最終話 共依存の先に在るもの

グアムでの仕事は順調だった。
スケジュール的にも7日に帰れると踏んでいた俺は那月にそう伝えた。
その次の日に、ページ増量という話をもらったとき俺は断って、予定通り7日に帰るつもりだった。

だが、俺は賭けに負けた。
賭けの内容は、翔が家から出て行った日の11月5日から7日までに、どんな経緯であれ翔が家に帰る意思を示すかどうか、というものだった。
そして、翔が帰る意思を示すことなく7日を迎え、どうしてもお願いできないか、と再びページ増量の話をされて、俺は引き受けることにした。
今、日本に帰ると無理にでも家に連れ戻そうとしてしまうと思ったからだ。賭けに負けた以上、俺が動くわけにはいかず、電話でならまだ強気にもなれるが、目の前で那月に泣かれでもしたら折れてしまいそうだから、出来るだけ避けたかった。

8日の夜『僕が間違ってた』と、そうメールが入った。
『失ってからじゃないと僕は気づけないみたい。翔ちゃんが怪我して、家に連れ帰ったよ。心配しなくても大丈夫。薬は飲ませたから…傷も治ったし、今は薬でえっちな気分になってるだけ』
読んですぐに電話をかけた。
「お前も翔を手離さない、って認識でいいんだな?」
「うん…遅くなって、ごめんね…」
冷静に話すことができる自分に内心胸を撫で下ろしていると、翔の声が携帯電話から届いた。
「音也とトキヤ殴ったらもう口きいてやんねえから」
それだけ言われて、通話が切れた。
すでにそんなことは頭から抜けていたから、そうするのも悪くないと思った。
恐怖で支配し、従わせるのも嫌いじゃない。
再度電話を掛けることもせず、ただホテルの窓から外を眺めていた。
人形は人形らしく、地下にでも縛り付けようか。
それとも、生前の翔と過ごしてきた2階に閉じ込めようか。翔との思い出を語って、比べて、蔑んで。
人形なのだから傷はすぐ治る。動かなくならない程度に痛めつけて、犯して。

しばらくして、那月からメールが届いた。
『媚薬飲んでる翔ちゃんを見てたら、えっちして楽にしてあげたいと思ったんだけど、僕はやっぱりさっちゃんに謝ってくれないと許せなくて……謝ってくれる気になったら電話するから少し待ってて…』
謝ってくれる気になったら、ということはすでに謝る気なんてないということだ。
そもそも、那月が固執する謝罪は俺にはどうでもいいものだった。
それで那月の気が済むのなら、言わせることも悪くはないし、セックスしてるときの翔は素直だから、謝る確率は高いとは思っていたが、次に届いたメールは予想外だった。
『翔ちゃん、音也くんかトキヤくんにあの写真の翔ちゃんのこと聞いたみたい…僕、人形ってこと言っちゃうから』
いつか人形であることを伝えるときが来るとは思っていた。
そのときは俺の口からとは考えていたが、物事を決めるとき基本的に俺に相談してくる那月が「言う」と断言したことで、腹をくくった。
もし、あの本の抜けていたページに人形が人形であることを知った時点で魂が戻される、なんてことが書いてあったとしても、そういう運命だったのだと受け入れようと。
次に携帯電話が鳴ったとき、謝る気にでもさせられたのか、それとも翔が動かなくなったのか、そんな思いでメールを見れば『翔ちゃんが1人でしてる…!』と書いてあった。
呆気にとられていると着信音が鳴って携帯電話を耳に当てれば、聞こえてきたのはいやらしい水音と布が擦れる音、遠くで小さく聞こえる翔の喘ぎ声だった。
恐怖で支配することも嫌いではないが、結局、俺は翔が好きだから好かれたいし、出来るなら笑顔を向けられたいと思うから、叫びでもない純粋な喘ぎ声のせいで体が素直に反応していた。
水音が遠くなって、声が大きくなったとき思わず言った。
「お前なぁ、1人でくちくちくちくち言わせてんじゃねえよ。勃っちまっただろうが」
聞こえたのか分からないが、断続的に続いていた翔の声と遠くの水音が止まった。
「翔ちゃん、ここ…欲しくないの…?」
「……ほし…」
「じゃあ、分かるよね…?一言でいいんだよ?」
翔が黙り込むから、那月につられるように言葉を選んだ。
「翔、俺たちはお前を手離す気はない。これ以上、俺を…怒らせるなよ…」
僅かな沈黙のあと、震える声が聞こえてくる。
ただ一言、ごめんとでも謝られるだけだと思っていた俺は驚くと共に口元が上がった。
それから、那月に注意をしておく。
折角、那月が翔を手離さないと言ったのに、動かなくなってしまうほどに体力を奪ってしまったら笑い話にしかならない。
そのまま、おやすみ、と交わして、通話が切れると息を吐いた。
ページの増量といっても、観光地を少し見回ってオフショットを撮るというものだから、その辺りでまだ何も買っていなかった土産を買うことにした。

気だるい体とがんがんする頭で顔を歪めていると、隣で寝転んでいる那月が嬉しそうな顔で「おはよぉ」と言った。
「おはよ……今何時…?」
「もうお昼前だよ〜お風呂行く?」
体に纏わりつく雄臭に昨日の夜のことを思い出す。
意識を飛ばしてしまったあとも那月は遠慮なく俺の中を突いてきて、その振動で目を覚まして続きをさせられた。
結局、何度イかされたか分からないほど蕩ける頭と汗、精液でぐちゃぐちゃになって、やっとで開放されて眠ることができたのだった。
「あぁ…うん…」
それだけ言って、ベッドから起き上がろうとすれば、体が浮いた。
「わっ…!急にそういうことすんなよ!」
横に抱き上げられて、那月の肩を掴む。
「お風呂、入りたいんでしょ?」
自分で入れる、と言いたいところだけど、体は重いし那月と一緒に居たいのもあったから聞いてみることにする。
「……入れてくれんの…?」
少し驚いた顔をする那月はすぐに微笑んだ。

「え…?待っ……!なつ、ぁああんっ…!」
突然、奥まで突き上げられて後ろに仰け反った。
「ふふっ、翔ちゃんの声すっごく響くね。かわいい…」
風呂に入れてくれるだけじゃなくて那月も一緒に入るんだろうな、ということは分かってたけど、ちゃんと体を洗ってくれてたし、お湯を溜め始めた浴槽に浸かっているときに抱き寄せられたと思ったら。
「ぁん、ぁああ…那月、っも、朝まで、しただろ…!」
向かい合わせで体を上下に揺すられると、お湯が入ってきて滑りが良くて、体の中からも水音が響いてくるようだった。
律動を止めてほしくて首に抱きつく。
「だって、翔ちゃんが誘ったんでしょぉ?」
甘ったるい声で囁かれてぞくぞくする。
風呂には誘ったけど、セックスしようだなんて言った覚えはなくて。
「挿れてほしいって」
そして、耳たぶにちゅっとキスしてくる。
「っ…アホか!どういう解釈してんだよ!」
叫べば、那月が俺のものに触れてくるから肩をびくつかせる。
「翔ちゃんのここ、もう勃ってるけど…止めちゃう…?止めたいの?」
那月はそう言いながらも、緩く上下に扱いてくるから熱がどんどん上がってくる。
色んな水音のせいで、聴覚から昨日の媚薬の感覚が体に蘇ってくるようで、那月の肩に額を押し付けた。
「ぁっ、あっ…やめ、……ないで…」
「じゃあ、どうしたい…?」
もっと強く扱いてとか、中を突いてとか、乳首弄ってとか、色々あるけど、那月にはそういうのよりも。
「キス、がいい…」
「かわいい…僕もキスするの、好きだよ」
ちゅっと啄ばむようにキスされて離れてくから、那月の頬にキスをする。
やっぱり自分からするよりも、してほしいって思うから。
「ん、いっぱいして…」
言えば、那月が俺のものの先をぐりぐりと刺激してきて、声が漏れそうで開いた口に舌が滑り込んでくる。
「ぁ、…んっ…」
舌を吸われて、引っ込めばもっと奥に舌が入り込んできて、押し返すように重ねる。どくんどくんと早くなる音と那月の吐息が熱くて、鼻から抜けるような声が漏れ出てくる。
緩急をつけて扱かれるだけでもたまらないのに、押されっぱなしで腰に腕を回されて、もっとって那月に体を摺り寄せれば胸の先端が那月に触れて体が跳ねた。
繋がっているところがどくどくと鳴って勝手に滲んでくる涙と、浴槽に溜まってくるお湯がぬるま湯でも、その熱気で早くも頭を溶かされてるような感覚になってしまう。
那月が熱い視線で見つめてくるから、俺も好きだって見つめ返して。
体が身震いして、那月の体を押し返す。
「ふっ、…も、…イッ…」
「翔ちゃん、もうちょっと我慢、できないの?」
「…っぅあ…っ!!」
我慢させる気なんてないだろ、というぐらい先端を親指で強く刺激されて、びくんと背筋を反らして、込み上げてくる熱を吐き出した。
倒れそうになる背中を那月が支えてくれて、腕に乗るようにぐったりしていると、左胸の先端を指で跳ねてくる。
「は、ぁんっ……なつ、ぁあ…!」
「声は我慢しちゃ、めっ!だよ!」
言いながら反対の胸に吸い付いてくる。
「ひゃぅ……ん、ぁっ、ぁん……っ…あぁん…!」
「んぅ…かわいい声、我慢できないくらい、もっと…気持ちよくしてあげる…」
「ぁああっ!がまん、しな、しないからぁ、吸うの、やだ…!」
先端を強く吸われて、咄嗟に那月の頭を押し返した。
「嘘ついちゃダメだよ。昨日好きって言ってたでしょ?」
どろどろに溶かされてるときに言った言葉なんてほとんど覚えてないのに、そんなこと言われたって。
「イッちゃうくらい気持ちいいんだよね?」
「…で、でも、俺、男なのに…」
「うん?おっぱいは性感帯の1つなんだから、そこが気持ちいいのは当たり前だよぉ」
セックスだけでも恥ずかしいことなのに、それは極論だっつーの!
大体、開発された…っていうか、お前らとセックスしてなかったらそんなことになることもなかったんだよ!
心の中で突っ込んでると、急に那月が体を抱き寄せてきて自分の胸の先端と俺の胸の先端をくっつけてくる。体の大きさが違うから、片方だけしか合わないけど、つん、とあたるだけで余計に恥ずかしく感じた。
顔を真っ赤にしていると、那月がまぶたに口付けてくる。
「かわいい…。男なのに、なんて言わないで。僕は翔ちゃんが男の子で良かったって思ってるよ。って僕が作ったんだけど、ね」
別に、今更女だとか男だとか言うつもりはないし、弄られるだけならまだいいけど、出もしないのに吸われてそれで感じるなんて恥ずかしいだけだ。胸だからこそ、男のくせにって言われてるみたいで、自分から漏れ出る声に居たたまれなくなる。
それに、那月は趣味で作ったという俺の顔した人形も俺が女装しないから、って言っていたし、なんとなく気になって、そっと抱きしめて呟く。
「だったら、女装させたがるのは何でなんだよ…」
「うーん、可愛いってのもあるけど、男の子の翔ちゃんとスカートで隠すように中で繋がってるって、わくわくしない?」
「変態…!」
那月が微笑むから、ついでに聞いてしまえと息を呑んだ。
「……あのさ、3人でしたとき、俺のことどう思ってたんだ…?」
「…?かわいいなぁって思ってたよ?」
「じゃなくて、あのときお前はまだ俺のこと好きじゃなかったはずだし……那月は誰とでもできるのかもって、ずっと引っかかってたんだからな…」
「……そっか…さっちゃんが好きな子ってだけで気になるし、あのときえっち出来たってことはゆっくりでも翔ちゃんを好きになれたんだと思う」
「…ふうん」
別に「来栖翔」のことを思い出さなくても、那月は「俺」を好きになれそうだと思ってたってことか?
そう思ったら嬉しくて那月を抱きしめる力を強めた。
「……那月…好き。夜みたいにいっぱいして…」
那月はくすっと笑って、体を離すと中から突き上げてくる。
正常位も好きだけど、座ってやるのは奥まで挿ってくるから、それだけで気持ちいいし、お湯のせいか体が浮きやすくなってきて、ゆっくりと溶かされるように、体を委ねた。

いつの間にか意識が飛んでいたらしく、冷たい空気に目を覚ました。
どうやら、風呂場のイスに腰掛けた那月を背にして膝に乗せられているようで、風呂の戸が僅かに開いている。
「……動きたく、ねぇ…」
誘ったのは俺でも、やっぱり風呂でヤるべきじゃなかった。
「翔ちゃん早いから…」
そういえば、昨日だって那月は「僕より先にイッて?」とか、「もう1回」とか、そんなんばっかで、俺ばっかりイかされた気がする。
今回は…たぶん4回…?
頭が溶けすぎて、ぼうっとしていたら那月が秘所に指を挿れていたらしく動く指に体が跳ねた。
「ひゃっ…ぁあん、ぁあ、なつ、も…」
「だぁめ!ちゃんと掻き出さないとお腹壊しちゃうよ…?」
那月の腕を掴んでも、構わず後ろからお腹に腕を回して押さえ込んでくる。
「……ぁん、ああっ…だから、って、そっ……んぁああっ!!」
口ではそう言っても、那月は俺の気持ちいいところを撫でるように指を動かしてきて、いつの間にか溜まっていた熱を呆気なく吐き出してしまった。
「…あれ、またイッちゃった…?」
わざとらしく言った那月は、それでも変わらず指を抜こうとしなくて、跳ねる体のせいでずるずると下がっていく。
「はぁ、は……っああぁん、だめ、抜いて…っひぁ!」
「本当に早くって可愛い……気持ちいいのは分かるけど、痛くならないの〜?」
「ん、ぁあっ……ふ、…痛く、な…らな…ぁああっ!」
確かに気だるさや頭痛はしても、何度達しても痛くなるようなことはないし、量も出なくなるようなことはなかった。
「そうなんだ?お人形さんだからかなぁ…?」
言われて、中に出されても腹痛になったり、精液を飲んでも声がしゃがれたりすることがなかったことに気づく。
擬似セックスするために作られた、というのもあながち嘘ではなさそうで、本当に人形なんだったら、気だるさや頭と腰の痛みを引きずるなんて、変にリアルにするのはやめてほしいと思った。
那月が俺のものを握ってきたかと思うと、呟くように言った。
「翔ちゃんのここ、ね。もう、さっちゃんがこと細かくサイズとかを――」
「ぁあっ…やだ、そんなん、聞きたくな…っ!!」
「そう?ちょうどいいぐらいでかわいいよね」
どう、ちょうどいいのかさっぱり分からないけど、可愛いってことはつまり…アレなわけで。
いやいや、那月や砂月と比べるからアレなだけであって…。
反論できないでいると時折袋にまで触れてくるから、蕩ける頭に背筋を反らした。
「はっ、あん……ぁあ……すき、那月、ぁっ、ぁ、…んんぅ…」
うなじにちゅっとキスされて身をよじれば、そのまま鼻先を摺り寄せてくる。
「…もう1回挿れていい?」
「…んっ、後ろじゃなかったら、いい…」
軽々と体を抱え上げられたかと思うと、那月の方に向かされて再び膝に下ろされる。
「翔ちゃんが自分で挿れて…?」
言われるままに力の入らない足をついて、那月のものに触れれば先走りがこぼれていて唾液が溢れてくる。
昨日、自分から舐めたいって言って舐めさせてもらったけど、顎が疲れるばっかりだった。
それでも、男のものを舐めて熱が上がってくるのは、那月のことが好きだからで。
それを自分の秘所にあてがって、ゆっくり腰を沈めていく。
「ぁ、ぁっ、おっき…ん…ぁああ…!」
後ろに倒れそうになれば、一気に奥まで挿ってしまって体が大きく跳ねて、足が浮いてしまう。
那月に支えられたかと思うと、首に腕を回す暇もなく、腰を持たれて上下に揺すってくる。
「ぁん、はっ、ぁあ…なつ……あぁっ……ぁん、あん……っん…!」
風呂場でするとずぷずぷとした水音と、勝手に漏れる声が反響していつもよりも羞恥心が増してくる。
でも、声を我慢しないと言ってしまったのもあったし、あまり抑えようという気にはならなかった。
浮いた足が痙攣するようにびくびくと跳ねて、震える手で那月の腕を心もとなく掴む。
那月がいつもとは違って薄っすらと笑みを浮かべるから、キスして欲しくてたまらなかった。
「ん、ぁあ……あん、ふ……ぁっ…ぁ…那月、…ぁあ、なつ、すき…!」
セックスしてるとき、この那月はあまり俺に好きだと言ってくれなくても、砂月とは違って「俺のこと好き?」って聞いたら、きっと好きって言ってくれるから、「僕も」とか、そんな一言でも返して欲しくて自分から言うことが多かった。
ぎりぎりまで体を引き抜かれたかと思うと、那月が薄く笑みを浮かべたまま僅かに眉間に皺を寄せて言った。
「…は、…僕も、だいすき」
「ひゃぁあん…っ!」
体重だけじゃなくて、那月の力で一気に中に押し込まれて、熱を吐き出せば、那月もくぐもった声を出して中に熱いのが吐き出された。
達したあと那月はずっとループするんじゃないかと思うほど、すぐに前を弄ってくるから、那月に抱きつく。
「…はっ、はぁ…、ぁ、ああ、すき…那月、すき…」
どくんどくんと鳴る音に急かされるように何度も呟いた。
那月が頭を撫でてきて頬にキスをすれば、唇にキスしてくれて、一際大きくどくんと鳴った。
「……んっ、かわいい。僕も好き、だよ」

掻き出す、という口実でまた中を弄られそうになって「人形だからか知らないけど、お腹痛くならないからいい」と、無理やり風呂から上がることができた。
と言っても、那月に介抱されつつだけど。
そのまま那月の部屋に運ばれて、抱きしめられる形でソファに座らされる。抵抗する気も起きなくて、そのまま那月に背中を預けた。
「あーしんど…」
セックスは普段使わないような筋肉がずっと緊張状態にあって、筋肉痛のようになることも少なくないから、それも問題だといつも思う。
「さっちゃん帰ってきたら3人でするのに大丈夫?」
「いやいや、流石に今日はもうしたくないっつーか、お前こそずっとヤりっ放しで出来んのかよ…」
例えヤらされることになっても、たぶん俺は出来るけど、那月は人間なんだから…。
「うーん、さっちゃん居れば大丈夫だと思うよ」
「何その理由」
俺と砂月がヤッてんの見とくってことか?
「僕は初めてがさっちゃんで、1人で出来ないぐらいさっちゃんでしか勃たなかったから」
「あぁ…」
なんか妙に納得してしまいそうだ。
あんな色気を放ってるやつが四六時中傍に居たら、ほかに目がいかなくなるのも仕方ない気がする。
まぁ、今は俺と出来てるんだから、もう何も言うまいとため息を吐いた。

風呂から出た後、那月が高い棚から体重計を引っ張り出してきて床に置くと、俺を乗せてくるから何かと思えば、俺の体重が26kgしかなくて目を疑った。
「壊れてるんじゃねえの?」って、那月に乗らせると68kgあって正常のようだった。那月はそれでも「痩せちゃったなぁ」って呟いてたけど。
目線の高さも変わってないから、俺の身長は160cmぐらいはあるはずなのに、26kgという数字が人形だからだと認めるしかないような気がした。
こっちの世界に来てから食欲がなかったのも人形だから…?
ただ、傷が一瞬で治ったのは、魔法だって言われる方がしっくり来るとは思った。人形だったらパーツ交換…的なのものになる気がするから。
あ、でも、体に継ぎ目があるわけじゃないしな…。
媚薬の飴も薬とは言ってたけど何の薬なのか分からない。単純に媚薬なだけな気もして、なんとなく聞けずにいる。
…あぁ、頭痛い。
人工知能的な何かを搭載するにしても、何でわざわざ那月や砂月が知ってる「来栖翔」の記憶を埋め込まなかったんだよ。
再びため息を吐けば、那月が言った。
「すぐ疲れちゃうのは翔ちゃんが早いから――」
「お前が出させてくるからそうなってるだけだっつーの!」
恥ずかしくて俯いていると、那月が首筋に顔を埋めて囁いてくる。
「えー?でも、そういうとこもかわいくて好きだよ」
好きだと言われても、可愛いと早いなんて最悪だろ。
「……ちっとも褒め言葉になってねえぞ」
「そうかなぁ……その分、イッちゃうときの締まりが良くって気持ちい――」
「あ〜〜〜あ〜〜〜〜!感想なんか聞きたくねえよ、ばーか」
前かがみになって那月から離れるようにして耳を塞ぐ。
耳が熱くなってくるのが分かって、耳を覆うように隠した。
昨日は媚薬を飲んでたせいもあるんだろうけど、意識が飛ぶと体が疼いてそれで目を覚ますこともなくはなかった。
一応、風呂では媚薬の効果は切れてたはずだし、普段から自分でも早いな、とは思ってたから言われると結構どころかかなり恥ずかしい。それに俺が早すぎるせいか体力がすぐ尽きて、那月も砂月もあまり出してないまま終わるから、次の日でも体力が残ってるんだと思う。
って、自分で早すぎるとか思ってんのも悲しいけど。
…ったく、2回でもしんどいのに5回も6回も出さされる身にもなれよ。
まぁ、気持ちいいからいいけど…。
そう思ったところで、甘えるように声を出してたのを思い出して、より一層俯けば、耳を塞いでいた手を退けられて、後ろから耳たぶにちゅっとキスされて肩がびくついた。
「…かわいい」
抱きしめながら肩に顔を乗せてくるから、自然と頬が緩んだ。

しばらく那月に凭れながらテレビを見て、流石にどろどろになったシーツを放置してるわけにもいかなくて、軋む体を引きずって自分の部屋に行く。すると、那月がくっついてきて俺の代わりにシーツや布団カバーを剥いで洗濯機に運んでくれて、那月が綺麗なものに交換してくれた。
俺がこの世界に来る前から獣のような生活をしてたのか知らないけど、この家には換えのシーツやカバーが無駄にあって笑うしかなかった。
遅めの朝食…というか昼食を食べて、動きたくなくて再びテレビを見ながらごろごろしていると那月がくっついて甘えてくる。今まで那月がここまでべったりするのは砂月にしかしてなかったから、嬉しいような鬱陶しいような変な感じだった。
たぶん、砂月が帰ってきて那月が砂月にべったりしてても、もうそこに入れなくて悔しいなんて感じることもないんじゃないかな、とは思う。
色んなことに目を瞑ってしまえば、那月を好きなままでいられたということになるし、那月が好きだと言ってキスしてくれたのもやっぱり大きいから。

夕方になって砂月から空港に着いたと那月にメールが来たのをきっかけに「しんどいから部屋に戻る」と言って、那月の部屋から自分の部屋に戻ってベッドに寝転んだ。
体が辛いのもあるけど、正直、砂月と会うのが怖かった。理由は砂月との約束をことごとく破っているからだ。
家を出るなということから始まり、出るときは女装で砂月が居るとき限定、入るなと言われている2階の部屋や地下を見てしまったし、那月を頼むと言われたのに放って、音也とトキヤに会っただけでなく男だとバラして3日も2人の家に泊まった。しかも、電話で嫌いだとも言った。
もう俺の命はここまでなんじゃないのかと思うほどに悪寒がする。
布団を頭まで被っていると、ノックの音が聞こえてくる。
「翔ちゃ〜ん、入るよ〜」
返事をする間もなく、扉が開く音がして真っ直ぐに足音が近づいてきてベッドが沈んだ。
「まだしんどい?」
「んー。…なんか昨日みたいな薬ってねえの?頭痛とか治るやつ」
「切り傷は治るけど、そういうのはないんだよ。人のも効くかもしれないから飲んでみる…?」
「いや、いい…」
もう認めるしかないと分かってても、人のもって言い方が現実味を帯びていて、実験みたいで嫌だった。
「翔ちゃん、ネイルってしたことある?」
「…ある、けど…なんで?」
布団から顔を出して、那月を見れば那月も寝転んで背中に擦り寄ってくる。
俺がマニキュアを塗り始めたきっかけなんて単純に「オシャレ」から入った。
そのうちに、爪を綺麗に整えるのは、小さなことでも自分を磨いていけばそれが成功に繋がるから、それを忘れないようにするため、に変わっていった。「俺」の理由はそれだ。
自分の何も塗られていない爪を見ると、伸びてないのもそうだけど綺麗に揃っていた。
そして、前に回ってきた手が何かを渡してくる。
「じゃあ、体調よくなったらこれ塗って?」
それを見てみれば、黒のマニキュアだった。
「…だから、なんで?」
那月の知ってる「来栖翔」を演じろ、と言われているようで。
「マニキュアって保護の役目もあるみたいで…翔ちゃんは、薬じゃないと傷や欠けてしまった爪なんかは治らないから、ちょっとでも保護すれば痛い思いすることも減るかなって。黒が嫌なら、透明でもいいし…」
昨日みたいなこともあるかもしれないし、薬は携帯してた方がいいだろうけど、たまたま持ってなかったとか、薬が切れてしまう可能性もある。
俺も痛いのは嫌だし、純粋に心配してくれてるんだと思ったら嬉しくなった。
「……そっか…色は、黒でいい。ありがと、な…」
那月がくすっと笑ったかと思うと、うなじに顔を埋めてくる。
砂月がいないから余計にそうなのかもしれないけど、改めて那月はスキンシップが多いと思った。
「ううん。また色々考えてたんでしょう?」
「…?」
「さっちゃんが翔ちゃんはすぐに色々考えちゃう癖があるって言ってたよ?」
今だって、俺が勝手に嫉妬して、違うと分かって喜んだばかりだった。
「まだ混乱してるんだよ。仕方ないだろ…」
「うん。でも、一人で悩まないで…」
すぐには割り切れられないのは仕方ないかもしれないけど、考えすぎるのは確かに良くないな、と気をつけようと思った。

そのままベッドでごろごろしていると、砂月が帰ってきたらしく那月が出迎えに行った。
俺も出迎えた方がいいんだろうと思いつつも、怖いのもあるしベッドから動く気にならなくて「気分悪いから寝たい」と那月に言っておいた。
少ししてノックもせずに扉を開けられて、布団を握る力を強めた。
足音が聞こえてきて、ベッドが沈む。
「出迎えに来れないほど動けないのか?」
てっきり怒鳴られるのかと思って身構えていたのに、強引に布団を剥がされるわけでもなく、そっと布団を捲られたかと思うと体を仰向けに倒された。焦点がブレて、砂月の顔を捉えられないうちに、唇にキスがやってくる。途端にどくんと音が鳴って、ぼろぼろと涙がこぼれた。
それでも続く重ねるだけのキスに、頬に手を添えられて指で涙を拭われる。涙のせいで視界が歪んで、どちらにせよ砂月の顔がまともに見れなかった。
わざと音を立てて離れた砂月は涙を舐めるように目じりにキスしてくる。
「すぐ泣く。男気全開はどうしたんだ」
いつも砂月がいちいち脅してくるから、怒られなかったことで緊張の糸が切れたみたいだった。
「……お前のせいだ」
それとは関係なく、この世界に来てから本当に何でこんなに泣きまくってるんだろうと思う。
セックスしてるときも勝手にこぼれてくるけど、顔が幼くなった分、精神的にも幼くなったんじゃないのかと錯覚するほど自分が女々しくて嫌になる。
「…寂しかったって意味か?」
「そういえば、すぐ帰ってくるって言ったのに、帰ってこないって言ってましたよぉ」
那月が後ろから能天気な声で言うから、何を言われたのか分からなくて固まっていたら、砂月が舌なめずりをして俺の上にまたがってくる。
「だったら、相手してやらねえとな?」
「ばっ!!そんなこと言ってないって!!」
「へえ…?」
砂月があっさり俺の上から退いたと思ったら、ベッドに腰掛けて那月の腕を引っ張った。砂月は那月を向かい合わせにして膝に乗せる。
「那月、俺とヤろうぜ」
言いながら砂月が那月の首筋に吸い付いた。
別に、体がしんどいからいいけど、目の前でやられるとムラムラしてくる。
「んっ……僕のお部屋行こう?」
砂月が那月の体を抱っこするように抱えて立ち上がった。
よくそんな体勢で自分と同じ身長の那月を抱えられるな…と見ていると、砂月が那月の耳元で囁いた。
「あぁ、そうだった。あれどうした?俺の下――」
「わああああああっ!!」
那月が慌てて砂月の口を手で塞いで大きく叫ぶから、体がびくついた。那月が顔を赤くしているのを見て、珍しいと思うと同時に、我慢できそうになかった。
「泣いてるやつ放って2人でイチャイチャしてんじゃねえよ!まずは俺を慰めるところだろ!?」
2人が振り向いたかと思うと、那月がきょとんとした顔をして、砂月は口角を上げて同時に言った。
「えっちしたいの?」
「素直にセックスしたいって言えよ」
俺の中ではそういう意味であっても、一般的には全然違うのに、返ってきた言葉が同じで噴出しそうになった。
「っ……そうだよ!ばーか!」

***

あれから1年と半年が過ぎ、俺は変わらず那月と砂月の家で暮らしている。
この世界に来た当初とは違って、那月との外出も許してくれるようになった。
理由は俺が居た世界のこと…那月が二重人格でその裏の人格が砂月だということを話して実験したからだ。
キスで原動力を得るという話を聞かされたときは半信半疑だったけど、俺には思い当たる節があった。
それはキスをされると、体がどくんと大きく鳴ること。それは砂月でも、那月でも同じで、単純に緊張してるんだと思ってたけど、指一本でも動かせないほどキスを禁止されたあと、那月にキスをされてすぐに元通りに動けるようになった。
ほかには那月と砂月の二重奏で作った薬でしか効果のあるものは作れない、ということも分かっている。
それで俺は、あぁ、やっぱり那月と砂月は同じなんだと思った。
俺の世界と通じる確かなものを感じて、2人に嫉妬することも減っていった。
あ、あと指輪をくれたから…。
進歩したと言えば、音也やトキヤとメールするのを許可してくれるようになった。
ただ勝手に俺のメールの内容を見てくるから、パスワードを設定したら、しつこいぐらいに中を突き上げられて、もうしないと約束させられた。
勝手にメールを消したのがバレた日には、怪我もしてないのに媚薬を飲まされて、道具で1日中イかされ続けた。しかも、それからなぜかそのせいで体が慣れた、という表現もおかしいけど、意識が飛び辛くなったように思う。ずっと、意識なんて飛ばなければいいのにって思ってたから、愛される時間が延びて嬉しかった。
人形であることを理解したのはいいけど、疑問も多くて教えてくれてないこともあるような気はしている。
例えば、俺が「来栖翔」とは違っても、来栖翔として別世界で過ごして来たような記憶を持ってることだ。聞いても「本には載ってなかった」としか、答えは返ってこない。
元の世界の那月のことも気になるから、何か手がかりになることがあるなら教えて欲しいのに。

2人が大学を卒業してから、那月は変わらず怪しげなサイトで人形を売りながら、ヴァイオリニスト兼ヴィオリストをしている。
日本人形とかも作れるくせに、わざわざ性欲処理に使える等身大人形を作り始めた理由を聞いたら、よりリアルで可愛いものの追求のほかに1人で出来るぐらい欲情できるものを作りたい、だそうだ。
それはある意味、俺の体が人形だから終止符を打ったような気はする。俺に意思があるから完全に1人ってわけではないけど。
那月の部屋にある七海に似た等身大人形は試作品らしく、同一モデルを販売したこともないし、記念に置いていただけらしい。当時は等身大のウィッグを上手くカットできず、たまたま一番マシに出来たボブがオレンジがかったピンクのもので、大量にあったウィッグはその練習でカットしたものなんだとか。それに、よく考えれば目の色も違っていた気もする。試作品とは言え、透明感溢れる肌にリアルな顔付きだったから、天才はどの分野でも秀でるもんなんだなと再確認した。…家事以外は。
今はその等身大人形のあった場所に、那月がもう1体作っていた女装した俺が飾られてあるから、それを見るたびに何とも言えない気分になる。
砂月はモデルの仕事を減らして、作曲の方に力を入れている。ほとんど家に居るから、散歩がてら買い物にくっついて出かけるのが日課だ。女装は嫌だけど、堂々と手を繋いだり腕を組んだり出来ることは悪くないな、と毒されてしまっている。
キス程度なら隠れもせずしてくるけど、砂月らしいというか、なんというか、外でしたくなったときはキスで声を殺させられるか、指を噛まさせられるか、物をつめられるかだ。自分でも声が大きいと自覚はあるけど、そこまでしてやらなくても家まで我慢しろと思う。
セックスは3人ですることもあるし、どちらかとすることもあるし、那月と砂月がしてることもあるし、乱入されることもあるし、俺が乱入することもある。シーツの量からも分かる通り獣のような、って表現はまさしくで、溺れるように堕ちていくだけ、という俺の直感は正しかったらしい。

2人の両親が住む北海道に遊びに行くことになって、前の世界の那月の両親と同じく牧場を経営しているようだった。しかも、急に思い立って北海道に行ったらしいんだから、大胆な両親だなと思う。
深く考えてなかったけど、偽名を使って女装して行くわけだから恋人として紹介されるわけで、緊張が酷くて眠れずに居たら、那月と砂月が2人して俺の部屋に来て3人じゃ少し狭いダブルベッドで挟まれるように眠りについた。

その日、早乙女学園を卒業した俺が那月と一緒にアイドルになっているらしい会話をベッドでしている夢を見た。
内容はあやふやだけど、那月が居て、メガネが取れると砂月になって、そして、そのどちらもが俺にキスをくれて抱きしめてくれた。

人形には魂が宿る。
築いてきた記憶が違っても共通点が見え隠れするのだから、この体に入った俺の魂はきっと「来栖翔」だ。
那月と砂月の2人がそれを認識してくれていたら俺はそれでいいんだと、今日も「小傍唯」を演じられる。
たまに前の世界の記憶とこっちの世界のことでこんがらがってしまうけど、それでも、俺の両端に那月と砂月が居るなら、それだけで十分すぎるほど幸せなんだと、二人の手を握り締めた。

挿絵
fin.



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長編にお付き合いくださりありがとうございました〜!
3月・4月に書いていたお蔵入り小説の設定を使って、話を組みなおしたものがこれです。
と言っても、翔ちゃんが人形ということと血が増える薬に媚薬の副作用があることと、四ノ宮分裂というぐらいしか同じじゃないぐらい、全く別の話になってますが。
どうしても、翔ちゃんを性人形にしたかtt(ry
あらすじの時点でアホエロになると思ってた人が多いと思うんですが、アホエロにならなかったのは元の設定が死ネタ+ドシリアスだったので、どうしてもそっちにはいきませんでした。
「共依存」というのは、私は四ノ宮2人と翔ちゃんを含めた3人の関係性だと思ってて、今までに私が書いた小説のイメージ・テーマの根底には共依存があります(だから無駄に暗い方にいってしまう)。私がなっちゃんは誰かに依存して生きるタイプだと思ってるせい。
執筆2012/06/27〜07/24
加筆修正、各話アップ直前まで。
表紙2012/07/26
2P挿絵2012/07/30
3P挿絵2012/07/14
4P挿絵2012/08/02
5P挿絵2012/08/05
6P挿絵2012/08/11
挿絵
幸せ砂那翔!

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