たった一輪になろうとも 後編

化粧台の傍に障子の出窓。そこに薄っすらと移るのは部屋の橙色の明かりと、空から照らす淡く黄色い光。
発情を経験してから、もう何度目かの満月だった。
すっと開かれる扉でぼんやりと灯る光と影が揺らめいて、今日の客が誰かを告げる。
「入って、いいかな?」
ゆったりと話す低く艶めいた声音に、布団に寝転んだまま、つんと振り向かずに悪態を吐く。
「遅い…!もう来ないかと思った」
「ごめんごめん、機嫌直して」
とん、と襖を閉める音がすると、後ろから体を倒され、宥めるように頬にキス。
レンは出会った日が満月だったからか、それから満月の夜に必ずやってくるようになった。
記念日のようなものだよ、とレンは軽く笑うけれど、月は好きじゃないから、月にちなんだ記念日なんか作るなって怒った。
でも、この日にレンが来てくれるだけで、紛らわせてくれるものがあるのも確かで。
「……いいよ、来てくれるだけで嬉しい」
だけど、レンは多くは抱いてくれなくて、思い出したように一度、二度。一度もないときもあるほどだった。だから、レンが来るときは俺の月一度の休日のようなものになっていて、それは素直に喜べるものじゃなかった。
早く、月日が流れてしまえばいい。快楽に身を任せていると、あっという間に時間が過ぎるから。
そして、また繰り返す――発情。

はい、お土産と渡されたのはピヨちゃん饅頭と呼ばれる、中にカスタードが入ったひよこをかたどったお菓子。
レンは俺が男だって忘れてるんじゃないのかと思うほど、お菓子やかんざし、花束など女が喜びそうなものを買ってくる。
まぁ、食べ物はおいしいからいいけど、ぬいぐるみを持ってきたときは要らないって突き返すことしか出来なかった。
「食べていい?」
「そのために買って来たんだから」
包みを剥がして箱を開け、一つ差し出されたそれを受け取って、ぱくりとかぶりつく。
饅頭の皮の部分がこんがりと香ばしく、また、甘みたっぷりのカスタードが口いっぱいに広がって、ピヨちゃんのお尻の方からカスタードが飛び出した。
「うまい」
手についたカスタードを舐めていると、レンに手を取られて舐めそこなったそれをぺろりと舐めてくる。
「うん、本当だ」
わざわざ舐めなくたって食べればいいのに、こういうのがしたいがために買って来るんじゃないかってよく思う。
おどけながら受け流してみれば、レンが頬に触れてきて心配そうな顔で言った。
「前も、思ったんだけど……少し、痩せたんじゃない?」
今度は着物の襟をずらして晒した肩をそっと撫でてくる。
そこまで骨ばっているわけじゃないけれど、発情してしまうせいで、相手の数が増えているのだからそうなるに決まっていた。
「だったら、レンがいっぱい土産持って太らせてくれよ。多少、肉付きいい方が見栄えもよくなるってもんだ」
「そうだね。子猫ちゃんは何が好きなんだい?」
「さかな?小魚がいい。骨まで食べれるやつ」
それだったら、龍也さんの手を煩わせることがないし、カルシウムが多いって聞いたから。
「小魚じゃあ、まるまるっとはならないんじゃないかなぁ。だけど、子猫ちゃんの希望とあれば、いいものを用意するよ」
言いながら、頬を撫でた手が長い髪を梳いてくる。
この金の髪がレンは好きらしい。
手入れしてくれる人が居なければ、傷んでしまう脆いそれ。
それは体だけじゃない。
同じ青い瞳を持っているのは何かの縁なのかな、とレンは嬉しそうに笑う。
子猫ちゃんじゃなくて名前で呼べと何度言っても聞いてくれなくて諦めた。たまに思い出したように拗ねてみせれば、手を取られて抱きしめてくる。
そんな何気ないやり取りで緩く流れていく時間にもどかしさを感じながら、龍也さんに受け取ってもらえなかった手をレンへと伸ばす。
贈り物をよくしてくれて、俺の体だけが目的じゃないレンは月宮姉さんの言っていた言葉には当てはまらなかった。
発情してしまう体は辛くても、心は、満たされる。
レンと居ると、そういう気になれたんだ。

伸ばせば重ねてくれるレンの手に安堵を感じながら、その一方で与えてはもらえない身請けという名の解放に俺は何が辛いのか分からなくなっていた。
レンに部屋に篭っているのはよくない傾向だと言われたのもあって、まず手近なところで音也の部屋に遊びに行くようになった。狭い自分の部屋から離れたおかげか、視野が広がって、どんよりとした空気から周りが明るくなったように感じた。
だけど、二階によく行くようになってから知ったことはいいことだけじゃなかった。
それは俺の馴染みが浮気しているところをたびたび見かけるということ。たまにではなく、たびたびだ。
俺は怒っていいはずなのに、楼主にはお前には客がつかないから大目に見ているんだ、と言われた。
どうやら浮気されているのではなく、俺が浮気相手にされているようだった。通りで、客を取るようになってから初めて来た客たちになんとなく見覚えがあったはずだ。
人の馴染みを奪ってまで金を稼ぎたいとは思わないのに、暗黙の了解かのように廊下で会っても、そ知らぬ顔をする。
発情してしまう体が辛いのもあって咎められないのもあるけれど、俺に身請け話が来ないことからも分かるように、初めからこうするために隔離するように設けられた部屋のせいで、余計にそうしなければいけないと思ったんだ。

音也と俺の共通の馴染みがいるかもしれないだけに会いづらいけど、たまに遊びに行くたびに音也はすごく喜んでくれて、本当に気兼ねしないやつで助かっている。
最近では客にゲームを貢がせたらしく、テレビゲームによく誘われて、今日も仕事明けの早朝に、人目を気にしながら風呂上りに音也の部屋に寄って、まだ真っ暗なままのテレビの前に腰を下ろしたところだった。
音也はというと布団の上で寝転んで、眠そうな目を擦っている。
「俺、あんまり出来ないかも。マジ眠い…」
「お前なーまた俺に進ませようとしてんだろー」
ゲーム機の電源を入れて、リモコンでテレビをつければ、そこにはたくさんの楽器を構えている人たちが現れた。特に気を留めることもなく、チャンネルを外部へと変えようとした直後、画面が切り替わり、中央に見知った顔の人物が映っていた。
昔よりも伸びたミルクティー色のふわふわした髪をサイドで一つに結び、引いた画でも目立つ長身で胸に手を当てて舞台で歌う姿。マイクをつけていないのに、スピーカーからは安定した芯の強い声が響いていた。
オペラ歌手、四ノ宮那月――。
那月はこんな声だっただろうか。
「すごい上手だねー」
そう言いながらも、あくびを繰り返す音也に声を掛ける。
「悪い、これだけ見せてもらいたいんだけど」
「ん、いいよー寝ちゃってたらごめんねー」
もぞもぞと布団を被る音也はすでに寝る気満々らしく、適当に相槌を打ち、テレビへと向き直る。
那月は変わらず同じ翡翠色の瞳をしていて、時折、目を細めて歌う。
レンに手紙を送ることもあるし、それと同じように那月にも出せないかな。
何のために?
二年前、俺を見捨てた男を手玉に取るために決まっている。

読んでもらえるかも分からない、俺だと気づくかも分からない、そもそも覚えているかも分からない。
そんなことを考えながら、自分でも読めそうにないカクカクした字で書いた文。
『なつき、てれびでみた!おれはしょう、おぼえてる?ぜんぜん、あいにきてくれなくてさみしい…おかねないならおれがだすから、いっかいくらい、かおみたい』
この内容をチェックされるのは恥ずかしくても仕方ないけど、龍也さんにあて先を書いてもらって、俺だと分かるように封筒には猫の絵を描いて、これまた力が入りすぎてカクカクした字で「しょう」と書いておいた。
龍也さんに花代を持ってやる必要はないんじゃないかと言われたけれど、それぐらい、発情する体が辛いんだと返した。
月宮姉さんが龍也さんは俺のことを子ども扱いしてるって言っていた通り、子どもの頃の方が処理してくれていたのはまだ穢れも何も知らない子どもだったからだと、今はもう考えないことにした。
だから、龍也さんに体を洗ってもらって気持ちよくなっても、唇を噛んで声を殺して、ねだることはしない。
出してって、潤んでしまう瞳で訴えてしまうのは本能だと自分に言い訳をして。

結局、あて先まで書いてもらったのに、楼主に見せたらダメだと言われてしまって、客を増やすためだと言っても聞き入れてもらえず、二重に恥ずかしい思いをするだけだった。
そんなことよりも神宮寺をモノにしろと。
若いうちに身請けされる方が、ちまちまと客を増やして長期的に稼ぐよりも、あとになって売れ残る可能性が低くなるし楼主にとってはそっちの方がいいんだろう。
那月に出せない代わりにレンに手紙を書くことにする。
『明るい満月のときだけじゃなくて、たまには月のない日も会いに来いよ。レンがいないと、流石のおれでもくらやみにのみこまれちまいそうだ』
そう書いて楼主に渡したら、龍也さんにあて名を書くように言いつけた。
どうやら、今回はこれでいいらしい。
手紙を書き始めたときは、カタコトで書けと何度も書き直させられたけど、レンがそれとなく言ってくれたようで、書き直させられることは減った。

そうして出した手紙のおかげか、満月以外の日もたびたびレンが来るようになり、楼主はよくやったと柄にもなく褒めてくれた。
出窓の傍に座るレンの足をまたぐように向かい合わせに座って、腰に腕を回されても解かれはしない帯が切なかった。
そっと障子窓を開け、レンの肩に頬を乗せて、傾き始めている欠けた月を眺める。
思い出すのが嫌で目を背けていた月。
でも、レンと居るときぐらい、少しだけ見てやるのも悪くないなって思えた。
たぶん、レンの甘い香水が安心させてくれるから。
「手紙にもあったけど、月が好きになったのかい?」
「んーレンと見る月は……好き、かもな」
身請けも、水揚げも、馴染みになってくれるって期待させるだけして、会いにすら来なくなってしまったあいつ。
お前がちんたらしてるから、俺の身請け先はレンになるんだ。
もう押入れに仕舞いこんだ、アレを捨てても怒られることはない。
「妬けちゃうね」
ぽつりと呟かれた一言に笑みがこぼれる。
「違う日にしろって言ってんのに満月の日にばっか来るやつの言うことじゃねえな」
「うん。俺は月を好きになって欲しいんじゃなくて、早く来ないかなって、少しでも俺を思い浮かべてくれる日があればいいなって思ってのことだからね」
来てくれると分かっている日に来られなかったというのは本当に堪えるから嫌なんだけど、レンはそういうことがないからマメだと思う。
「レンは俺のこと、どう思ってる?」
「どうって随分、漠然としてるね。今の、聞いても分からない?」
窺うように、俺の方に首を傾けてくる。
「ちゃんと、知りたい」
青い瞳がすっと閉じられて、表情が笑んでいく。
「そもそも俺は猫派だからね。ずっと傍で見守っていたい存在、かな」
ずっと傍で。
その言葉に、安心して本題に入れる。
今は夜の仕事をしているから、毎日のそれが少ない日に発情してしまうだけで、レンの家に貰われて絶対数が少なくなったら段々慣れていくはずだ。だから。
「身請け、したいって思う?」
「ん、したいとは思ってるんだけどね」
即答はされても、煮え切らない言葉に抱きしめる力を強めれば、レンはううんと唸った。
日本を担っているほどの大きな家に生まれたレンには立場があるのに、レンはもう、二年近くも俺のところに通ってくれている。
「通うのは黙認してくれても、なかなか、ね」
獣憑きで、しかも男なんて、認めてもらう方が難しいのは分かってる。
でも、きっと、いつかは貰ってくれるって。
「……レンが俺のものになるの、待ってるから…」
「それは、違うよ。今までも、これからだって俺は子猫ちゃんのものだよ」
制約なんて初めからなかったかのように、レンにだけ唇を許す。優しく触れるように撫でるように重ねて、レンのシャツのボタンを外していく。
何で発情してしまうんだろうと思いながら、早く心を満たしてと今日もまた俺から誘うんだ。

レンがよく来てくれるようになれば、必然的に発情してしまう頻度は上がり、楼主はそれが狙いだったと言わんばかりに客を詰め込んでくる。
俺は俺で浅ましくも男を求めてしまう体にうんざりしながら、気持ちよくしてくれる相手をただ部屋で待ち続ける。それが今の俺の日常。それなのに、客が全く部屋にやって来ず、ずっとごろごろしているだけで、お預けされているような気分になってきた。
どこまで行っても人間になれそうにないよ、月宮姉さん。
せめて動けるうちに客の催促へと赴く。
張見世に出なくても部屋に居れば、客が来るんだから例え相手を選べなくとも便利なシステムだと、今更ながらにそう思った。
階段に足を踏み入れると下が妙に騒がしくて、耳を澄ませながら着物を引きずって降りていく。
「どうして僕のことを伝えてくださっていなかったんですか?どんな思いで僕が会いたいのを我慢していたか」
「日向、締め出せ」
「そんな……せめて、お話だけでもさせてくださ――翔ちゃん!」
一階にたどり着いたとき、真っ先に目に入ったのは龍也さんに連れて行かれそうになっている、那月だった。
スーツの上にコートを着ていて、サイドで結ばれた髪にはドット柄のシュシュ。
それだけを確認して出たのは「え?」なんて、間の抜けた言葉。
何が起こってるのか分からずポカンとしていると、楼主がお前は上に行っていろと体を反転させてくる。
顔だけで振り返って目で那月を追えば、那月が手を伸ばして叫んだ。
「待って、やっと会えたのに、行かないで…!翔ちゃん、翔ちゃん、翔ちゃん」
那月が泣きそうな顔で呼ぶから楼主の脇をすり抜けて走った。
秋の風が吹きぬけ、ひんやりとした肌が途端に上気で火照る。
月は空になく、花街のそこかしこにある提灯と、背後から照らされる妓楼の明かりだけだった。
「部屋に戻れ」
「ごめん、龍也さん」
俺がわがままを言えば、龍也さんが折檻させられてしまうかもしれない。
でも、ここで押し通さなければ、もう二度と会えない気がする。
この体じゃ、客は多い方がいいに決まってるんだ。
伸ばされた那月の手に触れれば、強く握り返してくるから空いた手で那月の手を撫でる。
「なつき、あえて…うれしい…」
声が震えるとは思わなかった。たぶん、羽織を忘れた上に裸足で寒くて、龍也さんが怒ってるかもしれないから。そのせいで、那月を見つめることしか出来なかった。
軽々と龍也さんを押し退けて、抱きしめてくれる温もりに、やっとで迎えに来てもらったような気がした。
俺はきっとレンに貰われていくから、これで心残りがなくなってすっきり出来るんだ。

龍也さんと楼主が何かを相談している一方、那月は静かに目を閉じて鼻先を首筋に摺り寄せてくるだけだった。
「な、てがみ、とどいた…?」
「手紙って…?」
このタイミングで会いに来てくれるなんて、手違いで誰かが俺の手紙を那月に出したのかと思ったけど、那月は首を傾げてしまった。
「えと、おれがお金出すからって…書いたんだけど…」
「お金……そんなこと気にしてくれていたんですか…?大丈夫、ちゃんと僕が払います。それより、羽織も着ずに寒いでしょう?」
「うん、あっためて」
ぐっと体を抱き寄せられたかと思うと、抱っこするように持ち上げられてしまう。
片腕に乗せられる形になって不安定で慌てて那月の肩につかまった。
「お、落ちたらどうすんだ!」
挿絵
「ふふ、翔ちゃん軽い。絶対落とさないから安心してください」
柔らかく微笑む那月に無事に妓楼まで運ばれて玄関に下ろされると、那月は龍也さんに案内されて階段を上がっていった。追い返そうとしてたのに手の平を返すようにして何が始まるのかと思えば、楼主から初会という扱いで様子を見ると告げられた。
初会とはただの宴会のことで、俺はお酌すらほとんど経験がないのに、何をそんなに警戒することがあるのか分からなかった。
準備が出来るまで部屋には行くなと待機させられている間、楼主は相手が終わったら話がある、とだけ残して部屋を出て行った。すると、入れ替わるように龍也さんが様子を見に来てくれた。
「……四ノ宮は過去に暴行事件を起こしてるんだ。だから、弾かれた」
暴行事件…?
「もしかして、せいてきな…?」
「いや、普通の、と言ったらおかしいが複数の相手を病院送りにするなど、中学、高校とたびたび補導されている」
弾かれたってことは嗜虐趣味の持ち主だと判断されたということで、そのせいで俺に会いに来ても追い返されてたってこと?
俺が、那月に身請けしてもらえるかもって気にしてたから黙ってた…?
でも、いかにも危なそうな人が見世物小屋に顔を出すことはあるし、そんな人に身請けされていく獣憑きも居るのに、わざわざ嘘吐いてまで隠す必要なんてない。
那月が楼主に訴えていたこともよく分からないし、何か別の理由で俺から那月を遠ざけていたとしか思えなかった。
「あれでオーナーはお前のこと気に入ってるからな、危険な人物には極力会わせたくないんだ」
違う。俺にだけ龍也さんのような世話役が居る意味だって、気づかないようにしていただけで薄々分かってた。
着替えや風呂を手伝ってくれるのも時間を節約して多くの客を取らせるためで、尻尾を触らせないのは汚れた場合、洗わなければならなくなって客の回転率が悪くなるから。口を使わせないのは本当の意味で心を荒ませないためだって。
浮気のことだって、全部、全部、部屋に閉じ込めて金を稼ぐのに都合がいいからなんだ。
俺自身を気に入っているわけじゃない。
「りゅやさんは…那月のこと危ないって思う…?」
「俺か?力は強いと思うが、んなもんは使い方次第だからな。一つ言えるとしたら、俺やほかのやつに聞くよりも、お前が四ノ宮に対して抱いた印象を大事にした方がいいんじゃねえか」
「……那月は、優しい、と思う…」
少なくとも楼主や、実の親よりは。
俺にはそれだけで十分だった。

今まで芸という芸を教えられたことはなく、俺は上座でお飾りのように座っているだけだった。
そもそも初会というのは、顔合わせのようなもので客と話すことさえ出来ないのが通例。
だから、那月は那月でほかの獣憑きに三味線を教えてもらい始めて、正直つまらなかった。
何で、ほかのやつと楽しそうにしてるのを眺めてなきゃダメなんだ。
つーか、めちゃくちゃではあるけど、なんとなく曲が弾けているような…。
曲は俺が知ってる数少ない童謡の一つ、『いぬのおまわりさん』で、それは音也がよく歌っていた。
音也がおまわりさんで、迷子の子猫が俺。帰る家が分からないなんて、全くその通りだと今ならその配役にも納得できるけど、和やかな雰囲気にはとてもなれず、段々とイライラが募ってきた。
「翔ちゃんも弾きませんか〜?僕が弦を押さえますから、翔ちゃんは撥で」
「那月さん、姉さんは――」
「やる」
え、でも、と言い淀む新造に下がれと手を振って外に追い出せば、廊下で新造と話す龍也さんの声。
様子を見るとか、通例とか、俺にはどうでもよかった。
客相手にすることは一つしかないし、どこからどう見ても優しそうな那月が嗜虐趣味の持ち主なわけない。
那月の傍に行くと、胡坐をかいた足をぽんぽんと叩くからそこに座って、那月の胸に背を預ける。
体を包み込むように三味線が前にやってきて、じゃあ、何弾きたい?と窺い見てくる顔が本当に柔らかく、声が、優しい。
「いぬのおまわりさんはいや!」
「あぁ!それで、むくれてたんですね…!この曲は…初めてここに来たときの僕みたいだなって。だから、愛しいんです」
「なんで?お前は、人間だし、なつきって名前もある」
「うーん、自分が何者か分からない感覚っていうのかなぁ…。それじゃあ、チューリップでも弾いてみよっか」
那月は微笑んで、撥を掴んだ手を握ってくる。
躊躇なく俺の手に触れた人は、龍也さんの次に那月だった。
それだけでも特別だと思える理由になってしまうから、いつまでもぬいぐるみを捨てられなかったんだ。
体を揺らしながら、ノリ良く弾く那月はもう感覚を掴んでしまったのか、音が飛ぶこともなく綺麗に弾いてみせた。
二番に差し掛かって、そういえば那月はオペラ歌手だったんだと思い出す。
「なつき、歌って」
はぁい、と間延びした返事から想像しやすい声で、那月はテレビで聴いた歌声とは違って、明るくリズミカルに歌う。
任せるままに弦を弾けば、ティン、ティンと高く鳴る音。
棹に押さえる場所が振られていないのに、迷いなく弦を押さえる那月の指を眺めていると、「翔ちゃんも一緒に!」となんだかとても楽しそうだから、カタコトの演技を交えつつ声を重ねる。
はたからすると色事に関わりのなさそうな宴会風景でしかないのに、部屋の外に聞き耳を立てると、取り越し苦労であるならそれに越したことはないが、とまだ判断しかねる様子だった。

童謡は短いため、すぐ終わりになってしまう。
「おまえ、すげえうまいな!」
「ふふ、翔ちゃんもキュートで上手ですよぉ〜」
「本当か〜?きいてるからもっと歌って」
撥を無理やり離して体重を預けると、那月は迷うことなく違う曲を奏で始めた。
軽快な曲調のそれは、また俺も知っている童謡、『森のくまさん』だった。
勿体無いぐらいの伸びやかな歌声で、知っているようで知らなかった歌詞が耳に入ってくる。
歌が関係あるのかは分からないけど、熱い何かが迫り来るような気がして息が上がってきた。
あぁ、背中の温もりにお預けされてるような、この状況が辛いんだ。
「おれ、くまさんに襲われるかもしれないからあぶないよって歌だと思ってた」
「それで合ってると思いますよぉ」
「おとしもの届けてくれたのに?」
那月がくすっと笑う。
「油断させるため、だったりして、ね?」
それはまるで常に笑顔を携えている那月自身のことを言っているように聞こえて、背筋がぞくりと震えた。
一度だけ、那月が別人のようになってしまったときと少し似ている。
あれは、那月の裏の顔?それとも、本当の顔?

「ここ、翔ちゃんのお部屋ですか?」
ふっと那月が部屋の中を見回してそう言うなり、するすると開いた襟から撥を持った手が入り込んできて、撥の冷たさに飛び上がった。
「ひぁっ!ちが!」
途端に興味なさ気にそうなんですかぁ、と生返事。
ここは三階の空き部屋で食事の膳と三味線以外、ほとんど何もなかった。行為の道具どころか、布団さえない。
那月は横に三味線を置くと、肩に触れてきて、覗き込むように擦り寄ってくる。
「こんなにお着物の襟をずらしたら、こっちからだと乳首さん丸見えですよぉ?色は暗くてよく見えませんね〜」
撥の先で潰されて、小さく息が漏れてしまう。
「ぁぁ…うう、いま、はだめっ」
俺の言葉にあっさり手を抜いてしまった那月が耳に吹き込むように囁いてくる。
「うん?ダメなら、さっきから翔ちゃんの尻尾さん、僕に擦り付けてくるはどうして?」
那月の太ももに垂れた尻尾が撫でるようにゆっくり揺らめいているのが目に入って、普段なら誘ってるんだと軽く言ってしまえるけど、廊下で俺たちのやり取りを聞かれているはずだった。
「ねぇ、これって、どういう意味ですか…?教えてください」
ちゅっちゅと耳の付け根辺りに何度もキスされて、逃げるようにずり下がれば、膳に足がぶつかってしまう。
「しらないっ!」
「じゃあ、無意識ってことですよねえ?翔ちゃん、逃げないで僕を見て?」
そっと那月を見上げれば、那月の胸に耳が擦れて、思わず高い声が飛び出した。
「お耳さん弱いんですか〜?こことか、気持ちいい?」
言いながら、顎の下を撫でられて、くすぐったくて力が抜けていく。
「ふぁぁ……やだぁ!」
「気持ち良さそうなのに?」
焦れて、焦れて、我慢の利かない体に耳や撫でられているそこから広がるように熱が灯っていく。
この体勢は龍也さんに体を洗ってもらうときと同じで、そのときにはある強い快楽がないことが不満だった。
「えっちぃこと、したくなるから、やなの!」
ホントウハシテホシイクセニ。
「ふふ、僕は触っちゃダメみたいですから見ててもいいですかぁ?それにほら、僕が我慢できたら、認めてもらえるかもしれませんし」
見てる、ってそんなの。
「恥ずかしくて、できないよぉ…」
「困ったなぁ…そうだ!お店の人に僕と翔ちゃんがえっちしてるところを見ててもらえば、安心じゃないですか?」
「!?」
情緒の欠片もないことを言い出した上に、名案だとばかりに那月が俺を起こして席を立つから追いかける。
「待って、那月!」
襖を開いた先には龍也さんが待機していて、新造や楼主は居ないようだった。
龍也さんに客としてるところを見られるなんて絶対嫌だし、今、発情してるなんて知られたくなくて、那月の腕を掴んで隠れるように下がる。
そう思いません?とにっこりと微笑む那月に対し、龍也さんは顔をしかめて立ち上がった。
「そんな趣味のやつはいねえから無理だな」
狭い廊下に見上げるほどの背の高い二人が居るだけで圧迫感があって、見慣れているはずの龍也さんでさえ少し怖いと思うのは気のせいなのか。
俺も何か言わないとと思うのに、龍也さんの前で言葉が出てこなくて那月を掴む手に力が入る。
「でも、盗み聞きする趣味はあるんでしょう?」
「ただの宴会で聞かれちゃまずいことでもしようってのか?それこそ、追い出さなきゃならねえぞ」
ばちばちと火花が散っている気さえするこの状況に息を呑むと、那月も負けじと反論した。
「翔ちゃんが声を上げても無理にやめさせようとはしなかったじゃないですか。融通を効かせてくれているのかと思いましたけど、違いましたか?」
「本当に嫌がってるかどうかぐらいは誰でも分かるだろう」
「……でしたら、翔ちゃんがすっかりその気になっていて、このままだと辛いだけってことも、あなたも男性なら分かるでしょう?」
龍也さんは息を吐いて、「お前はどうなんだ?」と問いかけてくる。
「…し、下で言ったとおり」
那月は優しいと、思う。たぶん。そんな曖昧な表現しか出来ないけど、発情が辛いって龍也さんは汲み取ってくれるはずで、龍也さんはオーナーには俺から伝えておく、と踵を返した。
楼主が初会だと言ったのに、先に伺いを立てなくてもいいのかと龍也さんの背を見つめていると、那月が手を引いて小首を傾げた。
なんとなく気まずいまま、自分の部屋に那月を連れ込んだ。

「んぅ……ねえ、翔ちゃん…僕、一つでも無くなってたら怒るって言いましたよねえ?」
「ぁんっ、しゃべんないでえ…!」
帯を解かれて開かれた着物はそのままに、那月はお仕置きだと言って中には挿れてくれず、布団の上で上下さかさまに組み敷かれて、自身を口に含まれていた。口でされるだけならたまにあることでも、汚れるからとスーツを脱いで、ズボンと下着を下ろした状態で、眼前に那月のものを突きつけられている。
俺は口ですることを禁止されているから、こんな近くで誰かのものを見ることもほとんどなかったし、どうすればいいのか分からなかった。
「…ふ、ぁあ……」
ぴちゃぴちゃと舌で舐めるだけの愛撫に、全く触れられていないときよりも焦らされていることに涙が滲んでくる。
「翔ちゃん、答えてください。一つもないのはどうしてですか?」
熱い那月の吐息が掛かり、太ももの付け根を撫でられてぴくんと体が跳ねた。
「…なくなってない、隣の部屋にあるだけっ!」
と言っても、空き部屋の押し入れに閉じ込めていて見せられたものではないけれど。
「なら、帰るときに見に行きますね〜。今は初めての翔ちゃんのおちんちんが大事ですから」
久しぶりに有り付けた食事かのように、那月がぺろぺろと舐ってきて抗議の声を上げる。
「やん、にゃつき、や、舐めるのやぁ!」
「はぁ……とってもぴくぴくしてて、喜んでるように見えるけどなぁ…僕のはどうですかぁ?翔ちゃん、ちゃんと見てる?」
「にゃ、なつきの、も……ぴくぴくしてる…うう、これ、挿れてよぉ…!」
赤らんで血管が浮いてきたそれに触れて、ごしごしと擦るように動かしていく。
「あ、あぁ…翔ちゃんのお手手、気持ちいいです…!ほら、翔ちゃんのここ、濡れてきましたよぉ」
先端を指でつつかれて、とぷと更に溢れている気がするそれを熱い舌で舐め取られて、背筋が反れた。
「ひゃぁっ!」
反動で那月のものが頬にぶつかって、ねっとりとした感触がする。
「あ、翔ちゃんは舐めちゃダメですよぉ?」
那月はそう言いながら、頬にずるずると押し付けてきて、なんとなく危険だと思われていた理由が別の意味で分かったような気がした。
これが天然ってやつなのか…?
「ぁ、ぁう……なつきのちんちん、おっきぃ…」
初めは痛いばかりだった情事も、今では気持ち良さそうだと思ってしまえるのだから月日の経過を思い知らされる。でも、まだたったの二年と少しだ。
「そんなこと言われたら、僕…」
根元をぎゅっと握ったまま、じゅるじゅると吸われて、つられて腰が浮き上がった。
「ひぁぁあ…!やらぁ、にぎるの、だめ!なつき、だして……にゃっ…!しぽ!」
腰を揺らして那月に押し付けようとすると、布団から浮かないように体を押さえつけられて、下に垂らした尻尾の根元から僅かな部分の尻尾を踏ん付け、反射的に宙を蹴り上げた。
「んっ……わぁ、翔ちゃんのびくってしました…!」
咥えていたのを離されたかと思うと、尻尾を布団に擦り付けるように体を揺らしてくる。
「ぁんぁん、やぁ、ぁあ……あ、ぁ、なつ、んぁ…ぁあっ!!」
今までのじれったさから考えられないほど、根元から伝わる強すぎる快楽に呆気なく熱が飛び出してしまった。
那月に掛かったんじゃないかと思ったけど、那月は手をかざしていてあまり掛かっていないことにほっとしながら、待ち望んでいた開放に全てを出し切る。
「ふふ、我慢してた分、きゅきゅ〜ってしてたよぉ」
とろりと垂れる白いそれを指で掬って舐め取る那月は、苦いといいながらも楽しそうに微笑んだ。
「…あぅう……」
「あれ、恥ずかしいの?でも、翔ちゃんの方が積極的でしたよねえ?挿れて、出してって、と〜ってもかわいい」
先端にちゅっとキスされて、すっかり飛んでいた羞恥心が湧き上がってくるようで、那月のそれを押し返す。
そのついでに、近くに転がっているコンドームを那月に投げつけた。
「や!なつき、いじわるばっかする!!」
頬を膨らませれば、那月までも同じように頬を膨らませた。
「ぬいぐるみさんを隠した罰です!僕だと思って大事にして欲しかったのに…」
「うー…ぬいぐるみだけあってもさみしいだけだ!」
那月はコンドームを手に取りはしたものの、それを俺のお腹の上に置いてしまって、まだつける気はなさそうだった。
早く挿れて欲しい俺に出来ることはおねだりだけで。
「……な、なつきのちんちんで、おれに幻じゃないっておしえて…?」
小さく掠れた声でそう言うと、ぽたぽたと那月の先走りが頬に落ちてきた。
早く、早く。もう、お前も限界だろ?
「しょうがないですねえ…」
那月の指がくぷ、と秘所に入ってきて、足を浮かせて力を抜くように息を吐けば、那月がローションのボトルを取って、動かないでね、となぜか尻尾の先端に掛けてきてその冷たさに飛び上がった。
「なんでしぽぉ!?」
ちらりと顔を覗かせた那月は眉を下げた。
「翔ちゃんのここ、小さくって怖いんです」
あぁ、嫌な予感がする。
「へいきだから…!」
叫ぶようにして言っても、那月は小さく首を横に振った。
「僕が翔ちゃんに痛いことしないって分かってもらうためには、念には念を入れないといけないでしょう?ほかに道具もないですし、まずは、尻尾さんが入るかどうか僕に見せて安心させてください」
尻尾が入るかどうかなんて、一度入れたことがあるし入るに決まってる。
でも、あの時は龍也さんが無理やりそうしてきただけで、客である那月は尻尾に触れない制約がある。
つまりは、自慰のようなことをしろと言われているわけで。
それにしても、どうしてそんな発想になるのか。
いや、獣憑きとすることに面白がってるだけか。
「そなの、できない。指でしたらいいだろー?」
自分の両膝の裏を掴み、恥ずかしいところを晒して、尻尾を揺らめかせる。
「あぁ……翔ちゃん、おねだりがすっかり板について…こんなところに長いこと居たからかなぁ…」
こんなところ、って。
確かに外の人から見たらこんなところかもしれないけど、俺にはこれしか出来ないのに。
今までの自分の全てを否定されたような気になってきて、カチンと来た。
「お前が見捨てたからずっとここに居るんだろ!身請けしてくれるって言ったくせに!」
もう那月としたくないって言えたのなら良かったのに。出したばかりとは言え、焦らされて火照りに火照った体のせいだ。
とにかく足を離して長襦袢で体を隠すと、那月はカタコトでないことに不思議がりもせず、また、謝ってくるどころか、満面の笑みを浮かべた。
「とっても嬉しいです!翔ちゃんは僕を待っててくれて、だからこんなにも僕とえっちしたがるんですね…!」
正直、ついていけないけど、那月の興奮が目の前でぶら下がるそれに表れて、笑顔とは真逆の凶器のようで奥がずくんと疼いた。
本当に体は素直で分かりやすいと内心苦笑していると、那月は思わぬことを言った。
「そっかぁ、良かったねぇ…良い人たちに可愛がられてる証でもありますから、安心しました…!」
安心…?何が、どういう風に…嫉妬すら、しないのか…?
困惑していると、那月は淡々と、淡々と笑顔を貼り付けたまま、冷たい声で話し始めた。
「そういえば、翔ちゃんが花代を持ってくれるようなことを言っていましたけど、そうすると年季が伸びちゃいますよねえ?」
ひやりと嫌な汗が滲んでくる。
年季……やっぱり那月は、俺のことを身請けしたいとも思ってない?
二年前のあれはただの冗談で、俺がそれに振り回されてただけ?
あぁ、そうだ。あの頃の俺は那月に迎えに来てもらえるって、とらわれていたんだ。
そうして、ぬいぐるみも捨てられず、縋るように未練がましく待ち続けていた自分が惨めで――。
「それって翔ちゃんはずっとここで誰かとえっちしてたいってことですか?」
でも、水揚げ前の俺と、今の俺は違う。
猫だからお前にも誰にも貰ってもらえなくて、獣憑きだからみっともなく発情して。
音也が言うようにここに居れば男は次から次に来て、からっぽのそこを埋めてもらえるんだ。
お前も、その大勢の中の一人になればいい。
いきり立つ那月のものにそっと触れて、頬に摺り寄せる。
「ちがう……なつきにあいたくて、ここに居るのが伸びてもいいから…手紙、かいた。でも、出してもらえなくて…もう、会えないと思ってたのに……那月、お預けしないで…」
那月がいつもの笑顔でくすっと漏らして、裏筋をつーっと撫でてきて身震いする。
「出したばかりなのに、もうとろとろしてる。翔ちゃんとってもやらしい…」
すりすりと頬に押し付けられて、とぷんと溢れてくる先走りが唇についてしまう。
那月が言ったように板がついてきたというのは正しいのか、思ったよりも嫌だとは思わなくて、ぺろっと舐めてみる。
「あ、翔ちゃんダメ!」
「しー…だいじょぶ……内緒な?」
人差し指を立てて言えば、那月は喉を鳴らして俺の手を掴んで、尻尾の先を持たせてきた。
「翔ちゃんの準備が整わないと僕のも入れられませんから……離さないでね?」
まだ尻尾を入れることを諦めていなかったのか、そう言うと強引に尻尾の先を秘所に押し付けさせられた。
那月は俺の手首を掴んでるだけで、尻尾には少し触れただけ。制約を巧みにすり抜けようとしてくるのが少し笑えてきて、同時に新鮮だった。

軽々自分の尻尾を飲み込んで、びくんと体が跳ね上がった。
「あんっ…ぁぁあ……なちゅ、んぁ……っあぁ……やっ…!」
尻尾を離そうとしても、指から握りこむように掴まれていて、勢いのままにずぶずぶと中に尻尾が入ってきて熱い。
声を上げるたびにきゅっと締まって、びくついて、またきゅっと締まる。その繰り返しだった。
視界の端に見える、見慣れているはずの部屋や天井には目を閉じるだけで色んな客の顔が思い浮かぶのに、今は那月に覆われて視界が狭い。
いや、那月の昂ぶる性を前に、尻尾からの快楽と相まって釘付けになっていた。
「気持ちいい?でも、翔ちゃん自分でもっと気持ちよく出来るでしょう?」
「っ……ぅあ、できなっ…もと、ゆっくり……やん、ぁあぁ…っ!」
眼前にある那月のものよりも細い尻尾では引っかかりそうもないのに、どうしろと。
「尻尾の先を動かすだけでいいんですよぉ?」
「さきぃ…?ひぁあっ!!」
言われた通りにくっと曲げてみたら、中のしこりに引っかかった状態で強引に引き抜かれて目一杯背筋を反らした。
先を曲げないようにしようと努めても、気持ちいいと分かっていることをやめるなんて出来なくて。
「かーわい。でも〜先を曲げた状態だと、滑りが悪くて心配ですねえ…たくさん注がないとダメかなぁ…」
那月はわざとらしくそう呟きながら、動かす手を早めていく。
「ふぁ……あん、あっ、……ん、ぁ、ぁはぁ…!」
もっと気持ちよくなるようにと腰と足を浮かせれば、更に奥に入ってきてたまらない。
快楽に身を任せていると、突然勢いがついた手をぱっと離されて、速度は落ちたものの火照る体に求めていた以上の熱に自分で止められなかった。
「ぁ、ぁっ、な、つき……おれ、おかしくなっちゃ…!!ぁん、そこやらぁ…!」
勝手に動いてしまう手に、那月はくすくすと楽しそうに笑う。
「やめたいならやめてもいいんですよ〜?」
「らめ、むりぃ…にゃつ、やめっ……ばかぁ!」
「僕はなあんにもしてないのに酷いですっ!もしかして、翔ちゃん僕にされてるって想像して感じてるんですかぁ?」
那月が自身を頬に当てるように腰を揺らめかせてくるから、煽られて一層激しくなってしまう尻尾の抽出にぐちゅぐちゅと卑猥な音が大きくなる。
恥ずかしい、恥ずかしい…。
「おねがぁ……ぁん、ぁっくぅ……やぁあんっ…!」
叫んでも止めてもらえない手に、堪えきれなくて熱を放ってしまった。
「あらら〜自分の尻尾さんでイッちゃうなんて……ちっとも我慢できない、おちんちんにはこうするしかないですねえ」
呆然としたまま那月のものを見つめていると、まだ出し切れていない俺のものに触れてくる。何かと思って見てみれば、那月が自分ではなく、俺のものにコンドームをつけようとしていた。
「…は?なんで、俺のにつけるんだ!?」
咄嗟に素になってしまっても、那月はマイペースに「翔ちゃんの愛らしいサイズには合わないみたいです…」と呟いた。
カァと赤くなる顔を押して「勃ってないんだから当たり前だ!」と叫べば、那月は自分の髪につけているシュシュを取って、あろうことかゴムの上から根元に巻いてくる。
髪はシュシュの下で別で結んでいたのか、解けておらず、よく見るとミルクティー色の髪に白い液体が掛かっていることに気づく。
もしかして、掛かったから怒った…?
や、止められなかったのは俺だけど、やめてって言ったのに…。
「なつきのへんたい!早くデカチン挿れろ!噛むぞ!」
シャー、と歯を見せれば、那月は「わー翔ちゃんこわーい」と棒読みで笑い、ふにふにと尻尾と繋がっている際を指でつついてくる。
「んーでも、お尻の方もいい具合に解れたみたいですし、ぶかぶかなコンドームさんにみるく出すとどうなるか見てみましょうね〜」
シュシュは通しただけで縛られているわけじゃないから痛くはないけど、那月が「量が多いとずる剥けちゃうかもしれませんねえ」なんて言うから腹立って取ろうとしたら、尻尾を持たされてずるずると引き抜かされた。
そのまま手を握られてむくれていると、那月がやっと俺と体の向きを合わせてくれて、メガネのレンズにまで飛び散っている自分のそれが居たたまれなかった。
本当にちゃんとしてくれるのか不安でちらりと見上げると、那月は僅かに眉間に皺を寄せて汗を滴らせていた。それだけ我慢してたら当然だよな、と少し綻ぶなんて、すっかり騙された気分だ。
何もしていないのに再三上向き始めている俺のものに微笑んだ那月は軽く自身の先走りをふき取ってから、新しいゴムをつけ始めた。

腰が浮き上がるほど足を持ち上げて開かされた状態で冷たいローションを注ぎ込まれ、それだけできゅるきゅる鳴るお腹。
なんとなく秘所を隠すように手を伸ばすと、つん、と那月のものを当ててくるから、それにそっと手を添える。
「僕の、食べたい?」
小さく頷いて、苦しそうに微笑む那月の熱くて硬いのを自分でゆっくりと押し込んでいく。
でも、尻尾よりも強い圧迫感に苦しくて怖くて、那月はこれを心配してたのかと胸が熱くなる。
いつもは痛みや苦しさを感じる前に全部挿れられて気持ちよくなってしまうし、さっき入れた尻尾はそれからも伝わってくる快楽で苦しさなんて飛んでいたんだ。
「ぁ、ぁ……あっ……だめ、たべられないよぉ……なつき、なつき、食べさせて」
先だけ挿った状態でギブアップすれば、那月は「本当に甘え上手」とうっとり呟いて、ぐっと腰を押し込んでくる。
「ぁぁああ……!」
押し広げられるような感覚もそうだけど、ぴっちりと那月の体積を感じて、ぞくぞくと鳥肌が立った。
「ん、思ったよりも解れてて、つるっと入っちゃいました。でも、中は熱くて…一生懸命咥えてくれてる……。慣らしがてら動いてみますから、ゆっくり息してね?」
こくりと頷いて手を伸ばせば、覆いかぶさってくる那月の首に腕を巻きつける。
那月はまるで俺が初めてかのように大丈夫?痛くない?と聞きながら、ゆっくりと腰を動かした。普段ならじれったいと思うそれは、全然そんなこともなく、大きい分、余すところもないほどに気持ちいいところを擦り上げていく。
熱い吐息が頬に掛かり、やっと那月と体を繋げることが出来たんだと、とらわれていた心が開放されたような、そんな心地だった。
あぁ、こんなんじゃダメだ。那月を手玉に取るはずが、気持ちよくされて終わるなんて。
「っ……ぁぁ、んぁ……なつき、強くして」
もっと、強く、深く、求めてもらわないと。
「尻尾さんのときも激しかったけど、そのほうが好き?」
「うん、すき、……ひゃっ、ぁあ……ぁん、ぁっ、……にゃぁ…!」
言った瞬間、ずんと突き上げられて腕がずり落ちた。
揺さぶられて、壊れそうなほど背筋や顔を反らして、枕がぬいぐるみのように見える。
人肌が恋しい体には枕は、それなりに抱き心地がいいんだって。
ふわりと那月の髪が首筋に落ちてきて、それが少しレンを思わせるだなんて、それほどに長い間、那月との間に空白の期間があったということだった。
龍也さんが父親や兄だとしたら、レンは『子猫ちゃん』と呼ばれているせいか、母親のような存在に近い。それだけでなく、秘め事もそう多く回数を重ねることがないし、レンはキスや戯れを好む。
二人とも大切なひと。
なのに、何でぼろぼろと零れてくるんだ。
「やん、ぁ、ぁ…っつき……ひっく……うう、ぁあ…っ!」
荒々しく繰り返される律動にたまらず、熱を吐き出した。
溢れた精液でゴムが取れた気がするのに、余裕のなさそうな顔で口を開いた那月はそのことに触れなかった。
「……はぁ…翔、ちゃん、僕を見て?ちゃんと目を見て、僕を感じて?」
ぐしゃぐしゃな顔を見られたくないのに、じっと獲物でも逃がさないかのように見つめてくる那月の視線に思い切り首を横に振る。
「いやだ……見んな!ひぁあっ…!」
熱い、熱い。荒い吐息、吹き出る汗、零れる涙のせいで胸が、痛い。
力任せに突き上げてくるそれは内臓を抉ってくるようで、那月の全部が俺を欲しいって訴えてる。
俺は、それでしか、相手を推し量れない。
「ダメ、だよ、翔ちゃん。誰にこうされて感じてるのか、喜んでるのか覚えて。忘れないで」
ただ互いが快楽を欲するためだけに重ねていた体と思考がズレる。いや、俺はずっと、強くされるのが好きだった。理由は――。
「僕を、刻み付けて」
「……ぁあんっ!」
一層深く突き立てられて、くぐもった声と共に中に熱が放たれた感覚。
渇いた喉が苦しくて、浅く息をしながら那月を見やれば、そこには暗い部屋に灯る月のように見下ろす那月の、微笑み。
思い出さないように目を背けて、レンに縋ってやっと見ても大丈夫なようになったと思ったのに、今、手を伸ばせば届く距離にある月は宙を掴んで消えてしまいそうに儚かった。
「……翔ちゃんの、またおっきしてる……本当、発情、してるみたい」
コンドームはお腹の上に落ち、シュシュでは止め具のような役目は果たせなかったのか、それだけ抜け落ちずに途中で止まっていた。
「ん……はぁ…はつじょ、きなんだ……もう、出る気がしないのに、さ」
身請けしたいと思うほどに好かれていなくとも、誰でも良いと知られるのは都合が悪いのに。
だって、頭も体も、ナカも、じんじんと熱くて次を求めてる。それは押し切ってまで那月と体を繋げたからなのか、それとも、尻尾で味わった快楽がそうさせるのか。
どちらにしても、早く忘れなければ、今まで以上に物足りなくなる。狂ってしまうほどに、強い、快楽が欲しくなる。
那月はダメだ。それを俺にくれそうだから。
ただじっと見つめてくる那月の体を押し返す。
「那月、抜いて…お前じゃなくたっていい、なんて萎えたろ…」
我慢なんてとっくに出来なくなってると思ってたのに、そう言える自分に驚いた。
那月は身を引かず、逃げるなとでも言うように見据えながら、顔を寄せてくる。唇が触れそうになって、反射的に目を瞑れば、唇を舐められて肩が跳ねた。
「だったら、俺たちでしか欲情できないようにしてやるよ」
目の前に居るのは那月なのに、那月よりも低い声、メガネの奥にあるのは鋭い瞳。
一度だけ見たことのある、別人のように豹変した姿。
次いで、噛み付くように口付けられて、頬に擦り付けられてついた那月のそれに溶けた涙に触れてくる。目を細めて唇から離れると、指についたそれを紅でも塗るかのように唇をなぞられて。
「共犯、だな?」
キスは制約違反だと発する前にそう言われては、那月にダメだと言われたのにも関わらず、自分から舐めてしまったことを思い出して顔から火が出そうだった。
構わず、口付けてくるこいつの舌に翻弄されて、追ってくる舌から逃げれば、尖った歯の裏を舐められて力が抜けていく。ただでさえ、レンとのそれとは全く違う激しいキスに戸惑っているのに、僅かに離れて舌なめずりしたこいつは「へたくそ」なんて言いやがった。
うう、噛んでやればよかった…。
「し、したこと、ねえんだからしゃーねえだろ……つーか、誰だよお前…」
「俺はもう一人の那月…砂月だ」
頭がおかしいのか、ということよりも、昔、身請けしてくれるといったのはこいつだったんじゃないかと瞬間的にそう思い至った。
即答するほどに買いたいと言ったのは『こいつ』で、身請けしたいとは思っていない『那月』という構図が、頭に浮かぶ。
那月――いや、砂月と名乗った男はつけっ放しになっているシュシュに触れて、口角を上げた。
「随分とかわいらしいもんつけてんじゃねえか」
すっかり忘れていたわけじゃないけど、バカにするように指摘されると恥ずかしさが増してくる。
慌ててそれを取ってみると、染み込んだ体液で重く、そのまま砂月に押し付けた。
「もうしないっ!!」
「ふん、那月には散々ねだってたくせに俺は突き放すのか」
低く言いながらも、あっさりと身を引き抜いた砂月はゴムの先を縛り、ゴミ箱に投げ捨てた。
緩く勃ち始めてる砂月自身に目を逸らす。
突き放したのは、お前らのくせに。
「……痛いんだよ…どっちも要らない」
これで終われる。例え、また会いに来てくれることがあったって、楼主が那月をよく思っていないのなら、痛くするから嫌だとでも言えばいい。
「なら、本気で嫌がってみせろよ」
砂月がそう言って、にやりと笑う。
長襦袢を抱き込むように閉じて、覆いかぶさってくる砂月から顔を背けるように横に寝返えった。
砂月は焦らしもせず、長襦袢の上から自身を掴んできて、ぐちゅりという音だけで身を震わせた。
「やだ、んん……も、しないって言ったろ!…あ、ぁ、にゃっ…!」
尻尾を通している長襦袢の穴の辺りを刺激するように緩く布を引っ張られて、びくんと背筋が反れる。
熱い吐息が耳に掛かり、砂月が挑発するように言った。
「どろどろ。どこがしたくないって?淫乱」
図星、だ。こいつら相手に欲情するかどうかじゃない。龍也さんにはもっとと言えなくなってしまった尻尾での快楽が欲しくて、でも、これ以上快楽を植えつけられたら、ほかの客を相手にしているとき、レンに言った『マグロ』が現実的になりそうだから。
「しぽのせい…」
「あぁ、ほかに弄る奴も居ないから、感度がいいのか?」
それこそ違う。今でも変わらず、龍也さんは洗ってくれるし、俺はこれが普通なだけだ。
唇を噛んで、力の入らない腕で必死に砂月の体を押し返して、振りかぶった手が砂月のメガネにぶつかった。
ギロリと睨まれ、ただでさえ鋭い眼光がより強くなり、血の気が引くようだった。
分かりやすくビクついていると、砂月が舌打ちしてずれたメガネを外してしまう。
「……暴れんな。俺は、那月ほど甘くしねえ」
本気で嫌がれと言っておいて、そう出来る気さえしないのに、脅すなんてずるい。
それに、那月が甘いだって…?
前だったら同意したかもしれないけど、もうそんな風には思えなかった。
「ぁ、ぁっ……んん…!」
唐突に尻尾の先に触れられてびくびくと震える体に耐えていると、逃げようと揺らめいた自分の尻尾が視界に入り、さっき砂月に押し付けたシュシュが巻かれていた。
二重に巻きつけられたのか、自身につけられているときよりも締め付けが強くて、尻尾を寄せ、手を伸ばす。
「や……ぅぅ、ひぁあっ!」
ちょうど良かったとばかりに尻尾の先を持たされて、シュシュを無理やり根元に向かってスライドされて高い声が飛び出した。
自分の精液が染み込んだシュシュはぬるぬるして滑りがよく、砂月はシュシュだけを持って上下に扱くように力いっぱい擦り上げてきて、電気のように快楽が走る。
前もぐちぐちと音を立て、跳ねる体に砂月は喉の奥で笑っても、目はちっとも笑っていなかった。
「ぁん、も、むり、い、ぁぁっ……、やめっ…」
「はっ、説得力ねえなァ。善いから手、離さねえんだろうが」
砂月が言う通り尻尾を離せば快楽から逃れられるかもしれないのに、伝わってくるそれが恋しくて恥ずかしい。
「ふ、…ん、お前も、なつきも……意地が悪い…から、いやっ!」
頭が溶けそうで、せめて前だけでも離して欲しくて、無理やりうつ伏せに体勢を変えて、着ていた着物に噛み付けば、言葉にならない声が喉の奥で唸るように掻き消えていく。
「意地が悪い、ねえ?だったら、お前も潔く気持ちいいって言えよ。腰、揺れてんぞ?」
うつ伏せで突き出すような形になったせいで、お尻や太ももに長襦袢越しに当たる砂月のものが欲しくて。
くそ、奥が酷く乾く。
「嫌だっつって…んだろ……くぅ…」
マグロにでもなって客が取れなくなったら、借金が減らないどころか、龍也さんが折檻されるだけでなく、下手したら格下の河岸見世に売り飛ばされる可能性だってある。
獣憑きへの偏見に直に晒され、ここで弾かれていた嗜虐趣味の奴らが来るかもしれない。
少なくともここは、そういう目から守ってくれる場所でもあるんだ。
「そんなに嫌なら挿れてやらねえけど、いいんだな?」
互いにとって、否定という期待が混じってそうな問いにぐっと堪えて搾り出す。
「……んぁ……っいい…」
唇を噛んで言えば、やっとで尻尾や自身の愛撫が止まり、布団に突っ伏した。
着物やシーツが涎や涙で濡れていて、少し、気持ち悪い。
大きく息を吐いて、せめて腰だけでも下げようとしたのに、垂れ下がる長襦袢を捲りあげられて、冷たい空気に身を震わせる。
一瞬でも諦めて帰ってくれるかもと思っただけに、砂月が股の間に自身を挿し込むように腰をぴったりとくっつけてきて、背中がしなった。
「ぁん……もうしないんじゃ、ないのかよ…!」
「あ?挿れるだけがセックスじゃねえだろ。それとも何か、お前、足開くだけしか脳がねえのか」
逃げようとする間もなく腰を掴まれて、根元と袋とが砂月の熱いそれに当たって僅かに腰が揺れる。
「……う…そんなん、しらねえし」
俺は体位だって、前か後ろ、座って、その程度で、やりたいようにする相手に流されるだけだったし、那月がしてきたことだって初めてだったんだ。
「教えてやるから足閉じろ」
開け、じゃなくて、閉じろって何だよ。
うつ伏せだけでも辛くて動かなかったら、砂月が両足を挟み込むようにして無理やり閉じさせてくる。ついでとばかりに腰を掴まれて、軽々と浮いた体は自然に足が閉じ、間の異物感が増しただけで、何が気持ちいいのかよく分からなかった。
ただ、当たっているそれが熱くて強く脈打ってるのが伝わってくる。
腕をついて、胸の向こうにある自分のそれを見やれば、先走りがぽたぽたと着物に染みを作っていた。
「ふにゃっ!」
何の合図もなく、動いた砂月に突かれ、毛が逆立つようにして垂れた尻尾が飛び上がった。
太ももの間を擦るようにぬちぬちと音を立て始めても、尻尾で感じた快楽が抜けないのか、気持ちいいというよりも、熱くて意識がぼやけてくる。
「ぁ、ぁっ…これ、キライ!」
「てめえでも善くしようって努力をしろよ」
「――っ!」
いきなり秘所に指が入り込んできて仰け反った。
ぐちゅぐちゅと動く指がいいところを撫で、今度は抜かれてしまいそうでもどかしくなると、抜けてしまわないようにつられて腰が動く。
「あ、ぁぁ……ぁっ、ぅぁ…」
指が増えても抵抗できなくて、体の力が抜け、奥まで誘い込むそこが男を欲しがって苦しい。
「浅ましいな。いつもこうなのかよ、お前」
「んんぁ……、おれ…へん、やぁあ……ひゃう…!」
舌打ちした砂月が尻尾の先を強く掴んできた。
尻尾を手前に回して、くっついている俺たちのものに添えられて、とろとろとしたものが尻尾に垂れ掛かりぞくりと震える。
もう、要らないのに、知識のない俺は好奇心が勝って、尻尾はダメだと言葉にならなかった。
「お前が持て。ここ、」
言いながら尻尾を持ったまま、俺のものと砂月のものを包むように掴んでくるけど、俺の手じゃ尻尾を掴む分だけで精一杯で同じようには出来ない。
「できな、ぅう……手が――」
「なら、添えてるだけでいい。動く」
急かすようにそれだけ言って押し付けられたそれを何とかあてがうと、卑猥な音と共に引き抜かれていく。
自分自身と尻尾が触れているだけでもなんとなく変な気分になるのに、空間を埋めるように動くそれに期待してしまう。
「ゃぁ、う、ぁぁ……ぁん、ぁっ、あ…!」
袋と根元、尻尾を擦られて、じんと熱い快楽が涙を滲ませる。
長い髪を自分の腕で踏ん付けて、体重が掛かる膝も、顔も痛い。
それだけなら甘い声なんて出ないのに、びくつく反動で中の指が更に奥を突いて、引っ切り無しに声が飛び出してく。
足を広げるようにずり下がってくれば、砂月が閉じろ、と中のしこりを執拗に攻め立ててきて、跳ね上がる体ではどうしようもなかった。
「ぁ、はぁ……ん、ぁぁ、ぁ、……ぁんぁん…らめ、死んじゃ……しんじゃうよぉ……ぁはぁっ…!」
パンと音が鳴るほどに腰を打ち付けられて、痙攣でも引き起こしそうな震える体に砂月が喉の奥で笑った。
「腹上死も悪かねえけどな、それ、最高の褒め言葉だろ」
途端に跳ね上がる心臓が苦しい。
「っ褒めてなんか…!」
「は、どうだか」
気持ちいいのとは別で、布団に胸を押し付けるように反りすぎた背中や腰が痛くて、丸まるように体を縮めていく。すると、閉じる形となった膝と膝がぶつかって、砂月が熱っぽい吐息を漏らした。
中だって狭い方が気持ちいいのだから、要領は同じなんだと気づく。
でも、自分から積極的にそうしてやることができなくて、ねだるのも簡単なことだったはずなのに、真逆のことを訴えて、うずくまるように堪えて、堪えて。
そうしていると、気持ちいいそれは呆気なく止まり、砂月は引き抜いた指で腕から脇をつっと撫で、耳元まで顔を寄せて言った。
「なぁ、チビ……そんな頑なになっても結局お前は――」
俺たちに買われる運命なんだぜ?
小さく、含めるように告げられた言葉にぴくんと耳が立つ。
「……次きても、絶対追い返す…部屋にだってあげてやんねえ」
睨みを利かせながら言えば、尻尾に通されたままのシュシュに触れられて、あっという間に睨むなんて出来なくなった。
「ここ、好きなんだろ?一体、欲しがるのはどっちだろうなァ?」
「お、俺の意思関係なく、出入り禁止にしてもらえば」
「ほら、本音が出た。もう俺たち以外の男に抱かれて善くなれるって思ってねえんだろ?禁止、だから」
嗜虐趣味と疑われて出入り禁止だった砂月は、またそうなっても構わないとでも言うかのように、汚れたままの尻尾の先へと扱くように移動する。
自身を舐められているときのような、じんわりと熱い快楽ではなく、びりびりと痛いと錯覚してしまうほどに甘い刺激で思考や体を誘惑してくる。
「…ぁあ……ぁ、は、おれ、それ……んぅ…」
欲しい、と言ってはダメだと唇をかみ締めて、そうすると、波のようにやってくる快楽も手伝って息が苦しい。
「お前、あいつに買われたいって本気で思ってんのか」
そんなわけないのに、つい龍也さんのことを思い浮かべてしまった。
だって、もうずっと龍也さんに対してもこんな状態だったから、尻尾を弄られても、堪えられているのかもしれなくて。
「残念だったな。それは、ありえねえよ」
当たり前だ。身を持って知ったんだから。
シーツを掴む手に力が篭る。
でも、砂月は思わぬことを言った。
「まぁ、あのお坊ちゃんが自腹を切ってまで通うほどに興味を持ったことは予想外だったがな」
「お坊ちゃんって、誰…っひぃぁ…!」
尻尾の先を強く握られて、低く、怒りを露にしたような掠れた声で砂月が言ったのは、神宮寺――。
続く名前は、ひとつしか知らない。
「那月があいつに渡すように言った、ぬいぐるみをお前が受けとらなかったと聞いて、安心してたのが間違いだった」
レン…?ぬいぐるみ…?
確かにレンが持ってきたぬいぐるみを突っ返した覚えがあって、煩い心臓が更に早くなっていく。
だけど、そんなのはたまたま知り合いだっただけで、レンは欠かさず通ってくれているし、いつかは貰ってくれるようなことも言ってくれた。
「ん、……俺、は……お前らじゃなくて、レンとこに、んん……ぁ、いたい…」
指が胸の突起に絡まり、膨らみのない薄い肌を揉むように摘まれて体が崩れ落ちた。
「どうやら分かってねえらしい。お前は数年前から他の誰でもない、俺と契約済みなんだよ」
「……んなこと、信じられるわけねーだろ!大体、音沙汰もなかったくせに今更」
「会うことさえも許されず、話が通っていないとなれば今更にしかならねえよ。それに、どうせ、あと八年近くもお前はここに縛り付けられたままなんだ」
「八年ってなん――」
言いかけて、思い当たったのは、俺の年季が明ける頃だということだった。
縛り付けられた、まま…。
契約済みというのが身請けのことなら、年季が明けるまで外に出られないなんて条件聞いたことがなかった。
もしかして、楼主があとで話しがあるって言ってたのはこれのこと…?
那月が楼主に訴えてたことも、年季が伸びることを咎める風だったのは俺のことを身請けしたくないんじゃなくて、全部この契約のせい?
楼主に確認するまでもなく、そんな戯言を真に受けるなんてどうかしてると分かっている。分かっているはずなのに、楼主の金に対してのがめつさが現実味を帯びてきて、レンに貰われると自分の中で決まっていたものが崩れ、頭が真っ白になると同時に、股から抜けていく砂月のものに息を詰まらせた。
見世に初めて来た日、買ってくれるって言ったのは身請けのことで間違いなかったんだ。
こんな条件を出されたから、あんな顔…。
「……なんのためにレンを」
「お前の年季を早く明けさせるため、とでも言えば分かりやすいか?」
さっき砂月が口走った『自腹』というのは、こいつらがレンに花代を渡してたってことで、普通に外部から金を送ったとしても、楼主が俺の帳簿につけてくれるとは俺だって思えないけど、察しが良過ぎるだろう。
「……レンまで巻き込んで、八年も待つ気なのかよ…」
「そのぐらいの覚悟、あいつも出来てるはずだ」
もう、レンが俺のことを一度も名前で呼んでくれなかったのは戒めだったんじゃないのかとさえ思えた。
「っ…那月も、お前も」
レンだって、嫌じゃないのかよ、とは口には出来なかった。
穢れているのは俺なのに、痛いほどに相手を欲して、委ねて、冗談のようにかわされるだけだったそれ。

「……そんなに、俺のこと、欲しい…?」
そっと髪を掻き分けて、うなじに当たる吐息にぞくりと震え、歯を立てられて痛みが走った。
「っ…!」
「ん……欲しい…俺のことも、欲しがれよ。翔」
あと八年。その間の心の保険が欲しいとでも言うように、砂月が噛み痕を舐めてくる。
早くからここに首輪でも掛けてもらっていたら、誰にも貰ってもらえないかもしれないなんて不安に過ごさずに済んだことを思えば。
奥まったそこを見せるように片尻をそっと引っ張って、体勢はそのままに首だけで振り返った。
ただ、砂月の顔は涙で歪んでよく見えない。
「ここ、砂月のも…」
言った瞬間、『もう一人の那月』という存在を疑うことなく認識していることに気づいて勢いよく俯いた。
砂月に対してはほとんど素の俺だったわけで、那月としていたところも見られていたのかもしれないし、急に恥ずかしさが込み上げてきてシーツに額を押し付けていると、砂月が薄く笑って胸を弾いてきた。
「やんっ…!」
「足りねえな。誰が欲しいのか、正確に言えよ」
誰が…?正確?
今ここには砂月しか居な――。
「……な、つき、と……さつ、にゃぁっ…!」
言いかけると同時に突き立てられる砂月のもの。
「ぁ、待っ……ゴム…ん、あぁ……ぁっ、ぁ、はっ……ぁあん!」
薄いゴムがなくなっただけで、いつもよりも強く感じる相手の鼓動が、切なく体に響く。
長い髪で熱が篭って、助長するように息が上がり汗が零れ落ちてくる。
卑猥な音を上げるたびに、ぞくぞくと尻尾が飛び跳ねて、腰に添えられた手が尻尾の根元に滑って顔が反れた。
「ひぁ、ぁ、ぁぁあ、……ぁあぁっ……しぽぉ、……ん、は、ぁ…」
しゃくるように声を漏らして、そこに二人の荒い吐息が混じる。
そこまで強くはない抽出なのに、尻尾までをも触られているせいか、頭が沸騰するように熱くて、また涙が溢れてきた。
俺はずっと、傍に居てくれる龍也さんやレンに縋る思いだったんだ。
ただ誰かに求めて欲しくて、気持ちいいと思うがままに啼いて、獣らしく思考を溶かしてきた俺が人間になれるわけ、なかったんだよ。

ふわふわと意識が薄れて揺れる中、額に触れた手に自分の手を重ねる。
ごつごつしたそれは、龍也さんの手で薄っすらと目を開ければ、予想通り龍也さんが顔を覗き込んでいた。
ただ黙って見つめていると、龍也さんの顔に殴られたような痕があるのに気づいて、ぼうっとする頭が覚醒する。
「それ…」
「なんでもねえよ」
ほかに目ぼしい傷跡はなさそうだけれど、折檻されてしまうかもしれないと分かっていながら押し通したのは俺だ。
「ごめ、ごめんなさい…ごめんなさい、ごめ…」
楼主の機嫌に振り回されたわけでもないのだから回避できたことなのに、龍也さんは「それ以上謝ったら怒るぞ」と頬を引っ張ってくる。
それだったら怒ってくれた方がいい。
「嫌だ。ごめんなさ――」
また謝ろうとすれば、大きなため息を吐かれてしまって少しビクつく。
「お前は関係ないから謝るな、って言ってんだ。困らせるな」
「そうやって、俺ばっかり本当のことを何も知らないで……守られるのは嫌だ」
わけもわからないまま謝っても中身がないから教えて欲しい。
「……俺は何も守れちゃいねえよ。ずっとお前の身請け先が誰かも教えてやれなかった。聞いたんだろ?」
小さく頷けば、布団からはみ出た尻尾に触れられて、汚れたそれに龍也さんの眉間に皺が寄る。
「……っ、りゅやさ…」
「これをオーナーに伝えなくとも、今後その期日まで会わないというのは元より決まっていたことだからな。挨拶はしたか?」
ふるふると首を横に振って、龍也さんの手を強く握る。
「そうか……そもそもの契約が、お前の身請け先が四ノ宮だと伝えた上で、年季が明けるまで会わせないというものだった」
砂月からなんとなくは聞いていたとしても、これほど嘘であってほしいと思ったことはなかった。
俺が必死に見世で媚を売ろうが、ここに売られた時点で年季を全うするまで大門の外には出られなかったんだと思うと、笑うしかなかった。
そんな俺に、だが、と言いかけた龍也さんは俺の頭をくしゃりと撫で、いや、と添えて続けた。
「どこかでお前が身請け先を知らないと知ったんだろう。それで慌てて駆けつけて、今度こそ年季が明けるまで会わない代わりに、一晩、という話だったんだ」
わざわざどこかで、なんて気を使わなくてもいいのに、龍也さんらしい。
俺は本気でレンに貰われると思っていたけれど、その割には那月のときのように裏切られたとは感じてはいなかった。
早く誰かに身請けして貰いたいと願っても、それだけは誰でもいいわけじゃない。那月が俺を貰ってくれると知ったからだ。
枷のように感じていた那月への執着は俺の中でずっと燻っていたのには違いなくて、ただ、ただ欲しかった。

「今まで相手を教えないという、極端な話はなかったようだが、オーナーが懸念してたのは……お前の発情が止まること、だ」
実際には初会でも、最中にも収まりようがなかった。
それだけじゃなく、那月はいつまでも俺が砂月のことを拒絶していたから、おかんむりだったようで、しばらくの間お預けを食らってしまった。そうされると余計に相手のことが欲しくなってしまうこの体に抗う術もなく、何も出なくて辛いばかりの軋む体に構わずねだり通した。
あれは、間違いなく『発情』で……。
それの意味するところは俺は結局、那月のことも、砂月のことだって――いや、体に染み付いた獣憑きという本性は消せないのだと、幾度となく自覚した。自覚、させられた。
思考が纏まりかけたところで、龍也さんが言ったことで腑に落ちた。
――初会は建前でもあったが、その確認でもあったんだ。
だから、那月とのことを許されたんだ。

重い体を起こされて、綺麗な長襦袢を頭から被せて体を包んでくる。
一応、尻尾を隠すように胸元で持って前を閉じれば、いつもと同じように横に抱え上げられる。
あ、そうそう、と龍也さんは思い出すように切り出した。
「四ノ宮が帰りがけにぬいぐるみを見たいと押入れに仕舞ってたやつ見せたら、ぬいぐるみを一つ持って帰ってたぞ。良かったのか?」
無理やりにでも押し付けてきたぬいぐるみをあんな扱いしてたら、寝てる俺を起こしてまで文句を言われそうなものなのに。
最後に見世に来たときもちゃんとした挨拶も交わさなかったし、また置いてけぼりを食らったような心地だった。
「……もう帰ったんなら仕方ねえし…」
廊下に出ると、そこには月宮姉さんが腰に腕を当てて立っていた。
「翔ちゃんぬいぐるみまだ持ってたの?」
「なんか、捨てられなくて…」
おずおずと答えると龍也さんが「立ち聞きしてんじゃねえぞ」と横を通り過ぎようとするから、月宮姉さんが追いかけてくる。
「あれだけ騒がしかったんだから気になるでしょう?あとで詳しく教えてよね!」
「断る」
階段を慎重に下りていく一方で、龍也さんと月宮姉さんが同じ問答を繰り返すのがいつもと一緒で笑みがこぼれた。
そういえば、昔にもぬいぐるみに気をつけた方がいいって言われたことがあるし、何か悪い意味でもあんのかな。
「あの、ぬいぐるみって」
「そう!ぬいぐるみを集めちゃう人ってね、愛玩嗜好で愛情に飢えてるって言われてるの。それだけならよくあることでも、たくさんのぬいぐるみをプレゼントまでしちゃう人は、自分が愛情に飢えているせいか、安易に相手も同じ気持ちだろうって、自分以外の人からも愛されて欲しいって思ってるのよ。それで嫉妬もするんだから、嫌になっちゃう」
月宮姉さんは怒ったように言いながら、ちなみに自論だけどね、と微笑んだ。
「自分の都合のいいように並べ立ててるだけだ。気にするな」
「あ、ひどーい!」
龍也さんはああ言ったけど、当てはまっているような気がする。
那月がレンに頼んだのかとか詳しいことは分からないけれど、たくさんの人に可愛がられて嬉しいというようなことを言っていたのとか。
嫉妬という部分が砂月に当たっているだけで、元はひとりの人間であるはずだから、那月がそう思っていると捉えていいのかもしれないし…。
「翔ちゃんは心当たりがありそうね?私ね、よく思うの。そういう人しか、あたしたちのような太夫を身請けしようとは思わないのかもって」
太夫――歴代の太夫は常々、狐と兎、猫。
売れ残っているうちに太夫になったのではなく、あの契約のせいで太夫になってしまった、と言う方が正しそうだった。
それはつまり、誘拐される確率が高いから売れない、なんて慰めでしかなかったということで、月宮姉さんの口ぶりからも俺と同じ契約を結ばれているのだと分かる。
きっと月宮姉さんの好きな人は身請け先の人なんだろう。
「スキとかスキじゃないとか、俺には難しい」
「そんなの、少しでも好きだと思ったら好き、で正しいのよ。そして、それが大きく育つかどうかの違いで変わってきて、やがてより大きな気持ちが愛になるの。きゃー!ロマンチックだわ!」
発情に拘って、それを判断基準にしてしまっていた俺は目からうろこが落ちるようだった。
愛がどうなんて分からないけど、体が発情するからって俺には本当に好きな人が居ないってことにはならない。だって俺は、家族のようだと言い訳しつつも、そうだったらいいなって思うほどに龍也さんもレンも大切で、好き、なんだ。
那月や砂月のことも……すき、だけど、何かもっと別の言葉がしっくり来るような。
楽しそうにはしゃぐ月宮姉さんをよそに、龍也さんは「静かにしろ」とため息を吐いた。
それに対して月宮姉さんは小言を言いながら、三階へと引き返していった。

愛だったら、それこそ発情するわけないし、違うはず。
何がある…?
「お姫様はっけーん!修羅場はどうなったの〜!?」
風呂場に入る手前で、大浴場の方から出てきた音也に月宮姉さんと似たような声を掛けられた。
龍也さんはやれやれと呆れながらも「着替え取ってくるから」と音也と一緒に脱衣所に放り込まれてしまった。
「さすが龍也さん、気が利く〜!」
音也はそう言いながら、目ざとく俺の汚れた尻尾を見て、身を乗り出してきた。
「そんな風にも使えるんだ〜?それって、気持ちいいの?」
音也はオープンすぎて無邪気に聞いてくるからこういうときはほとほと怖いやつだ。
「あ、誰にも言わないから安心して!」
「っそれは、大前提だろ!」
「じゃあ、俺のことも教えるから教えてね!ええっとね、俺も根元はやっぱ力抜けちゃうけど――」
「あ、ちょ、いいって言ってないだろ!勝手に話し始めんな!」
「イくとこまではなかなかね〜はい、次は翔の番!」
「言ったうちに入んねえだろ…」
尻尾は猫憑きにだけある制約だから、音也は日常的に触ってもらっているのかもしれなかった。
制約があるのも辛いけど、制約が全くないということの方が辛いんだろうなと想像に容易くて、首を横に振る。
音也がここに売られてラッキーだと言ったのは本心かもしれないけど、全身全霊で哀れまれたくないって言っているようで、酷く寂しくて、見習わなきゃいけない姿勢だと何度も思わせてくれる。
俺には音也の存在も大きくて、大事なやつなんだ。
「ぶっちゃけ、絶対気持ちいいよね。翔の尻尾はすっごく敏感だし、柔らかい毛に反して案外硬めで……今度、俺に挿れてみない?」
「ぶはっ!何言ってんだ!やるわけねえだろ…!」
折角、いいやつだな〜って改めて思ってたとこだったのに。
まぁ、挿れる側に興味ないって言ったら嘘になるけど、男のもんついてんのに、わざわざ尻尾って。
俺の尻尾は音也の尻尾と違って細い……し、あ。
「知りたくなかった事実に気づいちまったじゃねえか!」
「あ、そうだよねえ…自分に挿れた方がもっと気持ちよくなるよね!」
そうじゃねえけど……。
「そうだよ…」
ついぽろっと零れてしまって、のぼせるように顔から頭に血が昇ってきた。
「あはは、翔まっかー!でも、よかったじゃん」
「な、なにが…?」
「そーれ。龍也さんが下ろしたときにちらっと見えたんだよね」
音也が俺の長襦袢を軽く捲って指差したのは、尻尾の根元の方に通された那月のシュシュだった。
砂月に巻かれたときとは違って、緩くて気づかなかった。
「昨日、どう見ても修羅場だったし、それと龍也さんの顔見たらさーそうだったんだなって」
抽象的な言葉でうんうんと納得する音也にわけが分からなくて首を傾げる。
「好きになっちゃダメだって思えば思うほどに燃え上がる禁断の恋、みたいな話って、それができるかどうかを考えなくても、きちんと結ばれて、逃げ切れる…そういう風に事は運んでいくんだよね。でも、あれはドラマで、人間だからで、翔も含めてここにいる子たちには無理な話でさ」
脱走はここにいる誰もが考えてしまうことだと思うけど、どうしても気になるのがその後のことだ。
自分が折檻されて事が収まるならまだしも、龍也さんや仲間たちに被害が行くここでは、誰もそれを実行しようとはしない。
「一番手っ取り早くて、幸せになれるのが、好きになってもいい人を見つけること、なんだって」
……好きに、なっても……いい人?許される、人?
心の中で何かがストンと落ちたような気がした。
「あはは、翔って実は頑固だよね〜俺ね、翔のダメだから本気で突っ走っちゃわないのって理性があるってことだと思うんだ。誰に、とは言わないけど、その選択は正しいんじゃないかなぁ」
ちょうどそのタイミングで戻ってきた龍也さんが目を見開いて、困ったように「ったく、よく泣くやつだ」と笑った。

楼主は話があると言っていた割りに龍也さんから聞いた話と似たようなことを言われただけで、特に何かを言われるようなことはなかった。
理由はあの計画の続行のためか、那月が来た日からあまり日を空けずにレンが会いに来てくれたからだと思う。
でも、俺が砂月にレンに貰って欲しいようなことを言ってしまったせいか、レンの頬には治りきっていない痣があって、龍也さんにおそろいだね、なんて言っていた。
龍也さんのあの傷は楼主につけられたものだと思ってたけど、まさか砂月が?
いや、龍也さんは俺には関係ないって言ったんだから、そんなの自意識過剰だ。

俺はただ、自分の飼い主が誰であるかを刻み付けてもらうようにいいところを甘やかしてもらった日のことを思い出しながら、ゆっくりと発情が落ち着いていく体を楼主に悟らせないように、早くここから出られるようにと客の相手をするだけ。

空を見上げれば、そこにはウサギが住んでいる。
淡いオレンジ色の小さな小さなウサギが、待っている――。



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あとがき
執筆2012/11/02〜2013/02/23
前編挿絵2012/11/15、12/07
後編挿絵2012/11/30

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