお持ち帰り前提みたいな空気が嫌だった。
はぁ…男らしくねえな。こんなんで嫉妬して。
なんでもないフリして、砂月に伝えるだけ伝えようか。
行くか行かないかは砂月に任せたらいい。
携帯電話をローテーブルの上に置いて、再び掃除機を掛け始める。
ふと七海に似た人形が目に入った。あまり見ないようにしていた人形。
結局、なんでこんなものを持ってるのか聞けなかった。
那月が新しい女物の下着を持っていたこともそうだけど、那月は七海と付き合ってるのか…?
ズキンと痛む胸を押さえて、ふうと息を吐く。
ソファを退けながら、ぱっと見でも綺麗になってきたかなーと思ったところで、洗濯機が止まった音が聞こえて洗面所に行って、シーツをかごに入れた。
「あ、どこに干せばいいんだ?ベランダ…は洋館でも流石にあるよな?」
玄関近くにある暗い2階への段差の高い階段を上って、廊下に出ると左の壁一面に窓ガラスがあって、ベランダへ出られるようだった。
「おお、なんかすげえ…ってか、あんま手入れしてないんだな」
廊下はベランダに出るためにまだ通ることがあるのか埃はあまり目立たないけど、廊下の奥に1つだけある扉の前なんかは埃が白く積もっている。
うずうずと掃除したくなるけど、砂月か那月に聞いてからにしようと、とりあえずベランダの鍵に手をかける。
でも、鍵が硬くて手が痛くなってしまうほど必死で開けて、やっとで開いたガラス戸を手前に開くと風がぶわっと入ってきて、戸ががたがたと鳴りだした。
洗濯物をかける棒にシーツを引っ掛けて、手で伸ばしてからぱんぱんと叩いて洗濯ばさみでとめる。
そうしている間に風は落ち着いてきて、別の薄い布団も同じように干す。
なんとなくそのままベランダから外を見てみると、全く俺の知らない土地のようだった。
そういえば、携帯の日付ちゃんと見てなかったな…。
夏のように暑くはないし、梅雨のようなじめじめした感じもない。
暖かいような涼しいような、そんな日差しと風。遠くを見れば、色づいた葉がちらほらと見える。
ということは秋?
って、どう考えてもおかしい。
那月と砂月が分裂する前っていう表現もどうかと思うが、その前日は夏休みが終わってすぐだったんだ。
1歩外に出れば、うだるような暑さだったはず。
奇妙なことはいくつもあるけど、怖くなって俺はなるべく考えないようにしてベランダを後にした。
階段を降りきったところで、砂月の低い声が聞こえてくる。
「おい、不法侵入で訴えてやろうか?」
何かと思って、玄関の脇にある窓のカーテンの隙間から外を覗く。
不法侵入ってことは泥棒?
今、俺が出て行って空手で迎え撃つよりは砂月に任せた方がいいし、黙って覗いていると赤い髪が見えて、別の声が聞こえた。
「お、おかえり〜それはやめてほしいなぁ…あははは…」
それは1時間ほど前に電話越しで聞いた声と同じで、面影が誰かと重なった。
…音也?
驚いて窓にかぶりついていると砂月と目が合った。
「チッ…こっち来い。移動する」
砂月は音也の腕を引っ張ってどこかに行ってしまった。
なんだったんだ…?砂月が携帯に登録してるぐらいだから、結構仲いいってことだよな?

翔の服を適当に見繕って、下着もいくつか買って、ついでに翔の歯ブラシなんかの生活用品も買っていたら遅くなってしまった。
もうすぐ家に着こうというとき、家の前に音也が突っ立って何かを見上げていた。そして、どこか焦った様子で門を開いて入っていくのが見えて、慌てて追いかけた。
ベランダには布団が干されていて、翔を見られたのかと思ったが、遅れて玄関に現れた翔は驚いた顔をしていて、たまたま居合わせただけのようだった。
とにかく勝手に来るなと念を押そうと、音也の腕を引っ張って少し離れた公園まで連れてきた。
木陰のベンチに腰掛ければ、音也は俺の前に立ち尽くしていた。
「お前、大学はどうした」
「え、あぁ…あとで戻るよ!」
「ふーん…それで、何の用だ」
「いやぁ、あのさ…ご、合コンなんだけど」
「パス」
「早っ!」
合コン、といっても一般的に言う男女のものではなく、ゲイが集まるものだ。
音也は俺と那月が翔と付き合っていたのを知る1人で、俺がゲイだと思っているのか定期的にそういう話を持ってくる。音也はちゃんとした固定がいるのに、一緒に参加して俺に誰かしら薦めてくるのは、翔のことを忘れさせようとしてくれてんだろうとは気づいていた。だけど、俺には那月が居るということもあって、付き合いや憂さ晴らしで参加したとしても飲み屋を梯子して終わることがほとんどだった。
「もうそういうの行かねえから」
「それって…やっぱりさ、電話に出た子が恋人ってこと?」
しどろもどろになりながら音也が上目遣いで聞いてくるから、聞き返す。
「は?」
「…だって、大学まで行ったら1限からなのに来てないっていうし、電話出たの那月じゃないしさ…それで、出かけてるって言うんだから朝までコースだったんでしょ?」
翔が電話に出たってことか。音也とは面識ないのか?
あぁ、音也の着信名「赤いの」にしてたんだったか。
メールは見られても別に問題はないが、余計なこと口走って自己紹介なんかし合ってないだろうな…。
「チッ……分かってんなら合コンなんか誘って来てんじゃねえよ。それで?庭にまで押し入って何しようとしてたんだ?」
「えーと…砂月があの家に誰かを上げてるってだけで驚いたから好奇心で見に行ったんだけど、ベランダに居た子がすっごく翔に似てたんだよね。よく考えたら電話越しの声も翔に似てた気がして、確認したくなったって言うか…幽霊だったら嫌だけど…」
音也は口が軽そうに見えて、那月の前で翔の話題を一切出さないほどには気を使えるやつだ。
だが、まだ翔が動くようになって1日しか経っていないのに話してしまうのは早すぎる。そもそも、人形が動いたなんて、お伽話を話してしまっていいのかも分からない。
「ん、言いたくないならいいよ。ちょっと気になっただけだからさ。でも、ちょっと嬉しいな」
「…何が?」
「だって、翔以来固定作ったことないじゃん。まあ、那月もだけどさ…翔は可愛かったもんね〜普段ネコの俺でも…ってごめん」
俺に新しく出来たと思った途端これか。
「別に……お前、しばらく家に来んなよ。じゃねえと一ノ瀬に――」
「うっわ、脅し?ごめんって!今度から砂月んち行くときは確認するようにするし、今のは悪かったって。マジで許して。その代わり、ちゃんと携帯持ってください」
両手を叩いて拝むように懇願してくるから、息をつく。
「あぁ…そうする」
今回のは俺の不注意でもあったわけだし、音也ばかりを責めていられない。
そのまま音也と別れて、足早に家に向かった。

しばらく玄関で待ってみたけど砂月がなかなか戻ってこなくて、那月の部屋のソファに座れば、携帯電話が目に入った。
合コンのこと伝えないと…。
そのまま携帯電話を手にとって日付を見れば、今日は10月18日のようだった。
「10月…」
呟いた途端、がたんと音が聞こえてきて、慌てて玄関に向かった。
「なぁ、さっきのあれって音也だよな!?」
大学のこととか聞きたかったことが色々あったはずなのに、真っ先に出たのは音也のことだった。
砂月は一瞬驚いた顔を見せるけど、俺を横切っていくから追いかける。
「…知ってんのか」
「やっぱそうなのか?じゃあ、あの電話ってやっぱり音也…」
「勝手に出てんじゃねえよ」
持っていた携帯電話を取られて、砂月は何か操作をし始める。
「それは…その、ごめん。間違えて通話ボタン押しちゃって…」
「……何を話した?」
どきっとした。
合コンのことを言わないと…そう思うのに、行くって言われたらと思うと言葉が出なくて。
「えと……こ、恋人か…どうか聞かれた。あ、でも、ちゃんと否定しといたから!」
そう言えば、砂月がぴたりと足を止める。
何かまずいこと言ったか?
砂月が振り返って冷たい目でじりじりと迫ってくるから、視線を逸らしてしまう。
「…そ、そうそう…お前、大学行ってるって…」
階段下の壁に詰め寄られて、砂月の顔が耳元まで近づく。
「あれだけ示しても伝わってねえのか」
吐息が首筋に当たって、体温が上がってきて顔を背けることしかできない。
「お、男同士だから、隠しておいた方がいいと思ったんだよ…!」
「言い訳なんかどうでもいい」
「っ…!!」
鎖骨辺りを容赦なく噛み付かれて、痛みで顔が歪む。
砂月の胸を押し返してもびくともしなくて、砂月が持っていた買い物袋が落ちて、腰に回された腕でぐっと持ち上げられて足が浮きそうだ。
「い…っ離…し…」
僅かに出た血を砂月が舐めてきて、体がびくつく。
無理やり腕を引っ張られて、そのまま砂月の部屋に連れて行かれて床に叩きつけられた。
「いってえな…!何に怒ってんだよ!!男同士で恋人なんて言いふらすもんでもないだろ!?」
叫びながら立ち上がれば、砂月がクローゼットの方に歩いていって、カーテンから漏れる光しかなくて表情が見えない。
俺と砂月が実際どうかは別としても、男が恋人だなんて噂立てられたら困るだろうし…。
実際に俺と那月は周りに隠してたから。
「…恋人だって認識はあるのか?」
「そんなの、わかんねえよ!……第一…セックスしただけで恋人になるわけじゃねえだろ…」
俺は、お互いが好きじゃないとしたくないって思うけど、合コンに行ってるならどう返して来るのか気になってしまった。
「あぁ、そうだな。それは否定しねえ」
「っ!?」
態度でも、似たような台詞でもなく、ちゃんと言葉で「好きじゃないとしたくないし、しない」と返して欲しかったのに。
そういう目的で合コンに行ってるんだと思ったら、涙が出そうで歯を食いしばった。
いっぱいいっぱいで動けないでいたら、砂月が近づいてきてあっという間に床に組み敷かれてしまう。
手首をまとめられたかと思うと、砂月が持っていたらしい紐で縛り上げられて、引き抜こうとしても手首が擦れて痛いだけだった。
睨みつける気力さえなくて顔を背ければ、Tシャツの上から胸の先端を指で擦り撫でられて体が跳ねた。
何で怒ってるのか分からないけど、怒ってるはずの砂月の手が優しく刺激してくるから、反対に胸が苦しかった。
だからこそ例え無理やりでも、砂月相手ならとそこまで強く抵抗しようとも思わなくて、唇を噛んで声を殺すことに集中した。
「……っ…」
服の上からなのにびりびりとした快楽が電気のように走って、体温が一気に上がってくる。
「確か、お前は那月のことは恋人だって言ってたよなァ?」
「そ、んなん…音也に那月の恋人かって……聞かれても違うって言う…砂月だから、ってわけじゃなっ…ぁああ!!」
強く摘まれて背筋が反れてしまう。
「んなことに腹が立ってんじゃねえよ」
体をひっくり返されたかと思うと、腰を持ち上げられて膝を立てさせられる。
「あ、ぁ…なに…」
「何って、那月に後ろからされたことねえのか?」
「…な、…い…」
砂月の喉が鳴るのが聞こえて、体をびくつかせた。
ズボンをずり下ろされて、ろくな前戯もないまま砂月のものが一気に入ってきて悲鳴を上げた。
「っひぁああ!!!い、…い、た…砂月、やめ……あぁあ…!!」
ぎちぎちと音を立てながら、滑りの悪い入り口を擦られる痛みでどうにかなってしまいそうだった。
「ひぅ……砂月……っおねが、いだから……!!」
いくら頭を振っても、やめてほしいと言っても、変わらず強く突き上げられて、体が揺さぶられる。
気持ちいいところに掠りはするけど、わざとずらされてしまって痛みの方が強くて、涙がぼろぼろとこぼれてくる。
「ぁ、ぁあ……ひっ…く…」
昨日、意識を飛ばしたのとは別の意味で意識が飛びそうだ。
やっぱり砂月は砂月でしかなくて、優しく感じたのは気のせいだったんだ。
「…ぁああ……な、なつき……うう…」
「あ?那月?…呼んでやろうか?」
那月の笑顔が見たくなって、呼んでしまっただけだったのに。
もしかしたら那月が助けてくれるかもしれないと、甘い期待を抱いて頷こうと思ったとき、一瞬で裏切られた。
「別に3人でもいいんだぜ…?」
それでも、家を出るなとか、恋人じゃないって否定しただけで怒る砂月が本当に3人でやれるとも思えなくて、俺は頷いていた。
「…ふ……那月も…」
砂月は動きを止めたかと思うと、電子音がぴ、ぴと聞こえ出す。
恐る恐る後ろを向けば、砂月が携帯電話を耳に当てて話し始めた。
「…那月?起きたばっかか?…………ん、あぁ、そうだ。今すぐこっち来い。翔が呼んでる」
「那月、助け――」
携帯電話に向けて叫べば、手で口を塞がれてしまう。
「大丈夫、俺が煽ってやるから。………………構わない。ご指名だ」
砂月は通話を切ると、ベッドに向けてぽんと携帯電話を投げてしまう。
「良かったな?すぐ来るってよ」
途端に砂月のものが一気に引き抜かれて、反動で腰を揺らしながらその場にへたり込む。
「は、…ぁ……はぁ…」
本当に那月を呼ぶとは思ってなかったけど、助かったと思ったのに。

俺はベッドの上で砂月に後頭部を押さえつけられながら、無理やり那月のものを口に咥えさせられていた。
手首は変わらず後ろで縛られていて、砂月は俺の真横で壁にもたれて、秘所を指でくちゅくちゅと弄んでくる。ただ、さっきまでとは違って気持ちいいところを刺激してくれて、痛みは感じなかった。
「…ん……翔ちゃん、1回お口離して…?」
力が入らなくて、ただ那月のものを舐めている状態に近いからか、那月のものはゆるりと持ち上がっている程度だった。
「那月」
「でも、僕…」
「…手でも気持ちよくしてやれ」
頭から手を退けられたかと思ったら手首の紐を外されて、また頭を押さえつけられる。
「んぅ…」
指で弄られるのが気持ちよくて、びくびくと震える手で那月のものをそっと握る。
那月が来ただけで、さっきまでの砂月とは人が変わったようでそれだけが怖かった。
「翔ちゃんかわいい…」
那月が部屋に来たとき、俺は那月の陰に隠れるようにして砂月から逃げた。「嫌だって言ってるのに砂月が無理やり――」そう伝えたら、那月は何食わぬ顔で「さっちゃんはそういうの大好きなんですよぉ」って言い放った。それ以上に衝撃だったのが「それでもさっちゃんはちゃ〜んと気持ちよくしてくれるから、僕さっちゃんとのえっち大好きなんです!」と言ったことだった。
分裂しているというだけで奇跡だし、2人が目の前にいることでよりリアルに感じて、俺は2人がしてるところを想像してしまって自己嫌悪した。そして、那月が七海と付き合ってるかも、なんてのはただの俺の妄想でしかなかったんだと思ったらほっとした。
達しそうになって勝手に腰が震えてくると砂月は指を動かすのをやめてしまう。
やけになって、那月の硬くなっているものをぐっと握って、絞るように扱き上げて、袋にも触れながら唇で吸ってわざと水音を立てた。
「…ふ…翔ちゃん…上手……僕イッちゃう……んぁ…!」
「っは……んんっ…!!」
那月のものや下腹部が大きく脈打って、離そうと思ったら砂月に強く頭を押さえつけられて、そのまま勢いよく口の中に吐き出されてしまった。受け切れなかった分が飛び散って、口に濃い雄の味が広がって、強く咳き込む。
やっとで離された手に口を離せば、口元から垂れてきて、喉の奥からも雄臭があがってくる。
「…かはっ……はっ…」
「……大丈夫…?」
「…はぁ、はぁ……気管に、入る…だろーが!」
涙目になりながら砂月を睨めば、砂月は目を細めて口角をあげた。
「えっろい顔」
傍にあった枕を砂月に投げつければ、軽々と受け取られてしまう。
「翔ちゃん、ごめんね…?」
Tシャツの袖で口元を拭っていると那月が眉を下げて謝ってくるから、首を横に振る。
「……全部砂月が悪い…お前が気にすることじゃねえよ…」
言えば、那月がぱぁと笑顔になって「…本当にかわいい」と呟いた。
なんでいつもそこで、可愛いになるんだよ。
「那月には優しいんだな」
「…それはお前もだろうが!くっそ…も、指…抜けって…」
砂月の手を掴むと、あっさりと引き抜かれて、ベッドから降りようとしたら腕を掴まれてしまう。
そのまま砂月は那月の前まで行って那月の服を脱がせたかと思うと、那月の首筋に吸い付いた。
「っ…さっちゃ、翔ちゃん見てる…」
那月が少し恥ずかしそうに目を伏せるから、どくんと音が鳴って早くなる音に体が硬直してしまう。
「んっ…恥ずかしいの、好きだろ?」
「そぉ、だけど……ぁっ…」
砂月が那月のものに触れて声が漏れてくる。
2人がこのままセックスするのなら、俺は解放してくれるのかもと我に返って腕を引き抜こうとした。
「逃げんな。那月が挿れてやれ。出来るか?」
「……う、うん……さっちゃん本当に怒らない?」
「電話でもいいって言ったろ?何で怒るんだ?」
那月の前での砂月の変わりようも気になるけど、あの那月が遠慮するなんて、この那月を知れば知るほど別人に見えてくるから不思議だ。
「……俺の許可はなしかよ!最初から嫌だ、つってんだろ…!」
「あぁ?最初は大人しかったじゃねえか。それに、昨日も嫌がってたし、お前の常套句なんだろ?」
「ちがっ…!」
初めは力任せでも、ちゃんとしてくれると思ってたから、大人しくしてただけで…。
体を持ち上げられて、那月を背にして無造作に伸ばされた足の上に座らされる。
背中に那月のものが当たって、再び硬くなっているのが伝わってきて体がびくついた。
「翔ちゃん、僕じゃ嫌…?」
この那月が俺と付き合ってた那月とは違っていても、俺は前から那月を拒否できなくなっていた。そうさせたのは砂月だ。俺がセックスするのを拒否しても那月は表面上は変わらず接してくる。でも、俺は性分的に必要以上に拒んでしまうから、本当は何でもない顔をしてても那月は傷ついてるんだと、傷つけるんなら別れろと。
「い、や…じゃない…けど……後ろは、やだ…」
砂月にされたように那月がするわけないと分かってても、体が強張ってしまう。
「大丈夫、痛くしないから…」
那月に腰を掴まれて、指とは比べ物にならないものがゆっくりと中に挿ってくる。
「ぁ…ぁああ…」
手で支えるところがなくて、那月の腕を掴んでいると、那月の足が動いて胡坐をかくように開くから、俺まで足を開く形になってしまう。
「ぁあ…翔ちゃんの中、すっごく気持ちいい…」
「ん……はっ、倒れる…」
前に手をつきかければ砂月に体を支えられて、那月に凭れさせるように押し返された。
「……あぁああ……ふか……ぁっ…ん……あぁ!!」
体重が掛かっていつも以上に奥まで那月のものが当たって、突かれてないのに小刻みに震えるだけでそこが擦られて快楽がやってくる。
体が跳ねて足をついていられなくなって僅かに浮かせれば、更に奥まで挿ってきて背筋を反らした。
「…ひぅ、あっ……ぁあ……んぁあ…っ!!」
那月の肩に乗るようにして顔までを反らして、勝手に滲んでくる涙で歪んだ視界に映った砂月が舌なめずりするから、どくんと大きな音が鳴った。同時に那月の吐息が漏れる。
「具合善いか…?」
砂月の問いに那月が悦の入った声音で囁いた。
「うん…すっごく、きゅう…って…」
「……はっ、ぁあ……き、いてんじゃね…那月も、答えんな…」
「くくっ…いい眺めだな?」
言われて、自分の体を見れば先走りが垂れていて、刺激されるたびにびくびくと震えている。
那月のを咥えさせられているときも、ただ必死で羞恥心なんて飛びかけていたから、一気に体温があがってくる。
「み、見んな…!」
足を閉じようとしても上手くいかなくて、体が跳ねるたびに足を広げてしまう。
そうしているとふっと砂月が近づいて、俺のものに軽く触れてきてそれだけで達しそうで目を閉じて唇をかみ締めた。
「…イかせてやらねえ」
何かと思えば、砂月が紐を持っていることに気づく。
「ひっ…!やめっ…!!やだ!!!」
頭を横に振って叫びながら砂月の腕を掴んでも、砂月はそのまま根元に紐を巻きつけて結んでしまった。
「…は……あぁあ…ひぁあ!!」
自分で紐を取ろうとしても、那月が腕を掴んできて押さえ込まれてしまう。
「那月、壁に凭れて足立てろ」
「はぁい」
那月が動くたびに奥を突かれて快楽が駆け抜ける。締め付けてくる紐のせいでイけなくて、はちきれそうだった。頭を横に振るたびに、汗と涙が飛び散っていく。
「な、那月、とって…イきた……」
「…そんなかわいいこと言ってもダメです。こうするの、さっちゃんも辛いんだよぉ?」
そんなわけないと薄っすらと目を開ければ、思った通り砂月は口角を上げて心外だとばかりに言った。
「むしろ唆られる」
獣の目をした砂月が俺のものに触れて、先を親指で強く刺激してきて、目の前が真っ白になった。
「ぁぁあああ……っ!!」
「…うぁ…持ってかれちゃう…」
那月の一言で指を離されて、ぐったりしていると砂月の囁く声が耳元で聞こえてくる。
「悪い…」
俺に言われたんだと思ったのに、砂月は壁に手をついて那月の頬にちゅっとキスをして、そのまま那月の唇に口付けた。
那月も返すように砂月とキスを始めてしまって、2人の吐息とくちゅくちゅとしたリップ音が耳元で響いてきて身震いする。耳から犯されているみたいで、どくんどくんと早い音がもっと早まってくる。
「は…ん…っ…」
「ぁ……ん、ぁ……み、み…」
顔を反対側に倒して少しでも耳から遠ざけようとすれば、壁についた砂月の腕に当たって砂月と目が合った。すっと目を細められて、頭を砂月と那月の方に倒されて、より近くなった吐息が直接頭に響いてくるような感覚でぞくぞくする。
煽られて、煽られて、びくびくと震えて、一層深い熱が下腹部にこみ上げてくる。そのせいで目の前がちかちかして意識が飛びそうだった。
「ぁぁあ……も、だめっ……ぁっ…ぅ…」
耳元のリップ音が止んだかと思うと、限界まで反りたっているものに触れられて目を見開いた。
「っ!!ふ、はやく、と…って…!!」
耐えられなくて砂月の肩に縋り付く。
「…っさっちゃ、僕ももう…」
「…那月の、ため…だからな…」
「な、んでも、いいから、おねが……っ……ぁああぁあ…!!」
紐を外された瞬間、お腹に当たるほどの勢いで溜まった熱を吐き出せば、那月のくぐもった声が聞こえて、那月の熱が中に吐き出される。
「ひぅ……んぁ…ぁ、ぁっ…!」
出したあとも、ぴゅ、ぴゅと出るたびに声が漏れ出てしまう。
腕に力が入らなくて砂月に身を預けていたら、後ろから声を掛けられる。
「翔ちゃん、さっちゃんの出してあげて…?」
呼吸を整えながら、視線を落として砂月のものを見れば少し触れただけで達しそうなほど主張していた。
「余計なこと言うな…」
砂月はそう言って、俺の体を那月に預けて、喉を鳴らして見せ付けるように後ろに手をついて座り込んだ。
「っ……那月、可愛がってやれ」
「…うん」
那月が後ろから首筋に吸い付いてきて、手で腰から撫でるように服の下に滑って胸まで捲り上げると、そのまま先端を指でくりくりと弄り始める。
胸の先を優しく摘まれたかと思うと、ぴんと跳ねられて、潰される。先だけじゃなくて、指が触れているところもくっつく背中も熱い。繋がっているところなんてもっと熱い。
「……ぁ、あぁん……ぁっ……んぅ」
砂月がじっと見てくるから、目の前でAVでも演じさせられてる気分になってきて、羞恥心で顔から火が出そうだ。
「…さつ……んぁ…見ん……な!」
叫ぶように言えば、砂月が口角を上げて服を脱ぎ捨てると、それを合図にするかのように那月が言った。
「ごめ、動かすね…?」
那月は痛くしないと言った通りにしてくれる。
そう思って、小さく頷けば、腰を掴まれて上下に体を揺すられ始める。
「ひぁ……ぁっ……ぁん…あぁあ…!!」
中に出されたままで滑りがよくて、ずぷずぷとした水音と那月の荒い呼吸が部屋中に響いて、深く突かれれば快楽が走ってきて、そのたびに足がびくんと跳ね上がった。
「…砂月…んぅ……はっ…ぁ、あぁ……さつ……は、ん…」
薄っすらと目を開けても、揺さぶられるのと涙で前が良く見えなくて、でも、目の前に居るのは砂月には違いなくて、砂月の視線のせいで那月じゃなくて砂月にされてるみたいに錯覚してきていた。
「…ぁあん……ひぁ……砂月、っん…ぁっあっ…!」
砂月なんか全然優しくない。
ちゃんと気持ちよくしてくれる那月がいいと思うのに、砂月の名前ばかりが飛び出してしまう。
ふっと胸の辺りに手が触れたかと思うと、那月の手が止まって瞼にちゅっとキスされる。
「煽り過ぎなんだよ」
目を開ければ、砂月が前に膝をついて、俺のものと自分のものを重ね合わせて握ってきて身震いした。
「やべ…イく…っ…!!」
「…ぁっ……あ、ぁあ…!!」
砂月の熱が勢いよく吐き出されて、お腹や足、俺のものに飛び散った。
熱くてとろとろした砂月の精液が下に流れ落ちていく。
「もう…さっちゃん我慢しすぎです!変になっちゃうよ〜?」
「……はっ…はぁ……そのときはそのときだ。ん、動く…」
砂月は呼吸を整えると、自分のものと俺のものを握ったまま裏を強く擦り上げてきて、今度は俺が呆気なく熱を吐き出した。
「んぁああん…っ!!」
そのあとも、何度も何度も擦られてやってくる快楽と中を突き上げられる強い刺激、那月と砂月の吐息で頭ががんがんして、何も考えられないうちに今日もまた意識を手離してしまった。

涙を浮かべたままベッドに突っ伏して、シーツを強く掴んで眠る翔ちゃんにそっと布団をかける。
指で涙を拭うと僅かに声を漏らすだけで、寝息は聞こえてこない。起きているのかと思って、声をかけても反応がなくてちゃんと寝ているようだった。
ベッドに腰掛けてから、小さな明かりで譜面を眺めているさっちゃんに声をかける。
「ねえ…どうして優しくしてあげないの…?」
朝食を取っているときや髪を切ってあげているときの翔ちゃんは元気で、さっちゃんの顔を見ると少し気まずそうに照れることがあってそれが僕には幸せそうに見えた。
依頼の人形を作るってなったときも、1度は怒られたけど、お客さんに渡ることになると分かってるはずなのに、さっちゃんは僕に協力してくれるようになって顔の微調整なんかを積極的にアドバイスしてくれた。さっちゃんは「売りものなんだから、やるとなったら半端なものは作れない」そう言っていたけど、ほかの人形を作っているときは「ヴィオラを優先しろ」ってそればかりで興味は薄かったから、それほどさっちゃんにとってモデルの人が大事なんだと思わずにはいられなかった。
「…十分優しくしてやったろ」
「僕とするときと全然違うよ」
最後までさっちゃんは翔ちゃんに挿れなかった。3人でするとなったらそういうこともあるかもしれないし、翔ちゃんがすぐに意識を飛ばしてしまったのもあるけど、あまり翔ちゃんに触れてなかったように思う。
「それは…そうだろ…俺にとって那月相手以上に優しく出来るやつなんざこの世にいねえ」
…さっちゃんは優しい。生まれたときからずっと傍に居て、何をするにもくっついてくるさっちゃんが可愛くてかわいくて、中学になった頃に僕は我慢できなくてさっちゃんを誘惑した。2人だけの秘密…そう言って、さっちゃんを引きずり込んだ。
両親が北海道へ移住してしばらくしてから、ヴァイオリンが持てなくなって不安定になっていた僕をさっちゃんが慰めてくれて、寂しさを埋めてくれて、僕は少しずつ立ち直っていった。でも、ちょうどその頃から、さっちゃんは荒れ出して夜遊びもよくするようになって、それがさっちゃんに依存してばかりの僕のせいなのかもしれなくて、開放してあげなきゃって…思っていたことがあった。
でも、ヴィオラに転向すると、そういうこともなくなって落ち着いてくれたから、変わらず過ごせるんだと思っていたけど、人形である翔ちゃんが動くようになって、そのときが来たのかもしれないと考えていた。
「…じゃあ、僕に優しくしなくていいから翔ちゃんに優しくしてあげて?」
「……なんでそうなる…?那月には…俺はもう必要ないってことか?」
「ううん、そうじゃなくて…」
ここで肯定できない僕は、本当はさっちゃんを手放す気なんてないんだと気づかされる。
それでも…。
「本当は僕が翔ちゃんに触れるの嫌だったんでしょう?」
いつもと同じ振りして眉間に皺を寄せて翔ちゃんを見ていたけど、ずっと一緒に過ごしてきた僕には分かる。僕を呼んだという翔ちゃんにも、僕のものを躊躇せず咥えた翔ちゃんにも、僕で感じている翔ちゃんにも、腹が立っていたんだ。ただ、さっちゃんは普段からあんまり僕に怒れないみたいだから、無意識にでもその矛先が翔ちゃんに行ってしまった。
例え、翔ちゃんのを紐で結んだのが、僕のために締まりをよくするためだったとしても、僕にはそうとしか思えなかった。
「嫌…?そんなわけないだろ。嫌だったら那月を呼んでない」
「…そっか。そういうことにしておいてあげる」
少しだけ、ほっとしている自分がいた。
僕はさっちゃんが大好きで、もう僕の体はさっちゃんでしか勃たなくなってて、今日も本当は出来るか不安だった。初めこそなかなか勃たなかったけど、挿れる側は初めてだったのにちゃんと出来る自分に驚いた。しているときは単純に、さっちゃんがキスしてくれたり、前に座って煽ったりしてくれた力が大きいと思っていた。
でも、僕は翔ちゃんと2人でももしかしたら出来るんじゃないか、と少し気になっていた。
だからと言って、さっちゃんから奪おうって思わないけど、翔ちゃんを好きになれるんじゃないかと思った。
「俺が違うって言ってんだからそうなんだよ。勘繰るな」
「はぁーい」
ベッドから降りてさっちゃんの背中に抱きついて擦り寄る。
大丈夫、翔ちゃんはさっちゃんが大好きだよ。
そう言ってあげたいのに僕には出来なかった。

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以下、おまけ。ほのぼの那翔。
なっちゃんに髪を切ってもらった翔ちゃん
2012/07/30