俺はコンビニから出たあと、もう1度入りなおして、音也に詰め寄った。
「翔って、誰?」
「…さ、さぁ」
視線を泳がす音也は明らかに俺のことを知っているように思えた。
ポケットに入れていた俺のコンクールのときの写真を音也に見せながら、あくまで唯を装って問いかけた。
「那月が教えてくれないの。私に似た人の写真なんか隠し持ってて」
「ほら、誰にでもトラウマってあるし、俺が勝手に教えていいものじゃないから…さ」
トラウマ…?
俺のことで…?
逃げ腰になる音也の腕を掴んだ。
今教えてくれなくても、一緒に居ればぽろっと何か教えてくれるかもしれない。
「じゃあ、聞かないから、今日音也ん家泊めてくれない?泊めてくれないなら、教えてくれるまで帰さないから」
「うわぁ…どっち選んでも、砂月に殺されるってマジで許して」
「私だってそのリスク背負ってるんだからバラすわけないでしょ」
そう言って音也を丸め込むと、音也はコンドームを手に取るから殴ったら「あはは、すっごく真っ赤になってる。可愛いね〜」って言われて、また殴ってやった。
身の危険を感じながらも、同居人が居るという音也の家に連れて行ってもらったところまでは良かった。
そこはコンビニから近くのそれなりに大きな白いマンションで、家に入った瞬間、怒鳴る声が聞こえた。
「音也!!何ですかさっきのメールは!!電話に出なさい!!」
「ごめーん、電源切っちゃった」
てへ、と言わんばかりに頭に手を置いて肩を上げる音也に苦笑しながら、そっと顔を出せばメガネを掛けたトキヤが立っていた。
道中で音也は同居人が居るからと先にメールをして、そのあと返事を待たずに電源を切っていたのだ。
それがまさかトキヤだとは思わなかったけど。
「ど、どうも…お世話になります…」
本当は初対面ではないのに、このトキヤとは初対面だから何か複雑だ。
「あなたが……砂月さんの…。…それで、こんな男にホイホイついてきて襲われたらどうするんですか?私が居たからよかったものの…とは言っても、男2人の部屋で安心できるとは思えませんが」
そう言われてしまうと空手もあるし男だから平気だと言いたくなるけど、一応唯を装ってるのもあってそれは黙っておくことにした。
「…いや…最強の呪文がある。ほら、砂月…って」
言った途端に音也の肩がびくつき、トキヤの片眉がぴくりと動いた。
「それもそうですね。まずは砂月さんと四ノ宮さんに連絡します」
「ちょ、待って!」
「砂月だけはやめてよ!殺されるから!」
音也と一緒になってトキヤの携帯電話に手を伸ばせば、すっと避けられて宙をかいた。
「その様子だと喧嘩でもしたのでしょう?泊まるかどうかは別としても、秘密にしていてバレてしまったときの方が私は怖いです。それとも、あなたは心配させるために家を飛び出したのですか?」
「…それは…違うけど、明日になったら帰るつもりだし…」
「今は四ノ宮さんしか家にいらっしゃらないんでしょう?どんな理由があれ、きっと心配しています」
「わートキヤってば大人〜」
「あなたは黙ってなさい!」
ちぇ、と音也は俺の腕を引いて「遠慮せず上がって」と奥のリビングにあるソファに座らされた。
音也の家は玄関近くにある重そうな扉の奥にレコーディングルームのような設備があって、その手前がトイレで扉が開いたままの洗面所があって、そのほか途中に扉が2つほどあった。廊下を抜けた先がL字型の広いLDKになっていて、那月の部屋のものよりは小さ目でも大きなテレビが置かれてあった。物が散乱していることもなく綺麗に整頓されていて、観葉植物まで置かれてある。至る所に加湿器があって、トキヤはこっちの世界でも歌関係の仕事でもしているのかもしれなかった。
トキヤがため息を吐いて、こんこんと携帯電話で壁を叩いた。
「いいでしょう。先に話を窺って判断します。それでいいですね?」
頷いて、俺は出来るだけ悲劇のヒロインのように説明を始めた。
まず初めに家から1歩も出るなと言われていること、2階や地下に行くのも禁止されて、外に出たいときは砂月が一緒に出かけられるときだけ、それだけなら息は詰まってもまだ許せるけど、誰かと話した内容を聞いてきたり、ほかの人に手を触られたら石鹸で洗わされたり。
飛び出した一番の原因である、俺を人形か何かみたいに那月とセックスしろって砂月に言われたことが嫌だったのに、那月もその気だったのか、砂月に確認はしても俺には拒否権がないような迫り方をされたと告げた。
帰ったらちゃんと那月の話を聞いてやろうと思ってたけど、話してたらあまりの理不尽さに段々腹が立ってきて、本当に帰りたくなくなってしまった。
「那月から電話で、唯ちゃんのこと好きだと気づいたときにはもう砂月と唯ちゃんがくっついたあとで、2人の邪魔したくないって言ってたのになぁ」
……やっぱり那月は、俺を好き…なのか?
アトリエにあった俺の顔の人形と、壁に貼られた写真がちらちらと頭に浮かんでくる。
「それにしても、聞いてたら独占欲すごいのに、砂月が那月にえっちしてもいいって言ったのが不思議に思えるよね〜トキヤどう思う?」
「砂月さんと四ノ宮さんのことは音也よりは知ってますから、不思議でもなんでもないですね」
「え…もしかして俺だけが分かってないの…?」
「私もちゃんとは分かってないよ。ただ、あいつらはそういうもんなんだろうなぁ、ってだけ。だからって振り回されるのは嫌だけど」
「あ、もしかしたら、俺が3人仲良く出来ないの?って聞いたから、砂月に相談してそういう話になったんじゃ…」
少し口元がひくつくのがわかって、俺は無理に微笑んで言った。
「…泊めて…くれるよね?」
トキヤがため息を吐いて、淡々と言った。
「音也のせいですから仕方ありませんね。何かあったときの責任は音也に取ってもらいましょう」
「そんなぁ〜〜」
がくりとする音也の肩を叩いていると、トキヤが言った。
「さて、私は砂月さんに電話しますから、音也は四ノ宮さんにしなさい」
確かにトキヤが言っていた通り、砂月に知られても今は日本に居ないわけだし、今すぐ連れ戻されるわけじゃないから、あとで砂月にバレたときの方が怖いかも、とトキヤの言葉に頷いた。
音也が渋々携帯電話を取り出したから「メールでいいよ。今は会いたくないって言ってたって打って」と言った。
トキヤが電話を鳴らし始めるから、トキヤをソファに引っ張ってきて座らせると、携帯電話にくっつくように反対側から耳を当てて聞くことにした。トキヤが「近いですよ」と文句を言ったのを無視すれば、音也が俺も俺も、とソファの後ろから聞き耳を立てると、通話が始まった。
「仕事の話か?今は取り込み中だ。あとで折り返し――」
「いえ、唯さんのことなんですが、今日私の家で預かることになりました、と一言お伝えしておこうかと」
「あぁ?ふざけんな!!許すわけねえだろ!!」
間髪入れずに怒鳴る砂月に全員で肩をびくつかせるけど、トキヤは冷静に話を続けた。
「まだ切らないでください。唯さんからお話は窺いました。私は砂月さんの言動に疑問はあっても、四ノ宮さんとのことは理解しているつもりなので何も言うつもりはありません。ですが、きちんと説明をする必要はあると思いますよ」
「……そこに居るんだろ?代われ」
更に声を低めて言われると、トキヤは首を横に振りながら携帯電話を渡してくる。
「…何?説明する気にでもなった?」
「那月に迎えに行かせるからそこから出るなよ、いいな」
「言うことはそれだけかよ。お前は俺が怒ってる理由も分かってなさそうだから言っとくけど――」
俺は那月のことも好きだけど、命令されてセックスなんてしたくない。
「んなことはどうでもいい、さっさと家に戻れ。那月を頼むって言っただろうが。今、お前がついてやらなくてどうする」
期待するだけ無駄だったらしい説明も弁解もなくて、キレそうになるのを必死に堪えてたのに。
「っ……んだよ。お前はいつもそうだ、那月那月って……俺のことなんかどうせ二の次なんだろ!絶対帰ってなんかやらねえ!お前なんか………嫌いだ……ばーか!!」
泣きそうになるのを堪えながら勢いのまま言い切って、携帯電話の電源ごと落としてトキヤに押し付ければ、トキヤは「電源まで切らないでくださいよ」と電源をつけ始める。
「……着拒よろしく」
横目で見ながら呟けば、音也がおずおずと聞いてくる。
「砂月のどうでもいいって言い方もどうかと思ったけど…唯ちゃんってもしかして男?だよね?」
初めこそ唯のつもりで声を高くしてたけど、もうそれどころじゃなかった。
那月那月って言ってたのは前の世界での砂月だ。こっちの砂月はむしろ俺のことを見てくれてるって分かってたのに、つい口からついて出た。
それに、那月のことが大事な砂月が好きだ、そう思ってるのは間違いないのに矛盾してて嫌になる。
「…そうだよ。それで、翔って誰?」
この勢いのまま写真のことを聞こうと、ポケットから写真を取り出す。
元々、この写真のことを聞こうと思って家まで押しかけたんだから。
「…ほんとよく似てるよね。髪切ったのってもしかして、真似させられたとか?」
「…あれはヅラだから。元からこんな頭だよ」
「そうなんだ。それで那月が唯ちゃんのこと翔と間違えるって言ってたんだな〜」
まるで俺が2人居るように話すから首を傾げれば、興味なさそうに携帯電話を弄っていたトキヤが写真を手にとって俺と交互に見てくる。
「そりゃ怒るよね。元カレと間違えられたら」
元カレ…?何で俺はここに居るのにそう言い切れるんだ…?
というか、俺のことを翔だと疑いもしないのは何でなんだよ。
「音也、それ以上話したら本当に砂月さんに殺されますよ」
慌てて「やべ」と言いながら、口を塞ぐ音也に掴みかかる。
「ま、待ってくれ。俺の本当の名前は来栖翔っていうんだけど」
「「!?」」
途端に目を見開く二人に俺の方が驚いた。
「え?何その反応……幽霊でも見たような…」
それから俺は、写真に写っている「来栖翔」は3年前に事故で亡くなったんだと聞かされた。
意味が分からなくて、俺は「来栖翔」はどんなやつだったかと聞いた。
音也は少しビビりながらも中学時代からの親友で、トキヤは砂月経由で俺と知り合ったけどほとんど面識はないと言った。
俺は音也とトキヤとは早乙女学園で知り合ったし、仲良くなった経緯などは違うけど、それは本当に「俺」じゃないのかと錯覚するほどの人物だった。
ヴァイオリンをやっていること、双子の弟の薫と仲がよくて那月砂月と負けず劣らずのべったり具合で、母親も指揮者をやっているし、父親はスタイリストだという。
音也が持っていた学校行事の写真に写る俺と音也、薫の姿。いつ頃からか写真の俺は青いピアスをして、黒いマニキュアを塗って帽子を被るようになっていた。アルバムにも俺の姿が載っているけど、それは俺の知らない学校で知らないやつらばかりが写っていた。
俺なのに、俺じゃない気持ち悪さに悪寒がして、あとはもう他人事のように話を聞いていた。
中学1年のとき、この近所に引っ越してきたという俺はケンカの王子様の影響で空手もしていたし、音也とサッカーもしていたけど、コンクールで出会ったという那月と砂月がいつも俺の左右に居て、それがきっかけで常にヴァイオリンを持ち歩くようになっていったらしい。
ちなみにケンカの王子様を音也にハマらせたのも俺らしく、街で会ったとき言っていた、中学のときに回し読みをしていたのも俺なんだとか。
俺が那月と砂月の3人で付き合ってると音也が知ったのは本当に偶然で、俺の家でケンカの王子様のアニメDVDを見ているときに熱中しすぎて音也が家に泊まることになって、先に風呂に入ってたら俺の親父に音也も一緒に入れと放り込まれて、そのときに俺の体に無数のキスマークがあるのを見て知った、ということだった。
最悪なカミングアウトになったのかと思えば、音也はあっけらかんと「やっぱりね〜」と流したあと、襲おうとして空手で返り討ちにあったと笑いながら「あれは勿体無かった」と言っていて、思わず1発殴ったら、トキヤは「この万年発情期」と音也の頬をつねっていた。
「トキヤえっちしよ〜〜」
音也がトキヤに抱きついて擦り寄って、トキヤがその顔を押し退ける。
「自重なさい」
「セックスレス反対!」
「鬱陶しい!」
キスしようと唇を突き出す音也に本当に嫌そうに押し返すトキヤを見ていると、コントでもしているようだった。
そんな大っぴらにやられて、少しだけ肩の力が抜けた気がする。
「ちなみにどっちが下なんだ?」
「俺だよ〜」
「へえ。そんなにがっつくから上かと思った」
「だって、俺が上だとトキヤの仕事に支障出るし、下のが何も考えずに気持ちよくなれるもん」
確かに相手が気持ちいいのかな、なんて気にする暇もないぐらい快楽で頭がいっぱいになって、おかしくなりそうだといつも思う。そして、次の日、腰が立たないんだから笑うしかない。
「そんなことをペラペラ話すものじゃありません。大体あなたはオープン過ぎるんですよ」
くどくど説教を始めるトキヤが、俺の知ってるトキヤと音也のまんまで懐かしく思った。
説教が終わると、トキヤはお風呂に入ってくると言って、リビングを出て行った。
それから、音也は「来栖翔」が死んだあとのことを話してくれた。
那月は家に引きこもってしまって、気になって家に行っても砂月が鬼のように近づけさせてくれなくなった。砂月は砂月で夜にふらふらと出歩いて、憂さ晴らしにたまたま見つけた親父狩りをしてる連中を半殺しにして、その復讐でチンピラが集まってきてまた一暴れして、なんてのを繰り返して補導されまくっていたらしい。
通りで別の意味で有名だから誰も近づかないと言っていたはずだ。
ぴたりと砂月の夜遊びが止んだときには那月から「来栖翔」の記憶がすっぽり抜け落ちたあとで、那月が砂月によりべったりくっつくようになっていた。
「まあ、俺が知ってるのはそんなとこかな…」
「そっか…サンキュ…」
それをどう捉えればいいのか全然分からなかった。
まだ他人事のようだ。
「俺が死んだら砂月のせいだと思って間違いないから、そんときは証言になってくれよな…」
「いやいや、させねえから…。ごめん、ちょっと考えたい…1人になれるとこねえ?」
「んーちょっとアレだけど、ロフトとか?完全に一人ってわけじゃないけど、そこの梯子。個室よりは安心出来るでしょ」
ソファから立ち上がって、傍にある壁に掛かっている梯子を上っていく。覗き込んで目にしたのは布団が一枚と、ノートパソコンの周りに山積みに置かれたDVDだった。
そのまま上りきって布団に寝転べば、山積みのDVDがAVだと分かって、イヤホンとティッシュの箱が生々しくて叫んだ。
「あ、アホかァ!!!多すぎんだろ!!!」
「だから、ちょっとアレだけどって言ったじゃ〜ん。興味あったら見ていいよ〜」
「気分じゃねえし…そもそも俺、一応16だから。そういうの勧めないでくれる?」
と言いつつも、DVDのパッケージを見てたら男女ものからゲイもの、コスプレやらSMまで幅が広かった。
「えー!ちっちゃくて若いなって思ってたけど、3つ下?ってことは砂月より5つ下!?うわーショタコンだ」
DVDで結構なカルチャーショックを受けたあとに、小さいとかショタコンなんて言われたら声が低くなると言うもので。
「しばくぞ」
「ごめんなさい」
それから、音也はトキヤが風呂からまだ出てないのに、俺も風呂入ってくると言って静かになった。
やっとゆっくり考えられる、と思ったのに、その静けさは一瞬で終わってしまった。
「今日えっちするって言ったじゃ〜ん!」
「ふざけないでください。誰のせいで気が殺がれたと思ってるんですか!」
「え、俺のせい?」
というか、完全に俺が押し掛けたせいだろ…。
コンビニで音也がコンドームを買っていた理由が分かって、流石にそこまで迷惑は掛けたくないからな、とロフトから降りようとしたら、音也が思わぬことを言った。
「俺、今日もお預けされたら唯ちゃん押し倒しそうなんだもん。助けて、砂月に殺される!」
砂月に殺されると分かっていながらも、手を出そうとする意味が分からなくて呆れていたら、トキヤが言った。
「とてもあなたらしい馬鹿な理由ですが、目の前で浮気されるのは流石に私でも嫌ですからね」
なんだかんだトキヤも音也が好きなのか、と思うと同時にマジでヤるのかよ、と頭を抱えた。
しばらく外にでも出ようかと思ってそのままロフトを降りると、パジャマをきっちりと着たトキヤとぶつかりそうになった。
「あぁ、聞こえていましたか。すみません、一応防音室でしますので漏れないとは思いますが、声を掛けておこうかと」
「しばらく外出てくるよ」
「とは言っても、もう12時を回りますから、未成年を外に出すわけにはいきません。気になるようでしたらラブホテルに行きますがどうしますか?」
「はーい、俺も未成年です!」
「……というわけで出来れば、家でしたいのですが」
相変わらず真面目だな、と思うと同時にトキヤの口からそんな単語が出てくるとも思わなくて、困惑しながらも俺はロフトの梯子を握った。
「分かった…ロフトに居るから、俺のことは気にすんな」
それからトキヤは一言謝って、音也は「DVDの感想教えてくれよなー」と茶化して、玄関から一番近いところの重そうな扉の中に入っていった。
家に防音室って、トキヤもやっぱり音楽関係の仕事をしてるんだよなぁ…?
ロフトに上って、仰向けに布団に寝転ぶ。
俺が普通に座っても頭が天井につかないほどの高さはあるから、手を伸ばしても天井は届かない。
「来栖翔…」
まるで、俺のようで俺ではない人物。
砂月が初めて俺を抱いたとき「忘れたことなんかない」「…ずっとこうしたかった」と言った。
あれは「俺」に向けられた言葉ではなかったんだと思ったら、無性に泣けてきた。
こんな不思議な世界に来てから、これ以上ないぐらい元の世界の那月に会いたくなった。
結局、俺の中の大半を那月と砂月が占めていて、縋れる2人がいないのなら俺の居場所なんてこの世界にない気がした。
学校だって行ってないし、この世界の「来栖翔」はすでに死んでる、だなんてどうしようもないだろ。
「だったら、俺は誰なんだよ…」
暗示か何かで記憶を入れ替えられて整形でもされたのかとか、いつこんな夢から覚めるんだとか、鏡の中の世界にでも入ったんじゃないのかとかそんな馬鹿げた話を考えて。
無条件に微笑みかけてくれる那月に会いたい。触れたい。
そう思ったとき、さっきの電話で砂月が言ったことを思い出した。
「今、那月についてやらなくてどうする…か…」
今日の那月は確かに変だった。朝、寝不足の顔をしていたのはいつも通り仕事で遅くまで起きてたんだろうな、と思ってたけど、大学から返って来た那月はいつもの調子ではなく震える声で「翔ちゃん王子?」だなんて聞いてきたり、俺を抱きしめたりしてきた。2階で見つけた写真を見せたら過剰に反応して、話を逸らすように逃げたような気がする。
音也は那月の記憶から「来栖翔」がすっぽり抜け落ちたと言っていた。
王子って聞いてきたのは、思い出したから?
それで「俺」と「来栖翔」が厳密には別人であることに動揺していた?
冷静に考えてみると、アトリエに俺の写真を飾っていたり、俺の顔を作ったりしていたんだとしても、那月が「来栖翔」を思い出して僅かしか経っていないのなら、あれは俺が好きだから作ったんじゃないと分かる。
だったら、なんでセックスしたがって「俺」のことが好きだと繋がるんだ?
俺はどうすればいいんだよ。ただ、これからもあの家であいつらの「来栖翔」を演じさせられるのか?
あいつらは「俺」を好きじゃないのに?
流れる涙を拭いながら、俺はまだあいつらが好きなんだと胸が苦しくなった。
あいつらの傍に居たいがために「俺」のことを好きじゃないことに目を瞑るのか。
例え一緒だと言われても納得のしようがない。
那月の態度は明らかに、思い出して俺に好意が芽生えたようだったんだから。
翔に嫌いだと言われたとき、向こうから通話が切れたことに俺は息を吐いた。
恐怖で支配している状況で言われるならまだしも、そんな簡単に「嫌いだ」と言えてしまう翔が分からなくなった。やっと想いが通じた直後だからこそ、深く突き刺さったんだ。
「あ、繋がった…あのね………さっちゃん…泣いてるの?」
呆然と宙を眺めて意識してなかっただけで、那月の一言で、俺は泣いていたんだと知った。
「………翔、は…一ノ瀬んとこだ…迎えに…」
久しぶりに流れた涙は僅かなものでしかなかったけど、声が枯れてしまっていた。
「…やだ」
「……那月」
「僕、電話が繋がらない間ずっと考えてたの。僕は翔ちゃんも好きだけど、さっちゃんの方が大事だって……あの翔ちゃんは翔ちゃんでも、人形なんだよ…?さっちゃん、それ分かってる?」
分かってる。グアムに連れて行けないときに痛感した。
これからどうするか考えなければならないことなのに、見て見ぬ振りをして逃げていた。
「……動かなく、なってからじゃ遅い……那月、頼むから…迎えに」
「嫌です。翔ちゃんを迎えに行くぐらいなら明日グアムに行きます」
「…今、動かなくなられる方が選択肢が狭まるだけだろ?俺のことはいいから――」
「どうして分かってくれないの?僕が傍にいるだけじゃダメ?」
那月の言いたいことは分かるし、俺も那月が傍に居ればそれでいいってずっと思ってた。
だけど、例え人形でも動いている翔が居るのなら、手を伸ばさずには居られない。
「…そういうことじゃない。俺は、2人とも傍に居て欲しいだけだ」
「だからってさっちゃんを傷つけていいってことにはならない」
俺だって翔が那月を傷つけたら怒るはずだから、何も言えなくなった。
幼い頃から那月が好きで、那月とはすでにそういう関係だったから、生前の翔との出会いは衝撃だった。
那月を裏切れない、そんな意識があったから特に話しかけるつもりもなかった。だけど、那月がそれに気づいて、初対面で翔に告白した。
那月を見ていたら那月も翔のことが好きなんだと分かったけど、初めて3人でセックスしたとき那月は微妙に反応が悪く、俺ばかりを見ていた。
進学校でもアダルト雑誌で盛り上がることもなくはなく、那月もそれなりに見ていたがそれは別の観点…人形の参考のように見ていた。そんな延長でAVを見ても反応がなくて、3人でしたときに思っていたことは間違いではなかったんだと思った。
その関係で、俺は翔に「那月以上に好きになってやることは出来ない」と言ったことがある。俺は翔より那月を取って、その線引きとして翔に挿れることはしなかった。だが、翔はアナルセックスに興味を持ち、準備をした上で俺を煽ってきて「砂月は那月に挿れてるんだろ…?あれ、俺にもしてほしい」と言われたことが引き金になった。「最初で最後だと思え」と。
だけど、しばらくして翔は「那月がしてくれるから別にいい」と言った。困惑しながらも那月に問いただしたら、那月は「無我夢中でよくわかんなくて……ちゃんと慣らす前に挿れちゃったから…翔ちゃん辛かったかも…」と、それをきっかけに那月は翔と出来るようになったんだと知った。
それからはもう挿れることに抵抗がなくなって、次に翔としたときは怒りのままに力任せだったのに、翔は「それでも嬉しい」と言った。
生前の翔は俺と那月のどちらの方が好きという感情はなく、人形の翔のように那月に嫉妬することがなかったから、今回のことはその辺りでの食い違いが招いたことなのだと気づいた。
そして、グアムに行く前に俺が危惧していた通りになったんだと。
「僕ね、翔ちゃんのこと思い出す前はさっちゃんのこと解放してあげなきゃダメかもって思ってたこともあるんだ。でも、思い出して翔ちゃんが大好きという感情が沸いたけど、ちゃんと思い出しながら考えてたら、前よりもっとさっちゃんが好きになった。さっちゃん、大好きだよ…大好き…」
俺も好きだ。掠れてしまいそうで声が出なくて黙っていると、那月は何度も、何度も大好きと言ってくれた。
翔が亡くなってしまったとき、那月は翔のことを忘れようと必死だった。
俺は見ていられなくて、何も考えられなくさせるために、毎日毎日那月を抱いて過ごした。どろどろに溶けるほどに甘やかして、俺のことで頭をいっぱいにさせて。俺がそんな風に那月を慰めてきたから、那月は俺を慰めるとき迫って来る。それを知っているから、グアムに行く前に那月と一緒に風呂に入ってキスまではしていた。最後まで抱けなかったのはまだ俺の中で那月に裏切られたという感情が燻っていたからだ。
だけど…。
「…大好き……会いたい…」
その一言で弾かれるように目が覚めた。
***
那月に愛を囁いて、俺は翔のことを話した。
「……俺は翔も好きで、例えあれが人形であっても、翔の魂が宿ってることは那月にも分かるだろ…?」
「わか、るけど……僕はさっちゃんが何を言われたのか知らない。でも、翔ちゃんがさっちゃんに謝らないなら迎えに行かない」
グアムに行く前、那月が翔に迫ってたのは俺をけしかけるためだけじゃなく、那月は俺にしか…というよりは好きな相手にしか勃たないのに、勃ちもしないと分かってる相手に迫るわけがないから、半分本気だったはずだ。
それを翔が知らなくても、俺に生前の翔と人形の翔とでの認識の違いがあってもなくても、翔を思い出したという那月が気がかりだったのもあったし、那月を拒んだ時点で怒鳴ってしまうのは違いなかった。
元々、翔が動くこともただの興味と賭けだったのだからと、俺は再び賭けをすることにした。
悶々と考えるのは止めにして、俺はこのまま那月の自主的な迎えが来るまで居候させてくれとトキヤに頼み込んで、住まわせてもらい始めた。
音也の部屋にあるケンカの王子様を読んで、2人が居ないときは漫画喫茶に連れて行かれて小銭を渡される。当然の警戒だとは思った。
漫画喫茶でケンカの王子様のアニメDVDを見てみたら、主人公の声優が日向龍也と書いてあって目を疑ったけど、声がまんま日向先生でテンションが上がって、徐々に浮上し始めていた。
特にお腹が空くこともないから、朝にトキヤが用意してくれたものを食べて、夜に迎えに来た音也について帰って、トキヤの代わりに軽い料理を作って食べる。そんな生活をさせてもらって、3日が経過して11月8日になっていた。
包丁でじゃがいもの皮を剥いていると音也が声をかけてくる。
「トキヤが1回那月ん家に行ったらしいんだけど、那月は案外ケロッとしてたみたい。そんで、砂月が帰ってくるのは明日の夕方だって」
「…あ、そう」
別に那月に落ち込んで欲しいわけじゃないし、反省してくれるんならそれでいいと思ってたのに、ケロッとしてたってどういうことだよ。あいつは反省すらしてないのか。
砂月も砂月ですぐ帰ってくるって言ってたのに結局9日も掛かってるし…。
「何々、迎えに来てくれなくてショックだったり?」
「なわけねえだろ」
「那月に電話してみる〜?ていうか、ぶっちゃけると、砂月帰ってきたときが怖いからさ〜」
「あぁ…それもそうだな…音也とトキヤに迷惑掛けたいわけじゃな……いっ」
手元が狂って、深めに手の平を切ってしまった。
じゃがいもはごつごつして皮を剥きにくいとは思ってたけど、このタイミングで切るとか動揺してるの丸分かりじゃねえか。
「もしかして切った?」
「ああああ、やべえ、すげえ痛い」
血がぷっくり溢れてくるどころか、だらだらと垂れてきて、まな板に零れ落ちた。
「うわあ、ちゃんと剥けたやつに掛かったし…最悪。…どうしよ、音也、超痛い…救急箱あったらこっち持って来てくれない?血が落ちる」
音也が救急箱を持ってきてくれて、傷口を見てくれる。
シンクの上に手をやって、傷を見ないように唸るだけだった。
「絆創膏…じゃ無理だね。ガーゼで押さえるからちょっと痛いよ」
「ああああ、痛いってマジ止めて…!!ちょ、待っ!!」
「これさ、病院行った方がいいんじゃない?」
「…保険証なんか持ってねえもん」
「あぁ、そっか。じゃあ、那月に電話しよっか。まずは止血ね」
音也は言いながらテキパキとガーゼで血を拭うと、新しいガーゼを傷口に当ててテープで止めてその上から包帯できつく巻いていく。
「ちょ、痛い痛いそれ痛いいい」
痛みで叫びながら、涙がぼろぼろとこぼれてくる。
「唯ちゃん超かわいいし」
「アホか!電話、早く電話!」
その場で足踏みしながら急かせば、音也が携帯電話を取り出した。
ガーゼに染み込んだ分の血がずっしりと手に圧し掛かってくるようで手が重い。このままだと包帯にまで滲んできてしまいそうだ。
「救急車にする?那月が後から保険証持って来たらいいだけだし」
「……いや、那月呼んでくれるだけでいいから」
すでに「来栖翔」が死んでいるのなら、俺は自分が誰なのか分からないから保険証があるのかさえ分からなかった。
それに病院はあまり行きたい場所ではないから、行くんなら那月と一緒がいい。
そう思ったとき、頭がくらっとして膝ががくんと落ちてしまう。
「って、うわっ大丈夫?」
倒れる直前、音也に抱きとめられた。
音也の家で暮らし始めて、食欲がなくても、砂月とは違って心配されるからそれなりに食べるようにはしてても貧血を起こすようになっていて、そこにこの血の量に、俺は死ぬんじゃないのかと思った。
「……那月、出ないな………あ、もしもし那月?あのさ、唯ちゃん怪我して結構な血が出てんだよね」
携帯電話から離れた俺にも聞こえるほど大きな物音と共に「どこにいるんですか!?」と叫ぶような声が聞こえてくる。
「俺ん家だよ。ていうか、那月こそすごい音したけど大丈夫?………そっか。ん?救急車は呼んでないよ。………はいはーい、それじゃまたね。すぐ来るって」
ぼうっとし始める頭で体まで動かなくなったような気がして、あんなに痛かったのにその感覚まで失ったような錯覚に陥った。
うとうとと眠気までやってきたようで、瞼が重い。
「あれ、唯ちゃん大丈夫?生きてる?ね、聞こえる?」
薄っすらと見える視界の音也は目をぱちぱちとさせて俺を見ていて、唇をなんとか動かす。
「……う…ん…」
「ちょ、どうしよう…救急車呼んだ方が…」
首筋に触れられたかと思うと、音也が真剣な顔で携帯電話を再び開いた。
「…やめ、なつ…き、……来る、まで…」
那月の家からここは近いのか、すぐにインターホンが鳴って音也がモニターに出る間もなく通信が切れた。
「ちょうどトキヤが帰ってきたのかも。ごめん、体、床に寝かせるね」
そっと体を下ろされて、音也が玄関の方に消えていくとガチャリという音が聞こえる。
瞬きも出来なくなって、ただぼうっと棚の上にある電子レンジを眺めているだけだった。
少しの間のあと音也が戻ってきて、かざされた音也の手が目の前で左右に行き来する。
「唯ちゃん生きてる?大丈夫?………那月がケロッとしてたのって嘘なんだよ?本当は……会わす顔がないからって。ごめん、早く仲直りしてもらいたくって、怒らせて帰らせる作戦を立ててたんだよ。死なないで〜〜」
「ば…か………勝、手…に殺、す…な…」
声だけは出せるのかやっとでそういうと、ばたばたした足音が聞こえてくる。
「那月〜〜〜トキヤ〜〜早く!救急車呼ぶよ!?」
「ダメ、待って音也くん!!」
「何でダメなの!?唯ちゃんもそれしか言わないし…もうほんと――」
「―――」
耳まで聞こえづらくなって、あぁ、ヤバイと思ったとき、唇に柔らかい何かが触れた瞬間、体が大きくどくんと鳴った。指さえも動かせなくなっていた体が動かせるようになって、涙を浮かべた那月と目が合った。悲しそうな顔ではなくてただただ真剣な表情で見つめるから、つられて涙が滲んできて、那月の頬に触れる。その手に手を重ねて握られると、激痛が走って目を見開いた。麻痺して痛みを感じなくなっていたせいで、無意識のうちに怪我した方の手で那月に触れていたらしい。
唇が離れて那月は一言「これ飲んで」と、もう一度柔らかい唇を俺のそれに押し付けてくる。言われるままに僅かに口を開ければ、ころんと入ってくる飴玉のようなもの。
あぁ、足をハサミで切ったとき、似たようなことやられたなぁ…。
そんなことを思っていると、そのまま喉の奥に転がっていった。
唇を重ねたまま、頭を抱えるように那月の膝に乗せられて、後頭部を押さえつけられる。
少しして、握られている手の痛みが一気に引いていった。
「……あのさ、キスはこの際いいんだけど…救急車呼んだ方がいいんじゃないの?」
音也の一言で那月が離れていって、俺の包帯を外していく。
「たぶん、もう治ったから呼ばなくていいですよぉ。ね?」
血が染み込んだガーゼも取り去られると、那月の言う通り、包丁で切ったなんて嘘だったように綺麗さっぱり傷跡がなくなっていた。
もっと言えば、数日前に猫に引っかかれた傷が全然治ってなかったのに、そこもかさぶたが剥がれ落ちて綺麗になっていた。
それでも、貧血は貧血なのか、頭がぼうっとしたままで動きたくないという思いが強い。
「ど、どういうことなの!?俺ちゃんと切れてんの見たよ?血だってすごいし!ほ、ほんとだよ?」
「信じられませんが、目の前で起こっているのですから信じるしかないですね…」
「ふふっ、魔法です!」
「ま、魔法って…」
本当に魔法にでも掛かったようで、でも、俺の正体が分かるきっかけなんじゃないのかと漠然と思った。
那月が頬に触れてきて、涙を拭われる。
「……あぁ、血が足りないんだね……どうしよう…。さっちゃん返って来るの明日の夕方だし…」
「…砂月がどうかしたの…?砂月じゃないと治せないの?」
「えっと、ここから僕の家よりも近いところにラブホテルってありましたっけ?」
「ぶふっ…なんでラブホ!?結構遠いよ?」
そんな会話にさえ突っ込む気力が起きなくて、ぼうっと那月の顔を眺めているだけだった。
「家の方がいいかな…ごめんなさい、連れて帰りますね。後片付けお願いします」
那月は俺の体を横に抱き上げて立ち上がった。
頭が揺れて、気分の悪い感覚に顔が歪んでくる。
「ええ、任せてください」
トキヤが全てを理解したような顔で頷いて、おどおどする音也に那月が背を向ける。
「僕は人形師一家の端くれですから…」
一言わけのわからないことを呟くと、トキヤが「あなたも手伝いなさい」と見送りに来た音也を部屋に引っ張り込んだ。
そのまま音也の家を出て、エレベーターに乗って外に出る。
外はもう8時を回っているから真っ暗で、近くにあるコンビニの光が眩しかった。
そこから移動して辺りに人が居なくなったとき、街頭の下で立ち止まると那月がぼろぼろと泣き始めた。
「ごめ、…ごめんね、翔ちゃん…僕のせいで…大好き、大好き…本当に大好き…」
「な、に、言って…」
やっとで一言言えたと思ったら、ぎゅうと抱きしめられて苦しかったけど、冷えていた体がじんわりと温まっていくようだった。
手を切ったのは俺の不注意なのに…。
そのまま那月は鼻水を啜りながら、動かなくなってしまった。
たまに不思議そうな顔で俺たちを見る通行人に、お姫様抱っこをされてるのが恥ずかしいとは思わなかった。
ひんやりとした風が吹いたかと思うと、那月の涙がきらきらと光って、その涙と似た弱く光る星が空に輝いていた。
那月の頬に触れると、体を下ろされて膝が落ちそうになるのを那月が支えてくれた。
そして、那月は再び何かを取り出して、今度はそのまま俺の口に運んでくる。
「翔ちゃん…もう1個、舐めて…」
言われるまま僅かに口を開ければ、さっきよりも少しだけ大きな飴玉のようなものが転がってくる。
甘ったるい味が口に広がったかと思うと、どくんと鳴って、体が沸騰するように熱くなった。
「う、ぁ……何…これ…」
手に力を入れて胸を掴んで、体を縮めて那月に縋りつく。
「…大丈夫。お薬、だよ」
薬だと言う、この感覚を俺は知ってる。
砂月に舐めさせられた飴玉…あの、いくら吐き出しても収まらない熱。
ぼうっとする頭から、また別の意味で何も考えられなくさせられているようで、飴玉を吐き出そうとすれば唇に人差し指を当てられる。
「お願いですから、もうちょっとだけ我慢して?ね?」
眉を下げる那月の悲しそうな顔を見ていたら、本当にちゃんとした薬なのかもしれないと、小さく頷いた。
飴玉をころころと舌で転がせば、甘ったるい桃に似た味がして、もう自分で立っていられなくなってしまって、体が浮いた。
「ぁっ……ん…」
「……早く帰ろうね」
再び那月に横に抱き上げられて、歩く振動で体が跳ねて、下腹部に集まる熱を吐き出してしまいそうだった。
「なつ、待っ…動いたら、……俺、イきそ…」
「うん…?…出していいですよぉ」
「やっ、…外……」
荒くなる息と共に声が漏れそうで力の入らない手で口元を塞ぐ。
飴玉を頬と歯の間に挟みこんで、出来るだけ舐めないようにしても、振動が来るたびにびくんと足が跳ねてしまう。前に飴玉を吐き出しても熱は収まらなかったから、那月の胸に顔を押し付けるようにして必死で堪えるしかなかった。
「家までもう少しあるから…一度イッちゃった方が」
僅かに首を横に振れば、那月がぐっと抱えなおした。
「ぐったりしてて血の気がなかったから……待てなかったんです…ちょっと走りますね」
「ひぁ…っ待!!な、つ……っ!!」
那月がそう言った直後、ちょっとどころか勢いよく走り出すから、太ももと自分のものが布越しに擦れて、熱を放ってしまった。
なんとか声を抑えることは出来ても、精液が服に染みて恥ずかしいし、達してしまって余計に敏感になったのか、後ろが疼いて仕方がなかった。
間もなくして家に着いたとき、あぁ、なんでもうちょっと我慢できなかったんだと居たたまれなかった。
「それじゃあ、翔ちゃんのお部屋に運びますね」
顔も体も熱くて、風呂でのぼせたように何も考えられなくなってきて、小さく頷いた。
電気をつけて部屋に入ると、ベッドに座らせられて前かがみに体を倒した。
ベッドに2つの携帯電話を置いた那月は「お湯とタオル持って来るね」と部屋を出て行った。
那月はラブホテルがどうとか言っていた。
ということは、那月はこれから俺を抱くつもりなんだろうか…。
砂月に那月とセックスしろって言われたとき、本当に都合のいい人形扱いされてるみたいで腹が立った。
後ろが疼くから挿れて欲しい…、そう言って俺も那月を都合よく使おうなんて気にもならなくて。
それに、那月は「俺」じゃなくて「来栖翔」を好きなんだと思ったら、自分がどうしたいのか分からなかった。
戻ってきた那月はコートを脱いでいて、洗面器と一緒にタオルを持ってきた。
「お待たせ…」
那月が水を入れた洗面器を俺の膝の上に置いて、血で濡れている手を優しく洗ってくる。本当に傷が消えているのか沁みることなく水が薄っすらと赤く染まっていく。くすぐったくて手を引っ込めそうになるのを堪えていると、洗面器を退けられてタオルで拭いてくれた。
「…ん…那月……俺の体、どうなっ――」
那月は唇に人差し指を当てて、微笑みながら首を傾けた。
色々聞きたいことはあるけど、頭がぼうっとして上手く整理がつかない。
「…さっちゃんに電話するね」
さっちゃん、その一言でびくついてしまって、那月が隣に腰掛けて肩を抱いてくる。
那月を見上げれば、悲しそうな顔で呟いた。
「心配、してるから…」
那月はまず俺の携帯電話で何かメールを打つと、少しして電話が掛かってきてそれを耳に当てる。
「うん…遅くなって、ごめんね…」
「貸して………音也とトキヤ殴ったらもう口きいてやんねえから」
そう言って、通話を切ると電源を落とした。
「翔ちゃ…」
「も、いいんだ…なんか、全部どうでもいい…」
この2人は「俺」を通して「来栖翔」を見てるだけ。
全てが冷めるような想いに押しつぶされそうで、着替えを取りに行こうとしたら、那月に手を握られてどくんと音が鳴った気がした。そのまま、力が入らなくてベッドにぼすんと落ちてしまう。
そんなんで反応するなんて、意識し始めたときみたいで恥ずかしくなった。
きっと体が熱くなってるせいだ…。
そう思いながら、この那月は俺の恋人だった那月じゃないことや、2人が分裂してること、この体の傷が消えたことも、火照る体も分からないことだらけだけど、こんな不思議な世界だからこそ死ななかったのかもしれないし、それが何であれ生きてて良かったな、とは思った。
ふいに顔を覗き込まれて、那月は自信なさそうに眉を下げた。
「ね、翔ちゃん…僕と…えっち、するのやっぱり嫌…?」
帰り道、那月は好きだと言ってくれた。前に迫られたときとは違う「好き」だと伝わってきた。
でも、それは那月が「来栖翔」のことを思い出した上で俺が死にそうだったからだ。
「……わかんね…」
「じゃあ、キス…だったらしていい?」
この那月とはさっきのを含めなかったら、まだちゃんとキスしたことはなくて、それは大切な人にしかしないもんだと思ってたから、「俺」を見ているわけじゃないと分かってても、少し嬉しいなんて思ってしまった。
それでも頷けなくて、那月の目を見ていたら泣いてしまいそうで、小さく呟いた。
「……す…き…」
その一言で、唇に那月のそれが重なったとき、恋人だった頃の那月との思い出が鮮明に蘇るようだった。忘れていたわけでも、忘れようとしていたわけでもない。体の中から湧き出るように熱くなってくる想いが、記憶に新たな彩りを添える。
それがこの那月との思い出ではなくても、俺は……そう思ったとき、俺は自分も同じなんじゃないかと思った。
俺は那月だから触れたいキスしたいって思ってて、こっちの世界で砂月を好きになったというよりは元から好きだったのを自覚しただけ。
それから、俺は俺で恋人だった那月を重ねて見てもいいんだと、那月が愛しくてたまらなくなった。
「………んっ」
両肩を掴まれて何度も何度も角度を変えて、柔らかい唇でそれを挟むようにちゅっちゅと重ねてくる。それは俺の知ってる那月のキスの味だった。
那月のとろんとして潤んだ瞳が色気たっぷりに見つめてきて、胸をぎゅうと締め付けてきて愛おしさが溢れてくる。
あぁ、那月だ。那月。那月が俺だけを見てる。
心地よくて、気持ちよくて、火照る体のせいでキスだけで達してしまいそうだと錯覚するほど、満たされている感覚。
体を支えられなくてベッドに倒れそうになると、そのまま後ろに倒されてちゅっと音を立てて唇が離れていった。
「…ぁっん……はっ…」
那月に手を伸ばせば、手を重ねてくれたけど、ただ微笑むだけだった。
「那月………すきだ。俺と、シて…?」
熱をどうにかして欲しいからじゃないって分かって欲しい。
俺は那月と砂月がイチャイチャしてるのに嫉妬していたんじゃなくて、ただ羨ましくてそこに入れないことが悔しかったんだ。
那月に触れたくても触れられなかったとき、代わりに砂月が構ってくれるから、なんとか堪えられていたのかもしれないと思うほどに那月に触れて欲しい。触れたい。そう思った。
でも、那月は思わぬことを言った。
「…さっちゃんにちゃんと謝ってくれるなら…してあげる」
なんだよ…那月の方がセックスしたそうにしてたのに。
「………あいつが悪い。すぐ帰ってくるって言ったのに帰ってこないし」
「あのね、翔ちゃんのために早く帰ろうといつも以上に仕事した結果がページ増量という形で滞在期間が延びちゃったんだよ」
「それ聞かせて…どうだって言うんだよ……もう、してくんないならいい。1人でするから出てけ…」
「…嫌です。1人でしてもいいけど、出て行かないよ」
那月が携帯電話の電源をつけ始めてしまって、呆然と眺めていたら那月が文字を打ち始める。
少しして、那月がこっちを見て言った。
「どうしたの?謝ってくれる気になった?」
「ふざけ、んな!……那月のバカ!こんな…とこ帰ってこなかったら、良かっ…」
合わす顔がないからとか、僕のせいとか言うから、ちゃんと反省したんだと思ってたのに。
俺の反応を見て楽しんでるだけだったんだ。
勝手に涙がこぼれてきて、那月に背を向けて布団を被りこむ。
「しょ、ちゃ、泣かないで…」
腰に触れられて、体が跳ねてしまう。
「っんぁ……触んなっ!あっち行け!」
「……僕だって、怒ってるんだからね……さっちゃんは傷つきやすいのに翔ちゃんはいつも突き放してばっかりでさっちゃんを悲しませて…」
那月の言葉で頭に来た。
「………んだよ…お前まで砂月の味方かよ…!どうせ、俺は代わりなんだろ…」
「…代わりって何のこと?」
パーカーのポケットから写真を取り出して、那月に投げつける。
知らない振りして過ごそうと思ってたけど、もうそんなこと出来なかった。
「これ――」
ベッドからなんとか立ち上がって、膝が落ちそうになる足で買ってもらった女物のコートを掴んだ。
「それは俺じゃない別の誰かだ。お前だって俺の知ってる那月じゃないし、砂月もそうだ。でも、俺はお前らが好きで離れたくなくて、だから、戻ってきたのに……お前は俺を見てないし、砂月だって那月ばっか見て、居場所なんかどこにもないだろ!」
叫ぶように吐き捨てて、ドアノブに手を掛ける。
噛んでしまった飴玉が甘くて甘くて、余計に涙がしょっぱかった。
飴はやっぱりただの媚薬だったのか、下腹部を中心として体全体がもう熱くて、自分でも何を言ったのかほとんど分からなかった。
こっちの世界で死ねば、元の世界に帰れるのか?
そんなわけ、ないだろ…?
壁伝いになんとか歩いて玄関まで行って一息つく。
那月に連れてこられたから、音也の家にスニーカーを忘れてきてしまった。
ほかは女物しかなくて、ヒールのないサンダルを履いて、ふらつく足取りでドアノブを握ったとき、玄関の小さな電気がついたかと思うと、後ろから那月に抱きしめられた。
「離っ…」
力が強くて振りほどけないでいると、那月がズボンの中に手を滑らせてくる。
「……ふっ…あっ……ん…やめっ…那月…」
下着の上からなぞるように撫でられて、ずるずると体が下がってくる。背中に覆いかぶさるようにお腹に腕を回されて体を支えられた。小さく跳ねてしまう体のせいで手からコートが落ちてしまう。
「……翔ちゃんの居場所はここだよ…僕には翔ちゃんは翔ちゃんとしか思えないし絶対に手離さない」
前を触られていた手が後ろに回ってきたかと思うと、下着をずり下ろされてそのまま秘所に指が挿ってきて、完全に膝が落ちてしまう。
「やっ……那月、嫌だ…!」
「嘘はダメだよ……すごく熱くて、指に吸い付いてくる…」
本当に嫌なわけじゃなくても、こんなの…。
「…ぁっ……ぁあ…はっ、お、お前も…砂月も……ん…俺が嫌って言ってもいつも聞かないっ!」
叫べば指がずる、と抜けていくから、無理やり体を反転させて扉に背を預ける。
「…好きな…ときにヤらせてくれる…来栖翔に、似たやつが居ればいいんだろ…っ!」
肩で息をしながら那月を睨みつければ、那月は不敵に微笑んだ。
「……僕だったら、違うって言ってくれるって期待してるんでしょう?でもね、翔ちゃんはそのために作られたんだよ?」
つく、られた…?
意味が分からなくて怯んだ隙に強い力で両腕をまとめて扉に縫い付けられて、ズボンを下ろされると持ち上がってるものに直接触れてくる。
「っ…!」
緩く上下に擦られて達しそうなのに出来ない。
「僕のお仕事は等身大人形を作ること…それは前に見たよね?」
唇を噛んで声を殺していると、那月は喉を鳴らして、自分の持ち上がっているものを取り出した。
「あれって、ただのお人形さんじゃなくて……擬似セックスするためのお人形さんなんです。こうやって…」
腕を離されたかと思うと、扉に体を押し付けながら太ももを掴んで力任せに持ち上げられて、無理やり中に挿ってくる。
「ぁ、ぁああ…っ!」
体が宙に浮いて、サンダルが落ちてしまう。
押し付けられる背中が痛いけど、久しぶりに中に挿れられたものが硬くて熱くて、気持ちよくてたまらない。
それでも那月の肩を力なく押し返して抵抗の意を示す。
「そして、偶然…そのお人形さんが動くようになった。それが、翔ちゃんなんですよ?」
ぐっと最後まで那月のものが挿りきると、那月が俺と目線を合わせて囁いた。
「だから、翔ちゃんは一生僕たちの…物、なんです」
那月が男の顔をしていて、体がどくんと鳴った。
あ、あぁあ…那月、那月…。
何も考えたくなくて、ぐちゃぐちゃにしてほしかった。
「……っキス、して…」
喉から搾り出すようにしてそう言えば、那月はくすっと微笑んだ。
「んっ…」
唇と唇が重なって、唇を重ねるだけじゃ物足りなくて、自分から舌を出せば、小さく吸われてから中に押し返すように舌を重ねられる。舌が擦れるたびに気持ちよくて涙がこぼれた。
ずり落ちそうで那月の肩を掴んでもあまり力が入らなくて、両膝の裏に腕を通されてそれが背中に回ってきて、ほとんど那月の力で支えられているようなものだから体が辛くて、那月の唇から離れて頬に触れる。
「ベッド…がいい」
「翔ちゃん甘えたさんでかわいい……うん、ベッド行こうね。僕でいっぱいにしてあげる…」
体を引き抜こうとするから、那月の腕を掴んで首を横に振る。
「あっ、ぁっ、抜いちゃ、やっ!」
「歩きにくいから…ちょっとの間だけ、ね?いい子だから」
額にキスされると、体が上に一気に引き抜かれて、後ろに倒れそうになって那月の首に腕を回す。
落ちないように那月の体に足を絡めたくても、歩くたびに那月のお腹に自分のものが擦れて力が抜けていってしまう。
「ん……ふっ、…那月、あっ……あん、ぁ…はや、く…」
開けっ放しだった自分の部屋に入って、そっとベッドに下ろされる。
「はい、到着〜!」
那月が離れていこうとするから服を掴めば、那月は俺の携帯電話をかざした。
「…?」
「僕はさっちゃんに謝ってって言ったよね?謝って、くれるでしょ?」
さっきから砂月に謝れだなんて、何をどう謝れって言うんだよ…俺は悪くないだろ?
黙って那月を眺めていると、電話を弄り始めてしまう。
那月に背を向けて布団を抱き枕のように足で挟んで、自分のものを握った。
「1人で…する……から、いい…」
先走りで濡れる先端に親指を沈めてぐりぐりと刺激する。くちくちと小さな音が耳に届いて、その音に急かされるように指を動かせば、快楽が波のように走ってくる。
「ぁ、ふ……ぁっ…ひぁあっ!」
突然、秘所に指を這わされたかと思うと、耳元で声が聞こえる。
「お前なぁ、1人でくちくちくちくち言わせてんじゃねえよ。勃っちまっただろうが」
それは砂月の声で、携帯電話を耳に当てられているようだった。
恥ずかしさなんて飛んでしまったみたいでぼうっとしていたら、つぷ、と指先だけ秘所に挿れられて体が跳ねた。
「翔ちゃん、ここ…欲しくないの…?」
奥が疼いて身をよじると、指を抜かれてしまう。
「……ほし…」
「じゃあ、分かるよね…?一言でいいんだよ?」
ごめん、だなんてそんなの…俺は悪くないのに言いたくない。
言ってしまったら、これからも俺が折れるしかなくなる気がするから。
黙っていたら、砂月が声を低めて言った。
「翔、俺たちはお前を手離す気はない。これ以上、俺を…怒らせるなよ…」
砂月は前に「恐怖を植えつけるのも厭わない」と言ったことがある。
つまり、俺がここで正解を言わなかったら、砂月が帰ってきたときそういう目に合わされるということだ。
「……俺…はお前らを、いっしょ愛すから、お前らも…俺を…愛して…」
「上等だ」
「はい」
同時に返事が返ってきて、那月が携帯電話を自分の耳に当てる。
「それじゃあ、さっちゃん切るね…………………うん、分かった。…それじゃ、また明日。おやすみなさい」
那月が通話を切って、ベッドに乗り上げると体を仰向けに倒されて布団を捲ってくる。
「翔ちゃん、本当に1人でしちゃうつもりだったの…?」
子犬のような瞳で小首を傾げる那月に面食らって、思わず腕で顔を隠した。
罪悪感から断れなくなってしまうのもあるけど、男心をくすぐる可愛さに下腹部が熱くてたまらなかった。
「抜いちゃやだって言ったの嘘なの…?」
那月が俺の足の間に割り込んで、俺のものの先に自分のものをくっつけて、煽ってくる。
「…んっ……お前…ぁっ……マジでずるい…」
俺の先走りが那月のものに垂れかかって、びくびくと震えている。
「どうしてほしい…?教えてくれないと分からないよ?」
再び秘所に指を這わされて、じんと熱くなる中が辛くて欲望のままにねだった。
「…ひぁっ……あっ…それ、ちょだい……ぁあっ…」
くちゅ、と音を立てて指が入ってきて、それだけで体が大きく跳ねた。
探るように動く指が的確に気持ちいいところばかりを弄ってきて声が溢れてくる。
「ぁん、…ふ、あっ……ん、ぁ…ひぅ……っ…ぁぁあ…!」
先走りをこぼしている先端を引っかかれて背筋を大きく反らした。出そうだと思ったのに、那月が根元をぎゅっと握ってきて、達することができなかった。
「なつ、イきた…離し…」
「おねだり、して…?」
「……ん、……那月の、ちょうら…」
指を引き抜かれて太ももを押し上げられて、那月の硬く反りたったものをあてがわれると、そこから上に向かって全身が身震いした。
那月が微笑んで、濡れた人差し指を立てて言った。
「もう1回」
砂月はどうして欲しいって言ってもほとんど聞いてくれないし、自分の好きなように突いてくるから、言わされてる感覚もないけど、那月はムードを壊す気かというぐらい聞いてくるから、羞恥心が煽られて、いっそのこと殴りたくなる。
「言ってくれないの…?じゃあ、今日は優しくしてあげないよ?」
「やだっ!な、那月の、……熱いの、中に…挿れて………ぁああぁん…っ!!」
一気に中を突き上げられてその衝撃で下腹部が大きく脈打ってあっさり達してしまう。お腹に精液が飛び散ってだらだらと横に流れていく。
息をつく間もなく那月がぱちゅ、ぱちゅと音を立てながら腰を動かし始めて体ががくがくと揺さぶられる。
「翔ちゃ、どこがいい?ここ?」
「ひぁ…ぁっ………そこ…すき…あっ…あぁあ……ん、ぁっぁあ…!」
好きだと言ったところばかりを突き上げてくるから、痙攣するように足をびくびくと跳ねさせて、背筋から顎までを反らすだけだった。
開きっぱなしの口が乾くけど、声は枯れずに引っ切り無しに甘い声が漏れていく。
敏感になった中がどろどろに熱くて、擦られる音だけじゃなくて体の中でもごぽごぽと音がしている。
込み上げてくる熱と、突き上げられる異物感で体が勝手に那月を吐き出そうとしてしまうのが嫌だった。
「……っあ…もっ、と……んん……奥、……ひぅ……ぅっぁあ…っ!」
手を伸ばして重ねられた手を握れば、2人の手の間に俺のものを挟んでくる。ぬるぬるとした精液とかがいっぱいついて反射的に手を離そうとしたら、絡めた指を強く握られて、手の平で挟んだ俺のものを強く刺激してくるから首を横に振る。
「…ぁんっあぁ…それ……また、イッちゃっ…!」
もっと中で那月を感じていたいのに、あまりイきすぎたら意識を飛ばしてしまうから。
「っは、…すごい、きもち……もっと、甘えて…」
那月の荒い息と零れ落ちてくる汗で頭が溶けそうだ。
「ん……はっ…、ぁあ……ひぁぁあん…!!」
ずん、とねじ込むように押し込まれただけで、背筋を反らしてまた熱を吐き出せば、那月もくぐもった声を出して熱いものが中に吐き出された。
「…はぁ……はぁ……ふふっ、翔ちゃん早くて…かわいい…」
俺と那月の手に精液が掛かって、手が滑って離れてしまう。
「っ!!」
羞恥心なんか吹き飛んでしまった気さえするのに、那月の一言でまた熱を帯びてくる下腹部にまた羞恥心を煽られる。体が熱くて、がんがんとする頭に何も考えられなくて、唇に指を当てた。
「ん、……ちゅーして…」
那月が微笑んで覆いかぶさって、キスをくれる。途端にどくんと鳴って、芯から熱くなってくる。
頬に手を添えられて、反対の手で汗で濡れた髪を撫でてくる。那月の大きな手が愛しくて、擦り寄るように手を重ねた。
動ける気がしなくて熱い瞼を閉じれば、ちゅっちゅと音を立てるように唇に吸い付いてきて、熱い吐息が鼻にかかって、誘われるように口を開けると、ぬるりと滑り込んでくる舌に頭が痺れてくる。
「ふ…ぁ…」
薄っすらと目を開けると、那月の視線が少し砂月に似た鋭さを放っていて、でも、鋭さというよりは真っ直ぐな瞳がヴァイオリンやヴィオラを弾いているときのような熱情に似ていると思った。
そんな那月に見惚れていると、那月が微笑んで唇から離れていく。
そして、パーカーのチャックを下ろしきると、お腹の辺りから更に下に向かって手を滑らせてくる。
「ふふっ、すっごくきゅうきゅう締めてくる…翔ちゃんはキスが好きなんだね…」
「…ん、…す…き…」
ずっと那月に触れたくてキスしたかったのもあるから余計に気持ちいい。
那月は手についた精液を舐めながら小首を傾げる。
「僕は…?」
そんなの決して美味しいわけじゃないし、舐められて恥ずかしいって思うのに、俺も、那月のを舐めたいって思ってしまう。
「……好き、大好き…」
那月が微笑んでタンクトップを捲りあげてくる。
そのまま左胸の先端をぴんと跳ねてきて、反対の胸の先端を下から舐め上げられて体が跳ねた。
「ひゃんっ!!」
「んっ……じゃ、ここは…?おっぱい…好き?」
「ぁん、ああ………ん、なつ……那月、……ぁ、あっ、んぅ……ひぁ、んん」
火照る体のせいで敏感な肌に、痺れに似た快楽がびりびりと走ってきて、胸を突き出すように背筋を反らしたまま、大きく息を吐き出せない。
「…ちゅ、っ教えて…?」
先端を小さく吸われて、ふるふると頭を震わせると更に感度が増してきて体が強張ってくる。
「…あぁああ……すき、すき、……っきもち…」
擦り舐められて、指でくりくりと摘まれれば、喉の奥から漏れる声に掠れた声が混じってくる。
「…ぁ、っ……ぁああっ、つ、強く、吸っちゃやぁあっ!」
ちゅるちゅると音を立てて吸われて、下腹部が大きく波打って目一杯反り返った。
反射的に体が跳ねると、那月が小さく悦の入った声を漏らして中の那月が大きくなるのが分かる。元から大きいからもっと苦しいけど、気持ちいいんだと思ったら嬉しいし、硬くなるだけで気持ちいいところがびくびくと当たって達してしまいそうだ。
「…っ…なつ、動いて……ひゃ、ぁん、ぁああ……も、胸でイッちゃうの…やだ…からっ…」
「んぅ……恥ずかしいの…?ほら、お外で走ってるときイッちゃったでしょう?僕はあっちの方が恥ずかしいと思うなぁ」
思い出したら恥ずかしくて腕で顔を隠す。
「…うう、那月のばか…我慢できなかったんだから仕方ないだろっ…」
「だったら、ここも、出ちゃったら仕方ないよね?」
直後、今度は左胸を強く吸ってくる。
「ぁああっ、イッちゃ……イッちゃう…」
痛くなるほど指で弄られたあとで舐められると沁みてきて、その痛みさえ快楽に変わってしまう。
「…んん……ふぇ…ぁあ、那月、ぁ…ぁっ、あん…」
先に舐められていた方の先端が腫れるようにぷっくりと赤みを帯びていて、那月の唾液で濡れている。そこをぎゅっと摘まれて、びくんと顔を反らした。
「やぁああん…っ!!」
腰を浮かせて熱い熱を吐き出せば、唇が離れてくちゅと下に手が滑ってきて精液をたっぷりつけた手で俺のものに触れてくる。
「はぁ……ぁっ、…ぁあっ…な、に……まだ、だめ、触るなっ…ぁ、ぁああっ!」
敏感すぎる体のせいで目の前が真っ白になって、意識が飛んでしまいそうだ。
「もう1回、僕より先にイッて…?」
「むり、も、だめっ……ぁっ……っ……ひぅ…」
先をぐりぐりと親指で刺激されて、本当に意識を飛ばしてしまった。