番外編 電話の向こうで

時は、人形である来栖翔が家出した11月5日へと遡る。
モデルの仕事でグアムに滞在中の砂月の元に1本の電話が入った。
それは一ノ瀬トキヤからのもので、内容は翔がトキヤの家に泊まるというものだった。
砂月は間髪入れずに怒鳴りつけ、翔に代わってからも否応なしに帰れと告げた。
生前の翔のことを思い出したという、那月のことが気がかりだったから、砂月にとっては翔が家を飛び出す理由などすでにどうでもいいものだったのだ。
第一、グアムに行く前に家から出るな、ときつく言ってあるのにも関わらず、那月しか居ないからとそんな行動をとったことが癇に障った。
互いの怒りがすれ違い、和解など到底出来ない一方的な内容となった会話は翔に「嫌いだ」と言わせることになってしまう。
そのまま向こうから通話が途切れたあと、いつまでも鳴り響く着信音に砂月は僅かに顔をしかめ、何気なく通話ボタンを押した。

グアムに行く直前に危惧していた通り、人形である翔は生前の翔とは違って、すぐに不安がり、那月にさえ嫉妬するほど1番に想って欲しいんだと主張する。
だが、砂月の中には揺るがない存在があった。

幼い頃から最愛である双子の兄、那月から繰り返される「大好き」と言う言葉。
人形である翔から、自分の許しもなく那月が翔と付き合っているということを聞かされた砂月は、那月に裏切られたと感じ、その気持ちをずっと心に引きずっていた。
だけど、那月の「…大好き……会いたい…」という一言で弾かれるように目が覚めたのだった。

砂月はじんと熱くなる下腹部に喉を鳴らして、ホテルのベッドへと移動する。
「……お前が煽るから…したくなっただろ…」
それを聞いた那月は自分の想いが伝わったんだ、と小さく息を吐いた。
「えっち…?僕もしたい…さっちゃんのお部屋行くから待って」

2人は生まれてからほとんどの時間を一緒に過ごしているが、砂月が仕事で遠征に出たときにたまにする電話でのセックス。
那月は中学の頃から1人ですることもままならないほど、砂月でしか性欲を満たせない体になっているため、例え砂月との電話であっても、達することが出来るのは稀だった。
そのため、現在の電話よりも前に那月から電話が掛かってきたとき、那月への愛を示すために電話でセックスすることも考えたが、那月が不安を抱えている状況では、那月に翔とセックスしろ、と言わざるを得なかったのだ。

那月は砂月の部屋に行くと、まず自分のコートと服を脱ぎ捨てて、クローゼットから砂月の大きめの長袖Tシャツを着込んだ。
それと、もう1つ砂月には秘密にしているものを手に取ったところで、いつもCDラックのところにあるコードが長いイヤホンが見当たらなくて首を傾げた。
「さっちゃ、イヤホンどこやった?えっちするときの…」
イヤホンは両耳にすることによって外界から遮断して、互いの吐息や声をより強く頭に響かさせるためのものだ。
「あー…翔が部屋のもん勝手に弄るから、クローゼットに仕舞ったような…」
那月は言われた通り、クローゼットを再び開いて、小さなクリアボックスの中を探る。
砂月もかばんからイヤホンを取り出して、携帯電話に繋いで両耳につけた。
それから、ローションを取り出して、ベッドの上部に枕を立てて、凭れるように腰掛けた。
那月はいつも砂月に色気がどうのと言っているが、砂月にとっては那月こそフェロモンを垂れ流しているようにしか見えていない。スキンシップも多く、砂月にはどんな声でも甘えているように聞こえてしまう。
今日は那月も気分が乗っているようだから、電話でもイかせることが出来るはず…。
砂月はそう思いながら、イヤホンを探す物音と唸る声に痺れを切らし始める。
「……まだか?焦らすなよ」
ちょうどそのとき那月はイヤホンを見つけ、携帯電話に接続して両耳につけた。
「待って」
那月はベッドに寝転ぶと、掛け布団を横にして上半身だけに被せた。
「………っいいよ…」
ベッドのスプリングが軋む音と衣擦れの音に口角を上げて、砂月は手の甲を唇に押し付けて、リップ音を鳴らしながら、頭の中で那月を押し倒す。
「…んっ…ちゅ、…ずっと黙ってて悪かった。俺も那月が好きだ」
何度も何度も言ってくれた「大好き」と言う言葉。さっきまでは掠れてしまいそうで言葉にならなかったけれど、砂月が愛を囁くと、那月は僅かに首を振って、潤んだ瞳で宙を見つめる。
「ううん、僕も好き……んっ」
そのまま那月も手の甲に吸い付いて、ちゅくちゅくとキスを交わす。
ふと砂月は那月の服が気になって問いかける。
「…あぁ…どんな服、着てんだ?」
那月は電話でするとき、砂月の服を着る。
これは秘密にしていることではないけど、問われると少し恥ずかしくなってしまう。
返事をしないでいると砂月が艶めいた声で名前を呼んで、那月は誘われるように口にした。
「……さっちゃ、の…長袖の…シャツ…」
身長は同じでも筋肉量の違う体のせいで、だぶついた襟首と少し長くなってしまった袖が容易に想像できる砂月は再び喉を鳴らした。
「んっ……乳首、服の上からするの好きだろ?指で撫でて…」
那月は携帯電話を胸の上に置いて、砂月には秘密にしているものを口に咥えた。
そして、布団の中に手を滑らせると、そっと乳首を撫でて自分の指なのに鼻から抜けるような甘い声を漏らす。
「俺を思い出せ…下から……そう」
宙を見据えながら砂月の顔を浮かべて、下から擦るように撫で上げる。
砂月に舐めてほしいと涙目で目を細めると、気持ちいいように小刻みに指を動かしてびりびりと走る快楽に、咥えたものに唾液が染み込んでいく。
那月の堪えるような声に砂月は眉間に皺を寄せて、次第に大きくなってくる衣擦れの音に、自分がそんな音を立てていると気づいていない那月に意地悪く聞いた。
「…那月のここ、どうなってる…?」
「ふぁ……聞か、ないで……ぁ…」
砂月の声に反応して体が勝手に顔を反らせば、咥えているものが口から落ちてしまう。
服を捲りあげて、唾液で濡れているそれを広げて内側の方を乳首に当てて、先端を擦る指を早めていく。
「教えろよ…那月…」
言いながら最後にリップ音を落とせば、那月はつられるように胸を目一杯突き出して、震える声で小さく呟いた。
「……っ勃、って…」
「だったら、乳首擦るだけで気持ちいいはずだろ?声、サービスしろよ」
「………だって、…っ………ぁっ、あ…」
今日は調子いいのか、那月の荒い声がよく聞こえるようになって、感じているようだった。
「先、摘んだらどうなるんだろうな?」
「ひゃっ…ぁ、っあ…」
砂月の言葉に躊躇なくぎゅっと先端を摘んで、強い刺激に高い声を漏らせば、気分がより高まり始める。
「さっちゃ、きょ、僕っおかし……んんぅ…」
電話でのセックスで砂月がそこまで煽ることもなく快楽を引き出せることは珍しく、胸の性感帯で下腹部へと快楽が直結し始めたという証拠だった。
砂月は自分のものがぐっと反り立つのがわかって、ズボンに手を掛ける。
「…はっ…聞いてるだけで、俺の勃ってんだけど…那月のはどうだ?」
硬くなっている乳首を跳ねて擦ると那月に快楽をもたらすが、唾液で濡れていない方は弄りすぎたせいか痛くなり始めていた。
痛い方の手を下に滑らせて、ズボンの上から自分のものに触れると、張っているところから熱さが伝わってくる。
「ちょと、勃ってる…かも…」
「…じゃあ、下着と一緒に下ろして…携帯は腹の上な」
砂月は言いながら、前かがみになって自分のものを取り出す。
那月は体を起こしてズボンと下着をずり下ろすと、乳首に当てていたものに口付けた。そして、携帯電話をお腹の上に置いて、再び寝転ぶ。
砂月は胡坐をかいて携帯電話を太ももの上に置いたところで、思い出したように那月に聞いた。
「……お前、俺の下着持ってるだろ?」
「っ!?持って、ない」
那月の驚く声が小さく聞こえて、図星だったんだと唇を舐めた。
以前、電話でセックスしたあと、家に帰るとベッドの上に下着が転がってたことがあったし、そのときも達することが出来ていたから、電話なのに珍しく早いのを考えると久しぶりってだけじゃないと砂月は思っていた。
那月は流石に使用済みの下着を洗濯籠から抜いてはいなくとも、砂月が言った通り砂月の下着を手にしていた。
始めはそれを口に咥えていたため、声を出すことができなかったのだ。
「それでお前の包んで」
「……染み、ついちゃう…」
唾液ぐらいなら大丈夫でも、先走りや精液は洗っても残ることがある。
砂月はローションの蓋を開けて、中身を手に取って手で温め始める。
「なら、帰ったら見せろよ」
「っ……やだぁ……そんなの、できない…」
「…恥ずかしいの好きなくせに?」
挑発するように喉の奥で笑う砂月に那月は拗ねるように唸った。
そのまま、砂月は自分のものに触れて、根元から緩く上下に動かす。
「……あ、っあ…さっちゃの音…」
砂月にはイヤホンで遮断されていて扱いている音はほとんど聞こえていないが、太ももに携帯電話を置いているから、声が多少遠くなっても水音が増して那月を煽ることが出来るから砂月はこの方が好きだった。
「…は、……那月…お前の音、くんねえの?…ん…胸だけじゃなくて、下も…布越しが好きだろ?」
那月は砂月の下着にもう一度キスをして、掛け布団を抱きしめて僅かに香る砂月の匂いを吸い込む。
目に入った、長くなってしまった砂月の服の袖口にも同じように口付けながら呟いた。
「…さっちゃの…指のがすき…」
あぁ、今すぐ那月を抱いてやりたい。
唇を僅かに噛んで、砂月は言葉を飲み込んだ。
「っ……なら、後ろ挿れてやるから…足立てろ」
那月は言われるがまま足を立てると、自分から見せるように足を開く。
涙を浮かべながら、恥らう那月の顔が砂月はたまらなく好きだった。
「……さっちゃ、そんな見ないでっ…」
そう言いつつも、顔を背けず隠そうとしない那月に砂月は幾度となく興奮を覚えてきた。
那月が正常位を好む理由は顔が見たいから、だ。
その言葉通り、那月は恥ずかしがっていてもほとんど砂月から目を逸らさない。
「お互い様だ。…もう濡れてる」
砂月はローションで水音を立てながら、先走りが垂れ始めた先端へと手を動かす。
久しぶりだから少し硬くなっている那月の秘所は挿れるのを躊躇われる。
頭の中でそっと指を沈めれば、そのタイミングで那月の喘ぎ声と水音が響いてきて、扇情的なそれに顔が歪んだ。
「………僕のに、さっちゃのが……ぁっ、ぁんっ…」
一緒にヴァイオリンやヴィオラを弾いて過ごしてきた指は、那月に砂月のものだと錯覚させる。
「手前奥……ここ、だろ?」
中から前立腺を優しく刺激すれば、足がびくんと跳ね上がった。
「ゃっ……ひゃん………んっ…ん、はぁ…」
「…ほらもっと足開けよ。突いてやるから」
勝手に閉じてしまう足を開かせて、わざと吐息を漏らしながら自分のものを緩く扱いていく。
「さっちゃ……っ…ぁああっ…」
「前も一緒に」
言えば、2箇所から水音が響いてきて、我慢が利かなくなりそうだ。
「…ふぁ……ん、ぁっ…」
前立腺と同時に前も扱くと、かなり善がるからそれだけでイかせてやれるのにまだ弱いようだった。
那月は何でも一緒にしたがるのもあって、イくときも同時を好むから電話でそれを合わせるのは難しかった。
「…俺の、使わねえなら…先イくぞ…?…んっ…ちゅ」
手を止めると水音が向こうに届かなくて煽ってやれないから、砂月は代わりに腕に吸い付いてリップ音を鳴らし続ける。
「…待っ……ぁっああ…」
那月はそれだけは嫌だと先走りが垂れ始めた自分のものに、下着を広げて包み込んだ。
滑りが良く、砂月の耳にぬちゃぬちゃとした音と共に布が擦れるような音が聞こえ始める。
汗が滲んできて、砂月は興奮でたまらなかった。
「ひぁあっ…あっ……これ、…すごく……ん、…いい…あぅ…」
砂月のものを汚しているという感覚が自身を煽り、那月の感度を増大させた。
那月が扱く手を早めれば、イヤホンの向こうから大きくなった水音が砂月に届く。
同時に後ろも弄って、くちゅくちゅとした音を響かせながら、吐息が荒くなっていく。
「っ…ぁあ…だめ、イく…!」
それを合図に砂月は根元から扱き上げて、先を強く刺激した。
「那月、愛してる…」
「さっちゃ、僕も…んぁあ…っ!!」
絶頂に達する前に囁けば、那月も震えるように小さく声を上げて同時に熱を吐き出した。
砂月は呼吸を整えながら、那月の白くて柔らかい下肢に飛び散った精液を舐めて、そのまま上にある袋と根元に吸い付きたいと目を細めた。
「はぁ……は、さっちゃ…のに、いっぱいついちゃった…」
想像しただけで身震いして、込み上がってくる熱に顔を歪める。
那月は電話では2回は出来ないから、辛い思いをさせるだけだった。
「染みが残るようにそれで綺麗に拭いとけ」
「もう…それじゃあ、変態だよぉ」
「変わんねえだろ。人の下着持ち出してどう使ってたんだ?」
口に咥えてたり、乳首を擦るのに使ったり、口付けたり、最初に手に取ったときは鼻に押し当てて匂いを吸い込んだなんて、口が裂けても言えなかった。洗ったやつだから匂いなんて洗剤のものしかないのは分かっていても、砂月のものだというだけで気分を高めることが出来ると知ったのは、セックスレスの彼氏を持つ一十木音也から1人でするときのことを聞いたことがきっかけだった。
ただ、下着を使う、というのは那月の応用なのには違いなかった。
「……も、持ってただけだもんっ」
そして、砂月はというと、那月は下着の上からでも舐めてくるし、俺の匂いを嗅ぐのが好きだったり、1人でするのを禁止されて溜まったものを舐めたがったりするんだから、どちらかと言えば那月の方がその度合いは強い、と思っていた。だから、大体の想像はついてしまう。
「那月、俺はお前が好きだ」
「…そんなこと言っても教えないよ!」
「聞いて欲しいの間違いだろ?」
「やだ!…電話じゃ、やだ!!」
砂月は喉の奥で笑って、何度も、何度も愛を囁いた。

fin.



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執筆2012/06/27〜07/24

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